
プロ野球・東京ヤクルトスワローズの球団マスコット「つば九郎」の担当者が死去したことが、2月19日に球団の公式発表で明らかになった。球団は「これまで、つば九郎を支えてきた社員スタッフが永眠いたしました」と伝え、その功績に感謝と敬意を表した。突然の訃報に、ファンや球団関係者からは惜しむ声が相次いでいる。つば九郎は体調不良のため6日から活動を休止しており、今後の復帰時期は未定となっている。
つば九郎の担当者が死去 球団発表に広がる追悼の声
東京ヤクルトスワローズは2月19日、公式サイトを通じて、球団マスコット「つば九郎」の担当者が死去したことを発表した。「これまで、つば九郎を支えてきた社員スタッフが永眠いたしました。球団マスコットとして、ここまで育ててくれた功績に感謝と敬意を表します」とのコメントが掲載された。
つば九郎は1994年にデビューし、その独特なキャラクターで球団の枠を超えた人気を誇っていた。今年で30周年を迎えたばかりのなか、担当者の訃報は多くのファンに衝撃を与えた。
球団の公式発表とファンの反応
今回の発表に際し、球団は「体調不良の発表以来、温かい励ましのお言葉をたくさん頂戴し、誠にありがとうございました。今後の活動については、しばらくの間休止となることをお知らせいたします」ともコメント。ファンには故人のプライバシーを尊重し、温かく見守るよう呼びかけた。
この発表を受けて、SNSでは「信じられない」「つば九郎をずっと支えてくれた人、本当にお疲れ様でした」などの声が相次いだ。つば九郎のブログ「BUAZA つば九郎ひと言日記」には、すでに3000件以上のコメントが寄せられ、多くのファンが担当者の死を悼んでいる。
つば九郎のこれまでの活動と功績

つば九郎は1994年4月9日の阪神戦(神宮)でデビュー。フリップボードを使った“筆談トーク”や、5回終了後に行われる「空中くるりんぱ」など独自のパフォーマンスで人気を博してきた。プロ野球界でも異色のキャラクターとして、選手やファンから広く愛される存在となった。
特にフリップ芸では、世相を斬るユーモラスなコメントが注目を集め、他球団の選手やファンとの交流も深かった。中日ドラゴンズのマスコット「ドアラ」との共演や、落合博満氏とのやりとりなど、数々の名場面を生み出してきた。
ファンと関係者からの感謝の声
つば九郎の活動を支えてきたスタッフの功績を称える声も多い。球団OBの久古健太郎氏はSNSで「信じられません。ファンだけでなく選手、球団関係者皆んなからも愛されてたつば九郎。本当に本当にお疲れ様でした」と追悼の意を示した。秋吉亮氏も「嘘だよね……?」と驚きの声をあげ、「先月仕事で一緒だったとき、また近いうちにパトロール行こうね!って話してたのに……」と無念の気持ちを綴った。
また、多くのファンがSNSで「長年の功績に感謝します」というコメントを寄せている。
今後の活動はしばらく休止へ
球団は今後のつば九郎の活動について、「しばらくの間休止となる」と発表。予定されていたイベントや試合への出演も見合わせとなる見込みだ。ファンの間では「31周年の記念日に復帰してほしい」との期待も高まっているが、現時点での復帰時期は未定となっている。
つば九郎は、ヤクルトファンのみならず、プロ野球界全体に影響を与えた存在だった。その背景には、長年支え続けてきたスタッフの存在があったことは言うまでもない。多くの人々が、その功績に敬意を表し、感謝の気持ちを込めて故人を偲んでいる。
参照:球団からのお知らせ(東京ヤクルトスワローズ)