近年、世界中で地球温暖化対策の機運が高まり、日本においても2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みが加速しています。
こうした流れの中で、大企業のみならず、中小企業においても脱炭素経営の重要性がますます高まっています。
中小企業は、日本企業全体の約99%を占めており、経済活動全体への影響力が大きいからです。持続可能な社会の実現に向けて、中小企業一つひとつの取り組みがこれまで以上に求められています。
そこで、注目されているのが「SBT(Science Based Targets:科学に基づく排出削減目標)」です。
本稿では、中小企業にとってのSBTの重要性について解説していきます。
中小企業向けSBT(Science Based Targets)とは?
SBTの定義と概要
SBT(Science Based Targets)とは、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標のこと。
パリ協定で定められた「地球の気温上昇を産業革命前比で2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標の達成に向けて、企業が設定する排出削減目標を指します。
通常版SBTについては以下の記事でも紹介しています。
中小企業向けSBTとは?通常版SBTとの違い
中小企業向けSBTは、従来のSBTよりも設定・達成しやすいよう、中小企業の事業規模やリソースに配慮した内容となっています。
中小企業向けSBT参加のメリット
項目 | 中小企業向けSBT | 通常版SBT |
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対象 | 【必須要件】 以下項目のすべてに該当
・スコープ 1 およびロケーションベースのスコープ 2 の排出量全体で 10,000 tCO2e 未満 ・海上輸送船を所有・管理していない ・非再生可能発電設備を所有・管理していない ・金融機関または石油・ガス企業ではない ・子会社ではない
【追加要件】 上記の必須項目に加え、以下の4項目のうち、2項目以上に該当
・従業員数が250名未満(パートタイマーなど含む) ・売上高が5,000万ユーロ未満であること ・総資産が2,500万ユーロ未満であること ・森林、土地、農業関連企業ではない | 特になし |
目標年 | 2030年 | 申請時から5年以上先、10年以内の任意年 |
基準年 | 2018年~2023年から選択 | 最新のデータが得られる年での設定を推奨 |
削減対象範囲 | Scope1,2排出量 | Scope1,2,3排出量 ※Scope3がScope1~3の合計の40%を超えない場合には、Scope3目標設定の必要は無し |
目標レベル | ・Scope1,2 1.5℃(少なくとも年4.2%削減) ・Scope3 算定・削減(特定の基準値はなし) | 下記水準を超える削減目標を任意に設定 ・Scope1,2 1.5℃(少なくとも年4.2%削減) ・Scope3 Well below 2℃(少なくとも年2.5%削減) |
費用 | ・新しい短期目標(維持目標を含む)を設定する、または以前の短期目標を置き換える場合USD1,250(外税) ・短期目標とネットゼロ目標を設定する場合USD2,500(外税) | ・目標妥当性確認サービス:USD9,500(外税) (最大 2回の目標評価を受けられる) ・以降の目標再提出は、1回USD4,750(外税) |
承認までのプロセス | 目標提出後、承認されればSBTi Webサイトに掲載 | 目標提出後、事務局による審査(最大30営業日)が 行われる 事務局からの質問が送られる場合もある |
SBT(Science Based Targets)について(環境省)より作成
中小企業向けSBTに参加することで、以下のようなメリットを享受できます。
メリット | 内容 |
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企業価値向上 | ESG投資の広がりを背景に、環境問題への取り組みは投資家や金融機関からの評価向上に繋がります。 |
競争力強化 | サプライチェーンにおける環境配慮の重要性が高まっており、取引先は大企業だけでなく中小企業にもSBTを求めるようになっています。 |
イノベーション促進 | 環境負荷の低減とコスト削減を両立できる技術やサービスの開発を促進することができます。 |
人材確保・従業員エンゲージメント向上 | 環境問題への意識が高い従業員にとって、企業理念への共感を得やすく、優秀な人材の確保や従業員の定着に繋がります。 |
SBTへの参加は、これらのメリットを通じて、持続可能な社会の実現に貢献するとともに、企業としての成長を促進します。
それぞれのメリットについて、説明します。
企業価値向上:金融機関からの評価向上
近年、企業の環境への取り組みが投資判断の重要な要素として注目されています。
ESG投資(※)が主流となる中で、SBT認定の取得は企業価値の向上に大きく貢献します。
【金融機関がSBTを評価する理由】
- 将来的なリスク管理
- 成長性の高さ
- 企業理念への共感
中小企業向けSBTに参加し、具体的なCO2排出量削減目標と達成に向けた計画を策定・公表することで、企業は金融機関に対して、将来のリスクに適切に対応できる企業として評価されます。
また、環境問題への意識の高い顧客やビジネスパートナーを獲得できる可能性も高まり、長期的な企業価値の向上へと繋がります。
