2050年脱炭素化へのタイムリミットが迫る中、ついに国内初の製品単位の排出量算定プラットフォームが登場した。三井物産株式会社(以下「三井物産」)と一般社団法人サステナブル経営推進機構SuMPO(さんぽ、以下「SuMPO」)が共同開発した「LCA Plus」は、製品のライフサイクルを通して排出されるGHGの排出量をワンストップで可視化する画期的なツールだ。GHGプロトコルに則った企業単位の排出量算定は浸透し始めたものの、国内企業の製品単位での排出量算定の動きは鈍い。「LCA Plus」の登場は、その転換点となる可能性を秘めている。
グローバルにビジネスを展開する三井物産と、国内唯一のカーボンフットプリント認証機関SuMPO。両社の協働で生まれた「LCA Plus」の独自性とは?製品ごとの排出量を算定する意味は?導入企業に生まれた変化とは?
開発の背景から今後の展開までを、鉄鋼製品本部 次世代事業開発部 LCA Plus事業推進チームでシニアプロジェクトマネージャーとしてLCA Plusプロジェクトを率いる長谷川明彦さんに聞いた。
LCA Plus開発のきっかけは「低炭素の製品を納入したい」という顧客の声
「LCA Plus」は、製品やサービスのライフサイクル全体のGHG排出量を算定できる国内初のプラットフォームです。開発の背景を聞かせてください。
長谷川
私が当社にキャリア採用で入社し、鉄鋼製品本部に配属された2020年当初、すでに環境周りのビジネスを立ち上げる案は浮上していました。
ただ、現在のような「製品ごとの排出量算定」にフォーカスしたLCA(Life Cycle Assessment)の構想には至っていませんでした。LCA Plusのプロジェクトが立ち上がったきっかけは、様々な製造業、素材、産業を担当する鉄鋼製品本部とパフォーマンスマテリアルズ本部で自動車や産業機器、包材、建材、日用品などの素材や部品のトレーディングを担当する中で聞こえてきたお客様の声です。
当時、製品を届ける先のお客様やサプライヤー様から「製品単位でどれくらいのGHG排出量があるのか調べてほしい」「低炭素の製品を納入したい」といった問い合わせが増加していました。欧米の取引先を持つ企業もさることながら、国内の企業も、今後の事業展開をとらえる上で製品あたりの排出量算定の重要性を察知されているようでした。
そこで、当社が何らかの解決策を届けられないか、取引先や納入先、メーカー企業の皆様とブレインストーミングを行いました。こうして、お客様の声を束ねるようなかたちで「製品あたりのGHG排出量算定に特化した解決策を届けよう」と、プロジェクトが立ち上がったことが開発のきっかけです。
一般社団法人サステナブル経営推進機構SuMPO(さんぽ)との協業でプラットフォーム開発に取り組まれています。SuMPOをパートナーに選定された決め手は何だったのでしょうか。
長谷川
まず、SuMPOは国内で唯一、ISOに基づいたカーボンフットプリントの認証を与えることのできる機関ということが挙げられます。しかも、30年という長期にわたりノウハウを蓄積され、ISOに則ったプログラムを運営されています。この分野を国内で長年けん引してこられた機関です。
そんなオンリーワンかつトップランナーであるからこそ、SuMPOと組むことで、お客様に圧倒的な信頼感と安心感を届けられると確信しました。
「はじめまして」とご挨拶に伺って以来、ときには両社の信念や観点のすりあわせを要する局面も経ながら、現在では同じ絵を描いて「信頼し合えるパートナー」として協業するに至っています。
開発秘話「暗黙知を一般化し、『秘伝のタレ』をソフトウェアに結びつける」
SuMPOと共同でLCAの算定方法を検討されたわけですが、具体的にはどのように確立していかれたのでしょうか?
長谷川
ISOで規定されているLCAの算定方法は、ゆるやかな推奨レベルのものです。とはいえ、各国にはEPD(Environmental Product Declaration:環境製品宣言)認証機関が確立した独自ルールが存在します。よって、ベンチマークするとおおよそのベストプラクティスが見えてきます。
オープンになっていなくても、暗黙知として一部の機関や企業には算定ノウハウが蓄積されている状態でした。国内でも長年取り組んでこられた企業がありましたし、まさにSuMPOがコンサルティングや認証などで深い知見をお持ちです。
ただ、ベストプラクティスをどこまで徹底するかは悩みどころでした。当社とSuMPOが共同で、暗黙知化された算定方法をわかりやすいシステムに落とし込み、その上でルールメイクや仕組み設計を行いました。
LCA Plusの開発にあたり、約30社を対象に実証実験を実施されています。実証実験の対象企業は、どのように選定されたのですか?
