山添真喜子さん(画像提供:ミダス財団)
社会課題解決に取り組む事業にヒト・資金を投入し、社会的インパクト最大化を目指す公益財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)は、海外の教育整備や国内の特別養子縁組支援、体験格差解消などにおける取り組みの成果を客観的に示すべく、7月に初のインパクトレポートを発行します。
目指すのは、“顔が見える”インパクトレポート。受益者の写真と客観的データを往復させながら、社会的インパクトをどこまで検証できるのか──読者の好奇心をかき立てる試みとなっています。本記事では、Chief Impact Officer 山添真喜子さんに、発行の経緯と指標設計の舞台裏、顔が見えるレポートづくりのねらいを聞きました。
社会的リターンの追求にインパクトマネジメントは欠かせない
ミダス財団がインパクトレポートを発行するきっかけはなんでしょうか。
山添
もともと、私は前職の三菱総合研究所にて、インパクト評価やインパクトマネジメントの手法を深める仕事に長く携わってきました。
昨年春に、ミダス財団がベトナムで建設した小学校のインパクトマネジメントを担当し、教育分野での具体的な効果測定を行いました。
それをきっかけにミダス財団から「社会的リターンを可視化する責任を担ってほしい」というオファーがあり、2025年1月にChief Impact Officerとして参画しました。
着任前から「まずレポートを出すべきだ」と決め、外部コンサルタントや理事でミダスキャピタル代表のミダス財団の代表理事の吉村英毅氏らと準備を進めてきました。
私はこれまで、サステナビリティ経営コンサルとして企業の社会課題事業を支援する中で、利幅の小ささや、成果が出るまでの期間が長期であるがゆえ継続が難しい現場を何度も見てきました。
その限界を超える鍵が、財務的ではなく社会的リターンを追求するインパクトマネジメントだと考えるようになったんです。
ミダス財団における、インパクトレポート発行の意義を教えてください。
山添
ミダス財団が社会的リターンを掲げる以上、投下資源で生まれた変化を外部に示し、もし想定どおりのインパクトが出ていなければ是正し、PDCAサイクルを回す必要があります。
そのためには、まずレポートでインパクトを可視化し、マネジメント方針を明らかにすることが不可欠です。
そのため、着任直後にインパクトオフィサー研修を受けたうえで、財団内でも議論を重ねレポート方針を固めました。
今回の発行により、信頼性の高い組織としての第一歩を外部に示し、来年度以降の改善につなげたいと考えています。
初のインパクトレポート発行にあたっては、社内外から知見を得ながら議論を重ねた(画像提供:ミダス財団)
インパクトレポートの課題は「恣意性」
国内でインパクトレポートを出す財団はまだ少ないと聞きます。欧米と比べた日本の状況を教えてください。
山添
日本ではインパクト投資そのものがエクイティ投資を起点に広まったため、発行されるレポートも投資家向けのものが中心です。
フィランソロピーが起点となってインパクトマネジメントが浸透した欧米と違い、財団がインパクトレポートを出す例は稀です。
ミダス財団が社会的インパクトの最大化を目指す上で、社会課題解決の成果を定量・定性で社会に示すことは必然です。
金融庁主導のインパクトコンソーシアムがガイドライン整備を進める今こそ、私たちが事例を示すことの意義が高まると考えています。
インパクトレポートで最も大切にしたい信念は何でしょうか。
山添
研修で深い共感と学びを得たことが2つあります。
1つ目は、恣意性を完全に排除できないこと。インパクト評価の領域は会計監査のような公的基準がなく、外部チェックも義務ではないため、理論上は良い話だけを並べることが可能です。
だからこそ誠実性を最優先にし、取得できていないデータや限界を正直に明示し、失敗がある場合もネガティブに捉えず開示します。
成果のためならばマネジメント方法を変えるのは当然というビジネスマインドが根づいているためです。
2つ目は、「成果は単独で生まれない」こと。例えば特別養子縁組事業の支援においても、他団体の取り組みも良い影響を生み出していると考えていますので、財団単独だけの手柄とは言えません。
レポートでは連携パートナーの数や役割をハイライトし、協働の成果として提示します。
インパクトレポートの一部。事業ごとの対象人口の規模を示した上で社会的インパクトを検証する(画像提供:ミダス財団)
恣意性を抑える具体策として、どのような指標やフレームワークを採用しましたか?
