環境問題や社会問題に企業を巻き込む制度として注目されているのが、B Corporationだ。環境や社会に配慮した事業を行い、透明性や説明責任などといった米国の非営利団体B Labが定めた厳しい基準を満たした企業に与えられる国際的な認証制度である。
企業のあり方を認証するともいえるB Corporationを東京で初めて取得したのが、電気通信工事を主事業とする日産通信株式会社だ。同社は2015年からCSRとして農業を通した地域活性化を行っている。
「私たちのような売上5億程度の中小企業であっても、カツカツにならずに楽しく社会貢献活動は行えるし、B Corporationも取得できる」と話す同社代表取締役の福田博樹氏に、社会貢献の取り組みや認証取得の道のりについて伺った。
電気通信工事を専門とする企業がCSRで農業を行う理由
福田
日産通信株式会社という社名のとおり、電気通信工事が主な事業です。モバイル基地局の増設に伴うビルや鉄塔において、光ケーブルの敷設から、配管工事、基礎工事、足場組立解体まで一括して行っております。
お取引先は、東京電力やNTT、KDDIといった大手通信企業など。社員数は十数名程度と小規模な会社で、売上の大部分は電気通信設備の保守や、一般家庭でのネット回線工事で成り立っています。
そんな電気通信工事を専門とする御社が、CSRとして農業を行っている理由をお聞かせください。
福田
2015年から地域農業活性化への取り組みとして、茨城県の耕作放棄地で農作業を行っております。ですが、最初から農業を行うつもりだったのではなく、当初は何らかのボランティア活動に取り組む予定でした。
というのも、私たちのようなインフラの工事業者は、災害があった場合24時間以内に現地に駆けつけ、保守をする契約を結んでいます。
私も1995年の阪神・淡路大震災の発生時には、新幹線の工事のため当日に現地におりました。
現場でよく目にするのが、ボランティアの方たちです。
仕事で向かう私たちには自治体から用意されたホテルやキャンピングカーや食糧がありますが、ボランティアの方たちは自分で寝泊まりする場所や食糧を確保し、人のために尽くしています。
非常に大変そうでしたが、その姿はとても生き生きしていたのが印象的で、20代の頃から何となくボランティアに興味は抱いていました。
そして2011年、東日本大震災が発生します。目の当たりにしたのは、安全が確保されておらず、食糧も拠点も不安定のなか必死に活動を行うボランティアの方々でした。
昔より参加人数も増え、ボランティアが身近なものになったのだと感心して東京に戻り、数ヶ月が経ったある日、宮城県や岩手県出身の弊社の若い社員たちが「復興活動に携わりたい」と退社届を出してきたんです。
会社で培った電気・通信工事のスキルをいかして、現地の復興を直接支援したいのだと。
福田
彼らの故郷への思いに感動するとともに、エールを送るしかできない自分の無力さに歯痒さを感じました。彼らは過酷な環境で活動するボランティアの方々を見て自分も力になりたいと思ったのでしょう。
私も経営者として組織活動を行う以上、社会に責任を果たしていかねばならない立場です。いよいよボランティアを真剣に考える必要があると思い、何をどう行うべきか本腰を入れて考え始めました。
高卒の自分が手を出すレベルじゃない?
災害をきっかけに社会貢献活動を本格的に始めようと思われたのですね。そこからどうしたのでしょう?
福田
まずはボランティアやソーシャルビジネスについて勉強しようと思い、H.I.S. スタディツアーデスクが実施するハーバード社会起業大会(SECON)への参加ツアーに申し込みました。
ハーバード社会起業大会とは、毎年2月、3月にボストンで開催される世界最大級のソーシャル・ビジネスのイベントで、世界の社会問題をテーマとしたセッションが数多く組まれています。
その大会に参加するスタディプログラムを、日本でCSRの啓蒙活動を行う雨宮寛さんが2010年から実施しており、私は2014年から参加させていただきました。
世界最先端のソーシャルビジネスのプロフェッショナルが集まる貴重な機会だったと思いますが、いかがでしたか?
