SDGsと聞くと「環境問題」を想像する人は少なくないだろう。しかし世の中に製品があふれた今、価格競争に陥りしわ寄せをくらう「労働者の貧困」もSDGsにとって議題である。例えばファストファッション。発展途上国の安価な労働力を使い製造コストを抑えたことで生まれたと知られている。自社の製品は、顧客だけでなく生産者というステークホルダーとも良質な関係を築けているだろうか?
この疑問に向き合い続けたのが株式会社フェリシモの葛西龍也氏である。オーガニックコットンをきっかけにインドの社会課題に取り組み、一般財団法人PBP COTTONを設立。インドの農家に寄付を続けている。著書『セルフ・ディベロップメント・ゴールズ SDGs時代のしあわせコットン物語』(株式会社双葉社)から、自社製品と生産者、ステークホルダーの関係性を改めて見直してみよう。
SDGsの目標には貧困や質の高い教育提供も含まれる
「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であるSDGs。掲げる目標は17。認知度の高い気候変動やジェンダー平等の印象が強い人も多いかもしれない。しかし中には貧困をなくすこと、飢餓をゼロにすること、質の高い教育を全ての人に提供することなどもSDGsに含まれる。つまり、自社のステークホルダーの生活や教育について考えることも、SDGsの1つなのである。
コットン製品が自殺者を生んでいる?
アメリカ同時多発テロ事件後、平和を祈るメッセージを入れたTシャツを販売し、アメリカとアフガニスタンで親を失った子どもに基金を送る「LOVE & PEACE PROJECT」を葛西氏は立ち上げた。その後、短すぎて糸にできなかった落綿で作る軍手での製品開発を思いつくが、音楽プロデューサーの桑原茂一氏から、綿花栽培農家に大量の自殺者がいることを知らされたそう。
『セルフ・ディベロップメント・ゴールズ SDGs時代のしあわせコットン物語』によれば、インドの綿農家の自殺者は年間約3万人となっている。化学肥料を借金して買うものの収穫が上手くいかず、借金が返せず自殺に追い込まれることが多いからだ。
さらに葛西氏が衝撃を受けたのは、農家の子どもたちには未来の選択肢がないこと。葛西氏がインドに視察に訪れた際、「夢は何か」と彼らに聞くと答えが返ってこなかった。その後、「彼らは農家になる未来しか知らない」と、JICA(独立行政法人国際協力機構)インド事務所・榎木氏に教えられる。
「あんなにキラキラした目をした子どもたちが、自分の将来について一本の道しか想像することができない、ということに大きな衝撃を受けました。つまり、『あなたは将来何になりたいの?』という質問に対して『農家に決まっているでしょう』という答えしかないのです」 葛西龍也氏『セルフ・ディベロップメント・ゴールズ SDGs時代のしあわせコットン物語』(株式会社双葉社)
幼い頃、誰もが様々な夢を見るものだ。しかしそれは様々な選択肢の中から選ぶもの。農家が集う村で生まれ、幼い頃から教育も受けられずに育てば、「農家の選択肢」しか知らずに過ごすこととなる。夢を見るということ自体も、彼らの世界から見れば贅沢なことだと言える。
インド農家を支援する「PBPコットンプロジェクト」とは
こういった背景から葛西氏は動き出した。化学肥料を使用しない有機栽培したオーガニックコットン製品を販売し、そこから得た基金を元に、有機農法への転換を支援。支援する地域には児童労働を禁止し、子どもたちの就学・復学支援も実施することに。これが「PEACE BY PEACE COTTON PROJECT」、通称PBPコットンプロジェクト。コットン部分にインド産オーガニックコットンを100%使用した洋服やバッグを販売している。2017年には自社の活動をオープン化するため、一般財団法人PBP COTTONを設立した。
協業する現地NPOがなかなか見つからなかったり、ジェンダーの差別があったりと次々と新たな課題に対応しながら、なんとか事業を動かした葛西氏。その結果が実りを見せ、教育を受けた子どもが大学卒業後州政府の農業担当者や看護師、教師として村に戻ってくるという事例も出てきているという。嬉しい話だ。有機農法へ転換した農家は15,079軒、復学した子どもは2,064人、高等教育に進んだ子どもは928人にもなる。
自社の製品商流を改めて見直そう
自社の製品は、全てのステークホルダーの生活をより良くするものとなっているか。生産者の顔、実情を知らずに製品を販売している会社も少なくないのではないだろうか。まずは製品商流を見直し、ステークホルダーの生活を見直す。社員に限らず、製品の関係者を考えていくことが重要だ。そこで見つかった社会課題を解決していくことで、自然とSDGsに繋がっていく。SDGsの取り組みはいわゆる環境問題等の着手だけでなく、自社製品のステークホルダーから始まるのだ。