
農林水産省九州農政局の20代女性職員が、上司のハラスメントにより自殺に追い込まれたとして、遺族が国に損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が24日、福岡地裁で開かれた。すでに公務災害に認定されている本件だが、国側は争う姿勢を示している。
九州農政局セクハラ自殺訴訟が初弁論、遺族は「国の防止策不足」を指摘
農林水産省九州農政局(熊本市)に勤務していた20代の女性職員が、上司による執拗なセクシャルハラスメント(セクハラ)およびパワーハラスメント(パワハラ)を苦に自殺した問題で、遺族が国に対して約1億3900万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が2026年2月24日、福岡地裁(中辻雄一朗裁判長)にて執り行われた。
本件は、すでに国の審査によって公務員の労災にあたる「公務災害」として認められているが、この日の口頭弁論で国側は請求の棄却を求めた。
卑劣なセクハラと激しいパワハラの実態:新卒職員を襲った悲劇
訴状やこれまでの報道によると、亡くなった女性は2018年4月に新卒で九州農政局に入庁した。将来を期待された若手職員だったが、配属直後から過酷なハラスメントにさらされることとなる。
当時の上司(男性係長)は、入庁翌月の5月頃から女性に対し、食事に誘う私的なメールを頻繁に送るなどの行為を開始。懇親会の場では「お前、胸がでかいな」と卑猥な言葉を投げかけ、実際に胸を触るなどのセクハラ行為を繰り返したようだ。
女性がこれらの被害を受け、上司を避けるようになると、今度は業務上の優位性を利用したパワハラへとエスカレートした。同年8月の懇親会では、2次会に向かう途中で「お前は帰れ」と大声で何度も怒鳴りつけるなど、精神的に追い詰める言動が常態化していったとされる。
「中年男性への恐怖」という後遺症、社会復帰を阻んだPTSDの苦しみ
精神的な限界を迎えた女性は、2018年9月に適応障害などの精神疾患を発症し、休職を余儀なくされた。その後、実家から通える範囲の部署へ異動するなど復職を試みたが、病状は好転しなかった。
特筆すべきは、ハラスメントによる深刻な後遺症だ。女性は加害者の上司と同年代である「中年男性」に対し、強い恐怖心やパニック症状を抱くようになった。退職後の2022年12月以降も再就職を目指してパートの面接などに向かったが、面接官や職場の男性と接するだけで体調が悪化。満足に働くことすらできない自らの状況に絶望し、2023年8月、遺書を残して自ら命を絶った。
「公務災害」認定済みの事案、問われる国の「安全配慮義務」
この事案について、国側(地方公務員災害補償基金等に準ずる認定機関)は、女性のうつ病発症や自殺とハラスメントとの間に因果関係があることを認め、2025年4月に公務災害として認定している。
一方、今回の損害賠償請求訴訟において、遺族側が主眼に置いているのは「国の安全配慮義務違反」である。遺族は、職場内でのハラスメントを未然に防ぐ体制が整っていなかったことや、被害発生後の対応が不十分であったために最悪の結果を招いたとして、国の法的責任を追及している。
加害上司への処分と組織の対応
九州農政局は2022年9月、内部調査の結果としてセクハラ・パワハラの事実を認め、加害者である男性係長を停職9カ月の懲戒処分とした。報道によると、係長は調査に対し、事実関係を概ね認めているという。
しかし、組織としての説明責任については不透明な部分が残る。
24日の提訴を受け、九州農政局は「係争中のためお答えできない」とのコメントを繰り返しており、公務災害認定の詳細や今後の再発防止策についての具体的な言及は避けている。
知っておくべき「ハラスメントと法的責任」の境界線
本件は、単なる一組織の不祥事にとどまらず、現代社会における「働く人の安全」を揺るがす重要な論点を含んでいる。
- 公務災害(労災)認定と損害賠償の違い
労災認定は「業務が原因で病気やケガをした」という事実を国が認めるものであり、一定の給付が行われる。しかし、それだけでは遺族の精神的苦痛や、将来得られたはずの賃金すべてをカバーできるわけではない。そのため、組織の「注意不足(安全配慮義務違反)」を問う民事訴訟が別途必要となるケースが多い。 - 「退職後」の自死であっても責任が問われる可能性
今回のケースでは退職から約8カ月後の自殺だが、遺族側はハラスメントが原因で生じたPTSDが継続していたことを重視している。
福岡地裁での第1回弁論では、国側は請求棄却を求め、全面的に争う構えを見せた。今後、法廷で「国がどのような対策を講じていたのか」「それは十分だったのか」が厳しく問われることになる。