長谷川
「LCA Plusの価値はどこにあるか」を踏まえて企業選定を行いました。
新たな「LCA Plus」というプラットフォームを構想したとき、長年算定に取り組んできた企業から、全く初めて算定する企業まで、幅広いレベル感のユーザーが使えるプラットフォームを作りたいと考えました。
そこで、開発手法としては、MVP(Minimum Viable Product:必要最小限の価値を届ける製品)を提供した上で、顧客のニーズに応じて更新しながら開発を進める手法をとりました。まずは自動車メーカー向けのミニマムな機能を搭載し、それが化学メーカー、食品メーカーや日用品メーカー、電子機器メーカー、それらのサプライチェーン上の企業にも使用できるかを検証するという流れです。
このように、業界差を特定しながら開発を進める必要があったため、実証実験ではあえてばらつきのある30社を選定させていただきました。
長谷川
苦労しかありませんでした(笑)
まずはSuMPOの算定ノウハウをソフトウェアに落とし込む難しさがありました。そもそもLCA算定について数カ月で自己学習しなければならず、加えて、お客様に長年蓄積されてきた暗黙知を整理し、一般化し、共有できる状態にしなければなりません。
また、お客様が各自の手法で収集してこられた「秘伝のタレ」のようなデータやExcelの計算式も、一般化してソフトウェアに結びつける必要がありました。これも開発チームと日々頭を悩ませるなど、苦労しましたね。
構成部品が複雑な製品の場合、ソフトウェアを使わない手法だと、部品や素材点数で構成される約5,000行にのぼる式の構成行をとりまとめて最終的に1つの式を導き出して計算します。お客様独自の手法をソフトウェアに結びつける過程で、私自身、実際にExcelを使って5,000行のとりまとめを行ってみたのですが、72時間もかかりました。
そんな苦労はありましたが、「これを数分でできるようになれば、たしかにラクになる。排出量算定に抵抗がある人にとっても、使いやすくなるだろう」と体感できたのは良かったですし、更には、このような苦労の実体験や開発チームとの解決策模索を経ることで、特許出願にも漕ぎつけております。
もう1つ、調整業務にも苦戦しました。このような実証実験を商社が行うこと自体が珍しい事業アプローチだったこともあり、いろいろな方を巻き込む上で社内外のチャレンジがありましたね。
例えば、A社が実証実験を承諾しても、算定開示の要求を受ける役のサプライチェーン上のB社からNGが出るというケースがありました。B社の懸念ももっともで、算定の開示がともすると価格感の開示につながる側面もあるわけです。そこで、下流側の企業に「開示活動を購買活動に絶対につなげない」と予めお約束いただくなど、セキュリティを担保し、システムで開示情報を制御するソリューションも取り入れました。
他にも、実証実験参画企業様の実務工数や費用負担を負わせないようにご支援したり算定のナレッジをご説明したりと、ご参画いただく皆様が実のあるものになるように奔走しました。当初は実証実験を3カ月で終わらせる予定でしたが、調整・さらには納得のいく開発が難航して1年ほどかかってしまいました。
機能コンセプトは「正確に、かつ簡便に」
相当なご苦労の末にリリースされたことが伝わってきます。そんなプロセスを経て開発されたLCA Plusですが、LCAプラットフォームとしての独自性について改めて聞かせてください。
長谷川
LCA Plusは、業界で唯一、製品あたりのGHG排出量算定に特化したプラットフォームで、月額のサブスクリプション型として販売をしています。これまで企業単位でのGHG排出量算定というアプローチは存在していましたが、製品あたりの排出量を算定するプラットフォームはLCA Plusが初めてです。
LCA算定の具体的な例として、目の前にあるこのパソコンはCPUやボタン、ネジといった部品で構成されています。このパソコンという1つの製品のGHG排出量は、部品1個1個の点数レベルの排出量やアッセンブリする際の電力などの排出量、配送する際の輸送の排出量などを全て算定しなければ、導き出せません。
このように、製品ごとの排出量を、生産から使用、廃棄段階までの製品ライフサイクルを通して部品ごとにブレイクダウン、各プロセスを積み上げてGHG排出量を算定できるソフトウェアがLCA Plusです。これは、GHGプロトコルのScope1.2.3を基にして、企業単位の合計排出量から生産量を割って製品単位のGHG排出量を算出するざっくりとしたアプローチとは全く異なり、LCA Plusではホットスポットがわかるなど、真に削減活動につなげることができます。
製品ごとの排出量を算定する類似サービスとしては、企業が独自に組んだLCA算定のロジックや数値を認証機関が認証するものが挙げられます。
しかしながら、「正確に、かつ簡便にLCAを算定できる」という機能コンセプトは、LCA Plusが際立っている点であると自負しています。
「正確に、かつ簡便に」とは、具体的にどのような機能やサービスを備えているのでしょうか?