※ESG投資:環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮した投資のこと。
競争力強化:取引先からの選定基準の変化
近年、企業の環境への取り組みが、取引先選定の重要な基準となっています。
特に、大企業を中心に、サプライチェーン全体での排出量削減の動きが加速しており、取引先にもSBTへの参加やCO2排出量削減を求めるケースが増えています。
【取引先の選定基準の変化の例】
- 調達基準への環境負荷の観点:CO2排出量が少ない企業を優先的に取引先に選定する。
- サプライヤー評価:環境目標の設定や達成状況を取引先評価の項目に含める。
このような状況下で、SBTに参加し、CO2排出量削減に積極的に取り組むことは、取引先からの信頼獲得に繋がり、受注機会の拡大や取引関係の強化といった競争優位性を築くことに繋がります。
以下の大企業ではScope3の削減目標として、サプライヤーへのSBT目標設定を掲げています。
企業名 | 目標 |
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大和ハウス工業 | 購入先サプライヤーの90%にSBT目標を設定させる |
第一三共 | 主要サプライヤーの70.6%に削減目標を設定させる |
ナブテスコ | 主要サプライヤーの70%に削減目標を設定さ、2030年までにSBTを目指した削減目標を設定させる |
大日本印刷 | 購入金額の90%に相当する主要サプライヤーに、SBT目標を設定させる |
浜松ホトニクス | 購入した製品・サービスによる排出量の76%に相当するサプライヤーに SBT目標を設定させる |
ロッテ | 購入した製品・サービス、資本財、輸送・配送(上流)による排出量 の80%に相当するサプライヤーにSBT目標を設定させる |
ソニーグループ | 購入した製品・サービスによる排出量の10%に相当するサプライヤーに SBT目標を設定させる |
AGC | 購入した商品とサービス、および燃料とエネルギー関連の活動を対象と した排出量で、サプライヤーの 30% に科学に基づく目標を設定させる。 |
ブリヂストン | 購入した製品・サービスに関わる排出量の92%に相当するサプライ ヤーにSBTの目標を設定させる。 |
野村総合研究所 | 排出ベースで、サプライヤーとベンダーの70%にSBT目標を設定させる |
SBT(Science Based Targets)について(環境省)より一部を抜粋して作成
イノベーション促進:環境負荷低減とコスト削減の両立
SBTへの参加は、環境負荷低減とコスト削減を両立させるイノベーションを促進する起爆剤となりえます。
環境負荷低減 | コスト削減 | イノベーション事例 |
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CO2排出量削減 | エネルギー効率化 | 再生可能エネルギーの導入 |
廃棄物削減 | 資源の有効活用 | リサイクル・リユースシステムの構築 |
水資源の節約 | 水道料金の削減 | 節水型設備の導入 |
化学物質の使用量削減 | 原材料費の削減 | 環境負荷の低い代替材料の開発 |
従来の事業プロセスを見直し、環境負荷の低い新たな技術やサービス、ビジネスモデルを導入することで、企業はコスト削減と同時に、新たな収益源の獲得や市場競争力の強化といったメリットも享受できます。
例えば、再生可能エネルギーの導入は、CO2排出量削減とエネルギーコストの削減を同時に実現できる取り組みです。
また、製品の軽量化や輸送効率の改善といった取り組みは、環境負荷低減だけでなく、原材料費や輸送コストの削減にもつながります。
このように、SBTへの参加を契機としたイノベーションは、企業の持続的な成長に大きく貢献すると言えるでしょう。
人材確保・従業員エンゲージメント向上:企業理念への共感
近年、環境問題への意識の高まりから、企業姿勢に共感できるかどうかを重視して就職先を選ぶ求職者が増えています。特に、ミレニアル世代やZ世代といった若い世代では、その傾向が顕著です。
自社の企業理念に、SBTの目標達成を盛り込むことで、求職者へのアピール材料となり、優秀な人材を確保しやすくなります。
企業理念への共感による効果 | 説明 |
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優秀な人材の確保 | 環境問題への意識が高い求職者にとって、企業の姿勢は重要な判断材料になります。 |
従業員エンゲージメントの向上 | 従業員は、自社の取り組みが社会に貢献していると実感することで、働きがいを感じ、企業への愛着やエンゲージメントの向上が期待できます。 |
企業ブランドの向上 | 環境問題に積極的に取り組む企業姿勢を示すことは、企業ブランドの向上に繋がり、顧客や取引先からの信頼獲得が期待できます。 |
SBTへの参加は、従業員の意識改革を促し、環境問題に対する当事者意識を高めることにも繋がります。
結果として、従業員一人ひとりの行動変容を促し、目標達成を促進させる効果も期待できます。
中小企業向けSBTのCO2排出量算定
CO2排出量算定範囲
通常のSBTとは異なり、中小企業版SBTでは、Scope1.2、つまり自社内の生産活動に限定して、温室効果ガスの排出量削減目標を設定することになります。
Scope3に関しては削減目標の設定は求められていませんが、排出量を測定し、削減にコミットメントする必要があります。
しかし、中小企業の場合、算定に使えるリソースが限られているケースも多いでしょう。
専門知識を持った人材がいない、データ収集や分析に十分な時間を取れないといった悩みをお持ちではありませんか?
