ガラス原料である石灰石の代わりに卵の殻を使用する取り組みを、石塚硝子株式会社は2022年2月から始めている。石灰石の代わりに卵の殻を使用することで、石灰石よりも原料コストを削減できる。
さらに、今まで捨てていた卵の殻を有効活用して廃棄物を削減するだけでなく、CO2も約600kg削減できるという。石灰石の採掘や調達と、ガラス製造、卵殻廃棄処理で排出されるCO2を削減できるのだ。
石塚硝子は今までに約100tの卵の殻を受け入れ、約60tのCO2削減に成功。その功績が讃えられ「2023愛知環境賞 優秀賞」を受賞した。
産業用途で「卵の殻をガラス原料にする」という取り組みは、石塚硝子株式会社が世界で初めて行った。また、現時点で同じ取り組みをしている会社はいない。
そんな先進的な活動をしている石塚硝子が、この取り組みを始めたきっかけや、今日に至るまでのストーリーを紹介する。サステナブルな活動を進めている企業に興味がある人は、ぜひ読んでみてほしい。
約200年以上もガラス一筋の石塚硝子株式会社
石塚硝子は、1819年(文政2)11月に創業を開始している。約200年以上の歴史を持つ会社だ。岐阜県可児市土田で、初代の石塚岩三郎がガラス製造を始めたのが創業のきっかけである。
創業後は名古屋市に移転し、名古屋市昭和区に新工場を建設している。会社規模が大きくなるにつれ生産量も増えたため、広い土地を求めて名古屋市から現在の愛知県岩倉市に移った。
トヨタ自動車を始めとして、ものづくりが盛んな愛知県で「地域に根ざした企業」である、石塚硝子株式会社。
「モノづくり」「ヒトづくり」「ユメづくり」というビジョンを掲げながら、地域の人々の生活に寄り添って、社会的責任を果たすことを大切にしているという。
今回話を聞いたのは、1991年に入社した広報チームのチームリーダーである川島さんと、2007年に入社した新事業企画のグループリーダーである両角さんだ。
ホタテの殻をガラス原料にするところから始まった
卵の殻をガラス原料にする取り組みがスタートしたのは、2020年。
しかしそれまでに、紆余曲折を経ている。2015年ごろ、現在のグループ会社である北洋硝子株式会社に、両角さんが出張へ行ったことが始まりだ。
北洋硝子は青森県にあり、ホタテの養殖が盛んな地域。そこで「食べ終わったホタテの殻をどうやって処理しているのだろう」と、両角さんは気になったという。
調べてみると、ホタテの殻の不法投棄が問題になっていた。
元々、両角さんは石塚硝子でガラスの組成の研究をしていたという。そのため「ホタテの殻がガラス原料の1つである、石灰石の代わりになるかもしれない」と直感したようだ。
時を経てイノベーション推進部へ移動し「会社と社会にイノベーションを起こしていく」というミッションが会社から与えられた。
さらに2020年頃から世間の環境意識が高まり始め、青森県のホタテの不法投棄問題が両角さんの頭に浮かんだ。
「自分の研究開発の経験を活かして、会社と社会に貢献したい!」という思いも重なり、2015年に考えていた「ホタテの殻をガラス成分にする」取り組みを開始することに。
具体的には、ガラスの製造に使用する4つの主原料のうちの1つである、石灰石をホタテの殻で代用するという取り組みだ。両角さんはガラスの組成を研究して、特許と博士号を取っている。
その経験もあって、ホタテの殻を石灰石の代わりにすることに成功。ホタテの殻を活用してガラスを作ることができた。
しかし青森県と石塚硝子がある愛知県岩倉市は、約1,000キロ離れている。つまり、ホタテの殻を青森県から運ぶために大量のCO2が排出されてしまうのである。
環境に良いことをしようとしているのに、これでは本末転倒だ。そのため、ホタテの殻を有効活用する取り組みは頓挫した。
次に両角さんが目をつけたのは、貝殻だ。愛知県に隣接している三重県には、鳥羽市という地域がある。そこではリサイクルセンターがあり、牡蠣の貝殻を土壌改良剤に活用している。
そこから貝殻を入手して試したところ、ガラスが青くなってしまった。要するに、ガラスにするには牡蠣の殻に不純物が多かったのである。
卵の殻を石灰石の代替品とし「6方良し」の状態に
そこで2020年ごろに思いついたのが、卵の殻だ。国内の卵の殻の廃棄量は、問題視されている。さらに、愛知県には液卵を取り扱う食品会社があった。