長谷川
まず、「正確に」という点では、SuMPOが確立したISOに則った計算ロジックやガイドラインが実装されていることが挙げられます。そして「簡便に」という点では、30社の実証実験で「初心者でもすぐ使えるソフトウェア」であることを確認済みです。
LCAの排出量を算出するには、基本的には「排出係数」と言われる原単位と活動量を掛け合わせ、「活動量×原単位」の総和を算出します。パソコンの例で言うと、部品の1つであるボタンが樹脂でできているなら「樹脂の原単位が何グラム使われているか」「アッセンブリに何キロワットの電力が使われるか」など、様々なパーツについての「活動量×原単位」や、輸送・使用・廃棄時の排出量合計を求めていきます。
しかし、「そもそも計算式が分からない」というところから、「どうやってデータを集めれば良いか分からない」「集めたデータに対する原単位の割り当て方が分からない」といったレベルまで、何段階かに分けて難所が点在しています。レベルごとに難しさも異なりますし、不十分な知見のもと算定して誤った数字を出してしまえば、信用問題に発展しかねません。
「正確に、かつ簡便に」を旨とするLCA Plusでは、算定のチェック機能やサービス体制を充実させています。
一例を挙げると、入会された会員全員に「カスタマーサクセス」のサポートがつきます。会員ごとに専任のメンバーがつき、機能を使いこなせるよう徹底的に伴走します。加えて、有償サービスとなりますが「サービスセンター」のサービスもあります。これは、算定の知見を持つコンサルタントに有人チャットや通話で手軽に相談できる仕組みです。
また、データの転記ミスや計算式の誤りが生じないよう、ソフトウェアを作り込んでいます。具体的には、システム間連携に対応するためのAPI連携への対応や原単位の割り当てを、デジタルの力を使って高度化、自動化など、機能面で様々な策を講じています。
算定数値の信頼性が増すため、推奨とされる「サプライヤーからの算定報告数値」収集に関しても、他社間連携でサプライチェーン上の数値を集めやすい仕組みを構築したり、企業によっては既存のIoTセンサーから活動量を自動収集したりしています。
このように、人的なナレッジとソフトウェアの機能、オンラインとオフラインとを組み合わせて、「正確に、かつ簡便に」を実現しています。
LCAプラットフォームとしての機能を完全網羅。第三者検証サービスも準備中
まさにLCA算定のプラットフォームとして、網羅的な機能を搭載しているのですね。
長谷川
基幹機能はもちろん算定機能ですが、前後のフローには、データの収集・記憶や計算結果の参照機能もあります。
算定後のシミュレーション機能を使えば、どこを変えれば全体の排出量を下げられるかシミュレーションして可視化できます。アカウントを超えた報告機能もあるため、自社の改善だけでなく算定結果を報告することで下流企業へのアピールにも活用できます。また、算定の進捗や全社視点でのKPIをダッシュボードで一覧化できるので、全社管理もしやすくなります。
さらには、排出量の算定結果の妥当性をISO規格に基づいて検証するサービスも開始します。
長谷川
LCA Plusと検証サービスは、いわば会計システムと公認会計士のようなイメージで、算出したデータに信頼性を持たせる仕組みです。
本検証サービスに対するニーズは高まっているものの、実施できる企業が少ないなど、現在は需要と供給にギャップがある状態です。例えば、既存のサービスですと、一件の認証・維持に年額100万円以上の費用がかかる上、認証取得には数か月かかるケースが多く、時間がかっております。もっとお手軽なサービスを求めてるお客様も多いと考えております。
そこで、当社が安価でスピーディに検証を提供できればと考えました。LCA Plusの外部検証サービスは、既存サービスと比してかなりリーズナブルな価格帯かつ「依頼から1カ月程度」というスピード感で提供する予定です。
LCA Plusの最大の価値は「自社製品の競争力強化」
LCA Plusを導入することで、企業はどのような付加価値を享受できるのでしょうか?