福田
正直なところ、非営利のプロフェッショナルたちのレベルの高さに打ちのめされました。
社会問題を解決するための組織となるために、世界中の社会起業家たちが運営力を高めるためどれだけ努力をし、優れた人材を集めていることか。桁違いの資金調達の額を見て世界が違うと感じました。
社会に貢献する活動を行いたいと思ったけれども、それらはエリートがやることであって、高卒の自分が手を出すレベルじゃないと半ば諦めかけていたんです。
そんなときに目に留まったのが、社会起業家を表彰する大規模なイベントでした。
どんな素晴らしい人が受賞しているのか気になって見てみると、アフリカの診療所で発行される大量の診断書を、Excelにすべて移したという社会起業家が大きく取り上げられていたんです。
これってExcelに地道に入力していく割と単純な肉体労働ですよね。最新のテクノロジーを使っているわけでもないので拍子抜けしてしまって。
「…もしかして、ソーシャルビジネスって何でもいいんですか?」と、雨宮さんに聞くと、「実際に行動して誰かの役に立つことが重要なので、重く考えなくていいんですよ」と言ってもらえたんです。
その一言から諦めるのはまだ早いと思い、理論の次は実践ということで、帰国後すぐにボランティアやソーシャルビジネスの本場アメリカに飛び、ニューヨーク市が運営するボランティア団体ニューヨークケアーズ(New York Cares)のボランティア活動に参加しました。
すごい行動力ですね!ニューヨークではどのようなボランティア活動を行ったのでしょう?
福田
教会で行われる炊き出しや、リバーサイドパーク (Riverside Park)内の花壇や園芸場の掃除などです。そこで土いじりをするのが新鮮で楽しかったんですね。
すると現地のボランティア参加者から、「土いじりが好きなら、どうして日本で農業をやらないの?せっかく美味しい作物が育つ良い土地があるのに」と言われて、確かにそうだなと(笑)。
日本に帰国後、農業について調べてみると耕作放棄地が増加していることを知り、さらに関心を持ちました。
自分が参入できる領域は農業だと思い、すぐに茨城県の農業大学校のコースに申し込み、ゼロから学び始めました。そして卒業後、ついに茨城県でさつまいもとお米の栽培を始めたんです。
2015年頃のことですね。現在(2023年取材当時)では、茨城県、千葉県、沖縄県で耕作放棄地を農家から借り入れ、再生作業による地域活性化に取り組んでいます。
東京で1社目のB Corp認定企業となる道
そんな地域貢献活動を行なっている御社は、環境や社会に配慮した公益性の高い企業として国際認証を受けたと聞いております。
福田
B Corporation(ビーコーポレーション、以下B Corp)のことですね。
これは、米国ペンシルバニア州に本拠を置く非営利団体B Lab(ビーラボ)が運営している国際的な認証制度で、環境や社会に配慮した事業活動を行っており、アカウンタビリティや透明性などB Labの掲げる基準を満たした企業に対して与えられる民間認証です。
「企業のあり方」を認証するという興味深い制度ですよね。
政府やNPO・NGOだけで社会問題をすべて解決することは困難な現代社会において、株主利益だけでなく公益を大切にする企業をきちんと評価していくという昨今の風潮にマッチしていると思います。
福田
そうですね。しかし、世界的な認知度に比べると、日本ではまだまだ浸透しておりません。弊社が取得を考えた2017年頃は日本ではたった3社しか認証を受けていませんでした。
それほど認証取得の条件が厳しいということでしょうか?
福田
私も2014年に参加したハーバード社会起業大会でB LabやB Corpを知ったときにはそう思いました。
オンライン認証試験「B Impact Assessment(Bインパクト・アセスメント)」で80点以上を取得し、B Corporationの規定に沿った定款文書の作成がありますし、何より申請等はすべて英語で行わなければなりません。
「これもまた無理かな…」と思っていたところ、2017年に再び参加したハーバード社会起業大会参加ツアーに、米国ミシガン州のグランドラピッズという街を視察する機会があったんです。
グランドラピッズは街を上げてB Corpの取得を進めており、街中にある小さい自動車屋や、お菓子屋さん、普通の飲食店なども認証を受けていました。
街全体で環境問題や社会問題に貢献していることがすごく素敵だと思って、再び隣にいた雨宮さんに、「うちでもとれますかね?」と聞いたら、「もちろん、とれるよ!」と。
これでまたやる気になりまして(笑)。帰国後すぐに社員に相談したら賛同してくれたので、取得に踏み切ったというわけです。
B Corpの認証取得プロセスは大変ではなかったですか?