その場合、CO2排出量を算定するツールの導入や、算定を代行するサービスを検討することも一つでしょう。
当社も、中小企業の皆様に向けPR支援含めたCO2排出量算定支援サービスを提供していますので、是非、ご検討してみてください。
中小企業向けSBT認定の削減目標
中小企業がSBTを達成するためには、自社の現状や事業特性を踏まえた現実的なCO2削減目標を設定することが重要です。目標設定にあたり、以下の3つのオプションを検討できます。
以下の目標設定オプションの中から自社に最適なものを選択する際には、業界の平均排出量、自社の事業規模、技術レベル、経済状況などを考慮し、野心的ながらも達成可能な目標を設定することが重要です。
1. 短期の目標
2030年度を目標年として、Scope1とScope2の温室効果ガス排出量の削減目標を設定します。
削減目標水準は、基準年(2018年〜2023年)をいつにするかによって異なり、2018年度比では50%削減、2019年度比では46%削減、2020~23年度比では42%削減のいずれかを選択することができます。
2. 短期目標の維持
既にScope1とScope2の排出量実質ゼロを達成している企業が、この状態を維持し、さらなる改善を目指すための目標設定です。
目標達成状況の年次報告や、目標達成を裏付ける証拠書類の提出が義務付けられます。
3. ネットゼロ目標
2050年までに、Scope1、Scope2、Scope3を含む事業活動全体で温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目指します。
この目標を掲げるには、まず2030年までの短期目標を設定する必要があり、その目標水準は1.5℃目標に整合したものとすることが求められます。
削減目標達成に向けた具体的な取り組み事例
CO2の削減目標を設定し、SBT認証を得た後、実際に削減目標達成のための取組みが必要になります。
削減目標の達成には、企業の規模や事業内容に応じて、最適な取り組みを選択・組み合わせることが重要です。
代表的な取組みとしては以下の取組みが挙げられます。
分野 | 具体的な取り組み例 |
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省エネルギー化 | ・ 業務用エアコンや照明を省エネタイプに交換する。 ・ 生産設備の稼働効率を見直し、エネルギー消費量を削減する。 ・設備導入補助金を活用し、初期費用を抑えながら最新設備を導入する。 |
再生可能エネルギーの導入 | ・ 電力会社を切り替え、再生可能エネルギー由来の電力を調達する。 ・ PPA(電力販売契約)を活用し、太陽光発電設備などを導入する。 ・ 自社で太陽光発電設備を設置し、自家消費しながらCO2排出量を削減する。 |
サプライチェーンとの連携 | ・ サプライヤーと連携し、原材料調達から製品廃棄までの環境負荷を低減する。 ・ 環境負荷の低い製品やサービスの調達を推進する。 ・ 輸送効率の見直しや、環境負荷の低い輸送手段への転換を図る。 |
これらの取り組みを通じて、企業は環境負荷の低減だけでなく、コスト削減や企業競争力の向上といったメリットも享受できる可能性があります。
まとめ
近年、企業規模を問わず、事業活動に伴う環境負荷低減への意識が高まっています。特に、地球温暖化対策は喫緊の課題であり、中小企業にとってももはや他人事ではありません。
中小企業向けのSBT認証の取得は、単なる環境負荷低減活動にとどまらず、企業価値向上、競争力強化、イノベーション促進、人材確保など、様々なメリットをもたらします。
しかし、大企業ではSBTへの参加が進んでいますが、中小企業ではこれからという企業様も多いのではないでしょうか?
中小企業版SBT認定の取得に際し、以下のような課題を感じている企業は多いのではないでしょうか?
- どこから手をつければいいか分からない
- 必要なデータが収集できない
- 正確な算定方法がわからない
そこで、当社では、上記のような課題を感じている中小企業様に向けて、中小企業版SBT認定の取得支援(CO2排出量算定支援サービス〜申請、取得まで)を提供しています。
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