長谷川
企業にとっての付加価値は多々あります。
第一に、エシカル消費や環境価値といった潮流に照らすと、GHG排出量の削減が自社ブランドのエンジンになることは間違いありません。
ただ、最大の価値は、「自社製品の競争力強化につながる」ということです。
当社は、日々のビジネスの中で、欧州をはじめグローバルな世界で何が起きているかを目の当たりにしています。そこで実感するのは、カーボンプライシングに代表されるような、経済合理性の変化です。
脱炭素に向けた取り組みが、ESGブランディングやイメージの問題だけではなく、実際に“経済的合理性よりも環境合理性が優先される”時代が到来しています。自社製品に低炭素スペックを付与することで競争力が上がり、仕事の獲得につながるのです。GHG排出量を正確に算定し、脱炭素に向けた取り組みを可視化することは、自社製品の競争力強化に不可欠と言っても過言ではありません。
LCA Plusを設計・開発に活用されているケースもあります。LCA Plusでは、算定後、どこを変えれば排出量を下げられるかをシミュレーションできます。これを次の製品開発に活用すると、例えば「樹脂を別の素材やリサイクル素材に変えてみよう」と、設計段階で着想できます。
最終的には自社製品の競争力強化につながりますが、「低炭素製品を設計・開発する」という部分に貢献できているようです。
LCAの算定結果全体をScope1.2.3に照らし合わせてギャップを分析することで、排出量削減に向けた施策の全体像をより精緻に描けたりもします。製品ごとに正確に積み上げた算定結果を、経営的な思想のもとで再分析して、全体の俯瞰と情報開示に役立てておられる例です。
実際に導入された企業からは、どのような声が届いていますか?
長谷川
以前からLCAの算定をされていた企業からは、「こんなに便利なものがあったのか!」と、驚かれます。
2000年くらいからLCA算定に取り組まれていたある企業では、1製品の計算に約3カ月かかっていたそうです。LCA Plusを使えば、それを数分間で完了できてしまうわけです。単純比較はできませんが、それくらいの衝撃と価値をご提供できたようです。
他にも、「データ管理が格段にラクになった」「社内外に説明しやすくなった」といったお声も届いています。
また、これまで全く算定をされたことのない企業だと、「意外と簡単だったんですね!」と驚かれるケースが多いです。「何から手をつけたら良いか分からない」という状態だった方も、「取り組みやすいファーストステップだった」とおっしゃいます。
そういった意味では、初心者から上級者まで、幅広い層に対して納得感と感動をお届けできたと感じています。
見据えるのは「安心して使え続けるプラットフォーム」
まさしく、「正確に、簡便に」の機能コンセプトどおりの声が集まりましたね。最後に、今後の展開について聞かせてください。
長谷川
機能面では、常にアップデートをし続け、例えばグローバル方式を更に取り入れ、産業ごとの必要機能の深堀りなどを進めていく予定です。そのためには、設計・製造情報といった算定の元データを保有するなる企業との連携や海外の基盤データベースとの連携も進める必要があり、既に第一弾としてユーザー様のシステム連携用のAPIを通じた接続の実行やグローバルデータ連携基盤であるCatena-Xとの接続も行っております。
LCA Plusは、グローバルな総合商社としての当社の「速さ」と「面の広さ」を活かして開発したプラットフォームです。
GHG排出量の可視化が求められ、製品単位のGHG排出量の削減が一層必要とされる時代において、メーカーは精緻に排出量がわかる「製品単位の積み上げ方式」によるGHG算定ツールを真に求めています。そんな中、誰にとってもスムーズにストレスなく安心して使え続けるプラットフォームを構築することが当社の使命だと感じています。
現在、ベンチャーから大企業まで、企業の規模を問わずLCA Plusの入会が急増しています。
まずはしっかりとサービスをご提供していくことが第一ですが、その上で、ユーザー会のようなコンソーシアムを立ち上げたいと考えています。お客様同士で共有できる環境関連の情報やTips、計算のアプローチや体制構築など、情報交換できる場を作りたいです。
また、環境問題は一部の会社・組織だけで対応できるものではありません。ユーザー会だけでなく、他のシステム会社やコンサルティング会社、銀行や他業種の企業も含めていろいろな仲間に門戸を開きたいと考えています。
LCA Plusは、ESGのためのツールとしての視点に留まらず、可視化の先にある事業でのお客様との連携や協業も視野に入れています。
LCA Plusを結節点に、カーボンニュートラルを達成した2050年を迎えましょう!
お話を伺って、LCA PlusがLCAのデファクト・スタンダードとなる未来を見たような思いです。本日はありがとうございました!
サービスについてより詳しく知りたい方はLCA Plus HPからご覧になれます。
◎企業概要
社名:三井物産株式会社(MITSUI & CO., LTD.)
設立年月日:1947年(昭和22年)7月25日
資本金:342,560,274,484円 (2023年3月31日現在)
従業員数:5,449名 (連結従業員数46,811名) (2023年3月31日現在)
事業所数:事業所数: 128拠点 / 63ヶ国・地域(2023年4月1日現在)
本店:東京都千代田区大手町一丁目2番1号
URL:https://www.mitsui.com
◎プロフィール
長谷川 明彦
2020年三井物産キャリア入社。前職においてICT、IoT、AI等のデジタル関連の営業、事業開発、戦略・事業・DXなど多岐にわたるコンサルティングを約10年経験し三井物産に入社。三井物産では鉄鋼製品本部におけるデジタル新規案件の取り纏めをし、現在はLCA Plusのプロジェクトをリード。