
薬による治療を段階的に尽くしても、うつ病がなかなか良くならない――。米国の大規模研究では、うつ病患者のおよそ3分の1が寛解(症状のない状態)に至らないと報告されており、この「壁」は今も精神医療の課題であり続けている。
その壁に「運動」で挑む精神科医がいる。東京・巣鴨「青葉こころのクリニック」の鈴木宏院長だ。元プロキックボクシングNJKF日本ウェルター級王者という経歴を持ち、麻酔科医とプロ格闘家の二足の草鞋を経て精神科医に転身。信州大学大学院でうつ病の運動療法を研究し、医学博士の学位を取得した。
「かつては拳で王座を勝ち取りましたが、第二の人生では医療の力で患者さんの笑顔を取り戻したい」。そう語る鈴木院長が「運動という処方」に込める思いを紐解いていく。

薬物療法の「3割の壁」に、エビデンスのある運動療法で挑む
うつ病治療の柱は薬物療法だが、それだけでは届かない領域があることも指摘されてきた。一方で、運動療法の研究はこの20年で大きく積み重なっている。2023年に報告された包括的な解析研究では、運動療法に既存のアプローチの約1.5倍の効果があることが示唆された。再発率の低さを示すデータもあり、ある研究ではうつ病の治療後の再発率が薬物療法では38%だったのに対し、運動療法をおこなったグループでは8%にとどまったという。
鈴木
「うつ病は、一度良くなっても繰り返すことがあります。復職した後に再発して、また休職してしまう方も少なくありません。再発しづらいという点も、運動療法の重要な意義のひとつです。もちろん、薬での治療を否定するものではありません。必要な薬はきちんと処方したうえで、運動を組み合わせています」

エビデンスに基づき、運動を薬のように「処方」する
運動療法の中心にあるのは、信州大学の能勢博特任教授らが開発した運動法「インターバル速歩」だ。3分間の早歩きと3分間のゆっくり歩きを交互に繰り返すだけで、まとまった時間も場所も、着替えさえもいらない。鈴木院長は能勢教授から直接許可を得て、研究連携者の立場でうつ病の診療に取り入れている。
鍵を握るのは強度だ。目安は本人の限界の約70%、「息は弾むけれど会話はできる」程度。きつさが足りないと効果が出にくく、きつすぎればかえって症状が悪化しかねない。
鈴木
「運動も、薬と同じで、その人その人に合った調整――いわば専門の医師による『処方』が必要なのです。最初は『1分でいいので早歩きをして、息が弾んだ感覚を教えてください』などというところから始めます。『できたらいいな、と思ってください』とお伝えするのは、できなかったときにご自分を責めて落ち込んでしまわないようにするためです」
心拍数などの客観的な指標も使いながら、一人ひとりの状態に合わせて負荷を調整していく。効果の現れ方には個人差があるものの、寝たきりに近い状態からうつ症状が寛解し、旅行を楽しめるまでになった患者もいるという。

生死をさまよった経験から、リングを経て心の医療へ
鈴木院長は高校3年の夏、交通事故で意識不明となり、生死の境をさまよった。救ってくれた医師の姿に心を動かされて医学の道を志し、半年の猛勉強で医学部に現役合格。大学入学後、「強くなりたい」とキックボクシングを始める。1995年に医師になってからは麻酔科医として働きながらリングに立ち続け、1997年に日本王者の座をつかんだ。リングネーム「青葉繁」は通い続けた仙台・青葉ジムで授かった名で、クリニック名の由来でもある。
2004年の引退を機に精神科へ。勝てば天にも昇り、負ければどん底に沈む。そんな自分の心と向き合い続けた競技生活が、「運動は精神に良い」という確信の原点になった。リング上の一瞬を凝視し続けた「観察眼」も、患者の表情の微細な変化を捉える眼として、診療に生きているという。開業後も診療の合間に片道約200kmの信州大学大学院へ10年間通い、研究を重ねた。

働く世代の「入り口」に。無人受付の「ひとりクリニック」
同院は火曜・木曜・金曜の夜間と土曜にも診療し、仕事を休まずに通える体制を整える。2018年からはスタッフを置かず、自動受付・自動精算機で完結する「ひとりクリニック」体制を整えた。呼び出しは名前ではなく番号で、受付事務員に個人情報を知られることなく受診できる。「誰にも見られたくない」という患者の心理に配慮し、受診のハードルを下げるための工夫だ。効率化で生まれた時間は、一人ひとりの診療にあてているという。
鈴木
「私が一つのクリニックで診られる患者さんの数には限りがあります。講演やメディアでの発信を通じて、運動療法という選択肢を医療の現場に広げ、社会全体でうつ病の予防に取り組んでいただきたい。ひと言で言えば、『うつ病をノックアウトしたい』。それが、私の大きな目標です」
3分間の早歩きという身近な一歩から、心の治療を変えるため、元王者の挑戦は続く。

リングで培った「立ち直る力」と医学を結びつけ、うつ病に挑む鈴木院長の軌跡と運動療法の全貌は、医療系メディア『ウィズマインド』の特集記事をご覧ください。
特集記事:『「うつ病に真摯に挑む」青葉こころのクリニック、キックボクシング元日本王者の精神科医が打ち込む「運動という処方」』
※ウィズマインドは、あなたの悩みに寄り添った美容クリニック・医療機関を発見するために、医師・スタッフの「想い」をお届けするメディアです。
【クリニック情報】
青葉こころのクリニック
院長:鈴木 宏(すずき ひろし)
所在地:〒170-0002 東京都豊島区巣鴨1-3-22 アドニスアマノ2F
診療科目:心療内科・ペインクリニック内科・内科・精神科
URL:https://www.aoba-kokoro-c.com/
2009年、東京都豊島区巣鴨にて開院した心療内科・精神科。「世の中が求めているものを提供する」をコンセプトに、こころと体、睡眠、痛みを総合的に診療している。診療の柱はうつ病に対する運動療法で、信州大学スポーツ医科学講座との研究連携のもと、科学的根拠に基づく運動法「インターバル速歩」を取り入れ、薬物療法と組み合わせた診療をおこなう。火曜・木曜・金曜は夜間、土曜も診療し、働く世代が通いやすい体制を整えている。



