
2026年10月、日本の酒売り場が大きく変わろうとしている。
キリンビールは5月20日、酒税改正に伴い、「一番搾り」など缶ビールの出荷価格を引き下げる一方、「淡麗グリーンラベル」などの発泡酒、「氷結」などのチューハイを値上げすると発表した。
背景にあるのは、国が段階的に進めてきた“酒税一本化”だ。長年、日本の酒市場を支えてきた「発泡酒」や「第3のビール」は、税率の優位性を失うことになる。
今回の改正は単なる価格変更ではない。ビール各社の商品戦略だけでなく、消費者の“酒の選び方”にも影響を与える可能性がある。
「ビールは高い」の時代が変わる
キリンビールが今回見直すのは約180品目。「一番搾り」などの缶ビールは値下げされる一方、発泡酒やチューハイは値上げとなる。
これまで、日本の酒売り場では「ビールは高い」「発泡酒や第3のビールは安い」という価格差が当たり前になっていた。
その背景にあったのが酒税だ。
ビールには比較的高い税率が課される一方、発泡酒や第3のビールは税負担が軽く設定されていたため、メーカー各社は“ビールに近い味を、より安く提供する商品”の開発を進めてきた。
特に2000年代以降、発泡酒や第3のビールは急速に市場を拡大した。節約志向が広がる中、「少しでも安く飲みたい」という消費者ニーズを取り込み、家飲み文化の定着とともに存在感を高めていった。
しかし、その構図が2026年10月、大きく変わる。
酒税改正とは何か
今回の価格改定の背景にあるのが、2020年から段階的に進められてきた酒税法改正だ。
これまで、ビール、発泡酒、第3のビールには、それぞれ異なる税率が設定されていた。かつて350ml缶あたりの酒税は、ビールがおよそ77円だったのに対し、第3のビールは約28円と、大きな差が存在していた。
この税率差は、消費者の選択だけでなく、メーカーの商品開発にも大きな影響を与えてきた。
例えば、麦芽比率を調整したり、原料を変えたりすることで、税率を抑えながら“ビールらしさ”を実現する商品が次々に登場した。発泡酒や第3のビールは、こうした税制度を背景に拡大してきたカテゴリーだったと言える。
しかし政府は、「類似する酒類間で税負担に差があることが、公平性を欠いている」として、段階的に税率の見直しを進めてきた。
そして2026年10月、ビール、発泡酒、第3のビールの税率は、350ml換算で54.25円に統一される。
これにより、これまで税負担の大きかったビールは減税される一方、発泡酒や第3のビールは増税となる。
「本麒麟」「金麦」も“ビール化”へ
酒税一本化を見据え、メーカー各社はすでに動き始めている。
キリンビールは、第3のビールとして展開してきた「本麒麟」のビール化を発表。サントリーも、「金麦」をビールとして展開する方針を明らかにしている。
これまで発泡酒や第3のビールは、「税率差」を前提に成長してきた商品だった。しかし、その優位性が縮小する中、各社は“本格的なビール市場”への回帰を進めている。
実際、近年はビール商品の刷新も相次いでいる。
アサヒビールは「スーパードライ」のリニューアルを進め、サッポロビールは「ヱビス」のプレミアム戦略を強化。キリンも「晴れ風」や「グッドエール」など、新たなビールブランドを展開している。
背景には、価格競争だけでは市場拡大が難しくなっている事情もある。
近年は、消費者の嗜好が多様化し、「量より質」を重視する傾向も指摘されている。メーカー各社は、単なる“安さ”ではなく、味やブランド価値を軸にした競争へとシフトしつつある。
「氷結」値上げが示すRTD市場の変化
今回の酒税改正で影響を受けるのは、ビール系飲料だけではない。
「氷結」などのチューハイを含むRTD(Ready To Drink)市場も、増税対象となる。
これまで、チューハイ系飲料の税率は350ml換算で28円だったが、2026年10月には35円へ引き上げられる。
RTD市場は近年、急速に拡大してきた。コンビニやスーパーで手軽に購入でき、フレーバーも豊富なことから、幅広い世代に支持を広げてきた。
一方で、税率引き上げによって、各社は価格以外の付加価値をより強く打ち出す必要に迫られる可能性がある。
すでに市場では、「無糖」「低アルコール」「果汁感」「健康志向」などを前面に押し出した商品展開が進んでいる。今後は、こうした差別化競争がさらに加速していくことも予想される。
酒税改正で変わるのは“価格”だけではない
今回の酒税改正は、単なる値上げ・値下げの話では終わらない。
これまで日本の酒市場では、「税率差」が商品開発や消費者行動に大きな影響を与えてきた。発泡酒や第3のビールの拡大は、その象徴とも言える。
しかし、税率が一本化されることで、今後は“価格差”以外の要素がより重要になる可能性がある。
消費者は、「少しでも安い酒」だけでなく、「自分がどんな味を楽しみたいか」「どんな時間を過ごしたいか」を基準に商品を選ぶようになるかもしれない。
メーカー側もまた、“節税型商品”の競争から、“価値提案型商品”の競争へと軸足を移しつつある。
2026年10月の酒税改正は、日本のビール市場にとって、大きな転換点になる可能性がある。



