「日本は公益資本主義を掲げ、『公器』の理想を実践してくべき。学生がそれに目覚めつつある今、企業もまた変化しなければならない」。
そう語る福岡大学で教鞭をとる産業経済学科阿比留正弘教授は、20数年にわたり「ベンチャー起業論」と題し、学生に「人生の経営者」として自ら学び選択していく必要性を伝えてきた。
企業のあるべき姿とは。そして日本はこれからどう歩むべきか。阿比留先生に伺った。
「公器」の概念は人類が生存していくために必要
阿比留
多くの人は「公器」という言葉から外部の圧力から「自分を制約するもの」といったイメージを連想するでしょう。
しかしそうではない。例えば今福岡は桜が満開ですが、この地域一帯で桜はスマホで相互に連絡を取っているわけではないのに、一斉に咲きます。なぜなのでしょうか。それぞれ個性を持ってバラバラに考えて行動する人間と異なり、素晴らしく調和しています。また動物は独力で衣食住を確保しています。
一方人間は1人で衣食住を確保することもできません。人間と自然が相対したら自然の方が圧倒的に強いのです。
しかし人間は衣食住に関しても、独力ではなく、歴史上さまざまな発明を繰り返し、多くの人の協力のお陰で、より快適な住まい、より上質の食事、より優れた衣類を消費し、贅沢な生活をしています。
しかし、このような便利な生活も、地震による計画停電一つで、天国から地獄に変わりうるのです。私たちの日常は多く人の善意、知恵に支えられています。
ウクライナで攻撃を受けた民家では、ガス栓、水道、電気のスイッチをひねっても、何もできません。失って初めて、気づく、大切なもの。当たり前だと思っていることの裏側で、その当たり前を支えている多くの人の存在や平和のありがたさに、感謝する学びの場が教育であると思います。
このように考えると「公器」とは、社会を維持可能にするような社会インフラではないかと思います。ですから、外部の圧力から「自分を制約するもの」ではなく、自分の内面から「自分を制約するもの」でなければならないのではないかと思うのです。
人間が過去を知り、多くの人と協力していくための共同体が「公器」であると。
阿比留
はい。ところが一部には自分のために人を犠牲にしても構わないという人がいる。
人は畳 1 畳分あれば寝ることができますし、胃袋も1つしかない。年収何億円も稼いでいても人間 1 人で使いきれるものでもないのに、それでも強欲に収奪し私腹を肥やすことは「公器」の理念に反します。
端的な例を出します。私が、世界の独裁者となり、全ての富を独占したとします。世界中の人が全ての財産を失い、食べるものも住む家も着るものも何も所有しない状態を想像して下さい。
当然、私以外は食べるものも、住む場所も、着るものもないわけですから、生きていけません。
そうすると、私は、全てを所有しているとしても、食べ物も、住む場所も着るものも作ってくれる人はいないわけですから、私も好きなものを食べることも、どこかに住むと事も、洋服を着る事もできないのです。
こんな世界は独裁者も含めて誰も望まないと思います。だけど、誰も望まないような状態に向かって行動している政治家や経営者も少なくないような気がします。
世界は私と「あなた」でできています。あなたの幸せが私の幸せと言えるような社会がいい社会ではないかと考えます。このような考えが共通認識になるような関係性が「公器」ではないでしょうか。
全てのステークホルダーの幸福を企業は考えていくべき
公益資本主義やSDGs、ESGが社会的にも認知されてきた。企業はどのように行動変容すればよいのか。
阿比留
「三方良し」の言葉もあるように、企業経営は全てのステークホルダーが利益を享受できるように考えないといけません。経営者は自分の利益だけでなく社員や取引先、同業他社のことを考えていく必要があります。
福岡で著名な明太子製造販売の株式会社ふくやもその想いを持った経営をしています。
株式会社ふくやの先代社長川原俊夫氏は「目的は税金を多く払うこと」と常々話しておられたと今の会長である川原正孝さんから聞きました。税金を多く払い、行政サービスを充実して欲しい。だから地域貢献は税金を多く払うことを目的とした経営をおこなって来られたそうです。
また、明太子を福岡で最初に作ったことから、元祖という名前をつけたらという周囲のアドバイスにも耳を貸さず、「元祖といえば、美味しくなるのか?」と相手にしなかったと聞いています。
また自分の店でも売らせて欲しいという近隣の商店からの依頼に対しても、製法を指導し、「自分で作って自分で売りなさい」と言われていたそうです。
特許をとって、自社の利益を大きくしたいというのではなく、同業者の応援もしたいという株式会社ふくやの好意によって、明太子は今や福岡の名産品として全国的に有名な産業になりました。
公益資本主義の観点から見れば、株式会社ふくやは結局、会社を強くしながら社員も幸せ にしています。株式会社ふくやのような公益への想いを持った企業は、社会から必要とされている企業ですからもし経営が傾いたとしても周囲から応援してもらえるでしょう。
私は学生たちに株式会社ふくやのような企業のあるべき姿を伝えてきましたし、他の企業にもその理念を持った経営をしてほしいと願っています。
公益資本主義を持った学生が世に出ていけば、社会は変わっていく
阿比留
特定非営利活動法人 キーパーソン21さんと共に全国でベンチャー起業論のモデルを広げていきたいと考えて います。
これからの日本は人口減少に伴って学歴社会が崩壊し、大企業から中小企業へ、都会から 地方へと経済モデルが大きく変わっていくでしょう。
その渦中でどう選択し判断していくべきかを学生たちには教えてきました。 学生にこう話したことがあります。「行列を作って歩いている時に最後尾に並んでいるとして、あなたはどう考えるか。『最後尾だから遅れている』と考えるのか、それとも『反対方向に、回転すると自分が先頭になる』と考えるのか」と。
これからは、みんながやることをやっても、人口が減少し、競争相手は増えるばかりだから、うまくいかない。みんなはやらないけど、困ったことは多く存在します。そのような課題を発見し、その問題を解決すると確実に必要とされます。つまり転換に気づくかどうか。それは本人次第なのです。
学生の意識を変える活動を20年以上続けてきて、その成果は出てきていると思います。
私が伝えてきた「人生の経営者になる」というテーマは、公益資本主義の理念である誰しもが主役になる、搾取や格差を生まない考え方と一致している。ですから学生にも、今後社会で生きていく中で、自分で判断し、人生を豊かなものにしていってもらいたい。
1人ひとりがその想いを持って歩んでいけば、社会は動き出していく。そして活き活きとした楽しい社会にしていかなければと考えています。
◎プロフィール
阿比留正弘
1953年生まれ。青山学院大学卒業。筑波大学大学院社会科学研究科博士後期単位取得満期退学。博士(経済学)。産業組織論、応用ミクロ経済学、ベンチャー起業論などを専門とする。現在、福岡大学教授。