福田
認定基準をクリアすることはそれほど難しくなかったです。
2015年から始めた農業を通した地域活性化や、同時期に足立区で始めた放課後デイサービス「あおぞら」というNPO法人の運営についてドキュメントを作成しました。最大の難関は英語でしたね。
雨宮さんにサポートをお願いしたのでほとんどお任せだったものの、認証のための面談では私が説明しなければならない場面もあったので大変緊張しました。
それでも雨宮さんのおかげで、2018年1月に認証を取得し、日本で4社目(東京では1社目)の認証企業となることができました。
B Corp認証を取得してどんなメリットがありましたか?
福田
弊社で育てたお米を香港のデパートで販売したときに、先方の担当者がB Corpをご存じだったため、他の日系企業と比較してスムーズに物事が進んだと思います。
世界で通用する社会的ブランド力だと実感しました。ヨーロッパの化粧品などでは、B Corp認証の表示を大きく目立たせていましたね。
「環境にやさしい企業である」というアピールができ、自社のブランドイメージの向上と社会的信用の構築にも役立つということですね。
福田
そうは言っても、日本では大手企業であってもまだまだ認知度は低いのが現状です。
特に弊社のような業界では、「農業をやる時間があるならゴルフコンペに行こうよ!」という慣習が根強いため、浸透するまでには相当時間がかかるかと思います。
だからこそ弊社ならではの独自路線として面白いと思っています。何を大切にしていきたいか、という話かなと。
社会貢献もB Corp認証も予想より簡単だった
本日の取材では、震災をきっかけにボランティアに興味を持ち、アメリカでソーシャルビジネスを学び、現地でボランティアを実践し、日本で農業を通した地域活性化に取り組み、国際的な認証を取得するなど、福田社長の行動力が光るエピソードがたくさん出てきました。
福田
それが聞くほど大層なことではないんですよ。私は農業と、放課後デイサービスに加え、2021年から沖縄県で企業主導型の保育園を新たに運営しているのですが、そのどれもうまくいっているんですよね。
これは自慢でも何でもなく、私たちのような売上5億程度の中小企業でも、カツカツにならずに楽しく社会貢献活動は行えるということをお伝えしたいんです。
ソーシャルビジネスというと敷居が高いと感じる方も多いと思いますが、自分がやってみて思ったのは予想よりも簡単ということです。
B Corp認証も、当たり前のことを着実に積み重ねていけば取得できる認証なんです。
たとえ失敗しても何度でもチャレンジできますし、ここだけの話、従業員が少なく、小規模の会社の方が取得しやすいと思います。
B Corpの良いところは、業界や業態にかかわらず、社会に貢献したいと思う企業であれば受け入れてくれる点です。
興味関心のある企業は認証取得を検討してみるのも、企業のあり方を見つめ直す良い機会になるかもしれませんね。
福田
そうですね。社会貢献もみんなでやれば非常に面白いので、私たちもB Corpを取得したことに甘えず、引き続き地域や社会に役立ち、必要とされる会社を目指していきたいと思います。
◎プロフィール
福田博樹
1971年生まれ宮崎県立日南高等学校卒業、二浪の末受験断念、電気通信工事会社就職で上京、入社10年目に日雇い労働者が9割の業界の現状を変える為全社員社会保険加入の工事会社を設立して独立、工事会社をグループ化して上場を目指すも断念、解散して2009年再び日産通信株式会社を設立し取締役に就任、2017年に代表取締役就任、より良い社会を目指して2018年Bcorp認証取得。
◎会社概要
社名:日産通信株式会社
URL: http://www.nissan-tsushin.co.jp/
所在地:〒136-0071 東京都江東区亀戸1-16-8 鯨岡第一ビル3階
設立:2009年11月11日
代表者:代表取締役 福田博樹
事業内容:移動体工事、アクセス工事、セキュリティ工事