山添
まず、「我々だけの成果ではない」「正確性に限界がある」事実を、レポート内のメッセージで率直に言及しています。
指標としては、「インパクト・メジャーメント&マネジメント(IMM)」※1 を土台に、対象人口の規模、社会課題の構造分析、ステークホルダーへの提供価値を整理したうえでロジックモデルとアウトカム指標につなげています。
例えば特別養子縁組では資料請求数や相談員人数、申込・登録件数、成立件数など客観データを公開します。
というのも、過去に担当したプロジェクトで受益者への意識調査を行ったところ、全項目満点となり客観性に欠けた結果となってしまったことがありました。
定性的な意識調査では感謝など主観が影響してしまうこともあるので、客観的な定量データを指標とするようにしています。
※1インパクト・メジャーメント&マネジメント(IMM) :「社会的・環境的インパクト」を管理し高めていくための国際手法。
“顔が見える”レポートが生み出す共感
他のインパクトレポートと比べたとき、どのような独自性があると考えていますか?
山添
1つ目は「人の顔や生活が見える素材を事業ごとに必ず入れる」点です。数値分析の前に受益者のリアルを示すことで、データが何を意味するか直感的に伝えます。
2つ目は冒頭で掲げるビジョンです。私たちは「世界中の人々が人生の選択を自分で決定できる社会」を目指し、その実現手段として制度と意識を変えるシステムチェンジにも踏み込むと明示しています。
直接支援だけでなく制度・意識改革をセットで実行する道筋を整理し、各事業ページでは「どのレバーをどう動かすか」を具体的に示しました。
人の顔が見える導入とシステムチェンジを見据えた設計図という二層構造が、ミダス財団ならではの特色だと考えています。
山添
前職で多様なインパクトレポートを分析した際、読者の関心を最も高めるのは「受益者のストーリーが具体的に想像できるかどうか」だと分かりました。
そこで今回のレポートでは、海外の教育整備事業であれば生徒や親、先生のインタビューを章の冒頭に置き、写真も掲載します。
読者がまず人の顔と声に触れ、ページを進めるうちに社会課題の構造分析、ステークホルダーへの提供価値、ロジックモデル、指標へと自然につながる構成にしました。特別養子縁組事業も同様です。
今年立ち上げたばかりの子どもの体験格差解消事業は、8月に東京大学のUTTC(UTokyo Tech Club)という学生団体と行う、中高生向けのプログラミング体験イベントで得たストーリーを来年版で載せる予定です。
インパクトレポートは、財団とともに成長する
レポートについて、特に注目してほしい部分はどこですか。
山添
受益者の顔だけでなく、財団のメンバーや協働パートナーの顔も見える点です。
吉村代表理事のメッセージ以外にも、子どもの体験格差事業ではお茶の水女子大学の浜野隆教授やこども家庭庁の初代大臣である小倉將信氏など、外部ステークホルダーのコメントやメッセージも頂戴しています。
また、ミダス財団の取り組みについてソーシャルな分野で長く活動されてきた渋澤健さんと吉村代表理事が対談した記事も掲載されます。
ミダス財団のあり方と活動を、内と外の両視点から知っていただける内容を目指しています。
5年後、10年後を見据えたレポートの発展計画を教えてください。
山添
ミダス財団は、毎年1つの新しい社会課題に挑戦し続けることを目指しています。海外では教育環境整備を継続し、国内では今年で2つ目の事業が動き始めました。
5年、10年と経過し事業が増えるにつれ、長く続く事業はデータ分析中心に、新規事業は構造分析や意図説明中心に、とページごとにフォーカスが変わっていくでしょう。
その変化自体が挑戦の軌跡になり、財団の成長の証になるはずです。もちろん容易ではありませんが、その姿を目指して歩みたいと考えています。
レポート内には、ミダス財団が掲げるセオリーオブチェンジが掲げられている。「人生の選択肢が限られている人」の例示が、事業の意義を鮮明に浮かび上がらせる(画像提供:ミダス財団)
山添
私たちは「世界中の人々が人生の選択を自ら決定できる社会」の実現をミッションとして掲げています。
しかしながら我々は小さな財団であり、出会える人も限られているため、より多くの方々と出会いたいと考えています。
今ある事業についてご協力いただけることや、新しい取り組みのアイデア、意見交換も大歓迎です。まずはレポートをお読みいただき、私たちの理念や事業に共感いただける場合は、お気軽にお声がけください。