何社かメールを送り「話を聞きたい」と言ってくれたのが、三洲食品株式会社だ。三州食品は液卵を扱っており、大手のパン屋や洋菓子店を含め、全国にお客さんを抱えているため、卵の使用量が多い。
さらに石塚硝子がある愛知県岩倉市に隣接している、愛知県小牧市に三州食品は所在しているのだ。
三州食品は卵の殻を食品原料に変えたり、土壌改良剤にしたり、鳥に食べさせたりしていた。しかし全てを処理する能力はないので、多くの卵の殻が廃棄されていたのだ。
廃棄するとなればお金もかかるし、廃棄するためにCO2も発生する。そこで石塚硝子から「卵の殻を譲ってほしい」という打診を、三州食品は快く受け入れてくれた。
そこからプロジェクトが本格的にスタートし、2020年は企画と研究開発。2021年は、条件を検討しながら試作を繰り返した。
そして2022年2月に、プレスリリースに至ったのだ。約2年かけて、品質に問題のない製品が完成。すでに石塚硝子が販売しているガラス食器には、石灰石の一部を置換して卵の殻が使われている。
目論見通り、三州食品の廃棄物は減り、廃棄物処理にかかっていた費用とCO2を削減できた。また、石灰石よりも卵の殻を使用した方が、原料のコストを低減できる。
まさに「売り手」「買い手」「世間」「作り手」「環境」「未来」にとってプラスとなる、「6方良し」の状態になったのだ。
大きな問題もなく、廃棄物とCO2の削減に成功
「石灰石の代わりに卵の殻を使用する」という取り組みは、実はあまり苦労しなかったという。
特許と博士号を取得した両角さんの組成研究の経験から得たこのアイデアのおかげで、大きな困難を迎えることはなかった。
原料の調達先を見つけるのに手間取ったものの、試作はスムーズに終えたのだ。苦労した話があったか石塚硝子のスタッフに聞いても「特になかった」との返答。
当初心配していた「卵の殻による匂いはないか」「虫が湧いてこないか」という問題も、発生しなかったという。
実機を使用してなんの問題もなく、石灰石の代わりに卵の殻を使用してガラスを作ることができた。新聞やテレビにも取り上げてもらい、廃棄物とCO2の削減に繋がった三洲食品も喜んでいたという。
今までに卵の殻を100t受け入れ、約60tのCO2排出削減に成功
「まずはこの取り組みを安定させて、卵の殻を使用したガラス製品の消費量を増やしていきたい」と両角さんと川島さんは語る。すでに100tの卵の殻を受けいれ、約60tのCO2排出削減効果が生まれた。
しかし卵殻膜を除去して卵殻の純度を高めることで効率をUPし、2024年には300tの卵の殻を石灰石に入れ替えることを目標としている。
また2023年10月時点で、卵の殻はガラス食器にしか使われていなかったが、2023年7月から卵の殻をガラス瓶にも使用している。
ガラス瓶への水平展開が進めば、来年には卵の殻の使用量が200tを見込めるという。
さらに卵の殻を石灰石へ置換する効率を上げれば、ガラス瓶への卵の殻の使用量が500t弱まで増やせる可能性もあるようだ。
卵の殻の使用量が増えれば、供給先の確保も必要になる。石塚硝子としてメディアなどで発信する機会が増えれば、同じような取り組みをする会社も増えてくるかもしれない。
卵の殻は全国で発生するので、他企業や自治体と連携して環境負荷低減につながる研究開発をしていきながらも、供給先を増やしていきたい狙いがある。
2030年の太陽光パネル廃棄問題にも注目
さらに両角さんは、太陽光パネルの廃棄問題にも注目している。2030年頃から、太陽光パネルの大量廃棄が発生すると言われているのだ。太陽光パネルは重量の約60%が、ガラスでできている。
ガラスの利用先が見つからなければ値段がつかず、埋め立てられてしまう可能性が高い。
そこでガラス一筋200年の石塚硝子の知見を活かして、廃棄されてしまう太陽光パネルを有効活用したいと考えている。
石塚硝子は社会課題の解決に向けて、ガラスを扱ってきた経験を活かしていく。
問題なく量産が始まっている、卵の殻を石灰石の代替にする取り組みは、置換効率を上げて今より多くの卵の殻を受け入れる予定だ。
さらに今後は、廃棄される太陽光パネルにも目をつけている。今後も石塚硝子のサーキュラーエコノミーの取り組みから、目が離せない。