社会のデジタル化は加速度的に進んでいるが、高度なデジタル技術を活かすためには、センサなどの高度なアナログ技術があってはじめて実現できると言える。
例えば、脳内分子の振る舞いから、喜怒哀楽などの精神状態を読み取ろうとする。蓄積された膨大なデータから感情を判別するのは、人工知能の役割だろう。
ただ、脳からデータを読み込むためには、高度なセンサが求められる。デジタルの部分は技術が成熟すれば、誰がやっても結果は同じとなる。
ただ、アナログ領域は練度によって異なる。差がつくのはこの部分であり、日本の勝ち筋の一つがアナログ技術に強いということだ。
その最たる例が長野県麻績村で見つかった。GAFAMをはじめ、国内外のハイテク企業の多くが「長野県麻績村」の工場で製造している、ある製品を求めている。人工衛星や5Gなどの高速通信に不可欠な「高周波コネクタ」だ。
製造する株式会社ワカ製作所(東京・新宿)の若林佳之助社長は、聖高原(ひじりこうげん)の豊かな自然と歴史・文化に恵まれた麻績村と共に、先端技術で世界へと飛躍する未来を描く。
ワカ製作所の取り組み自体は、過去に取り上げているので、今回は企業と地域が共存共栄していくとはどういうことなのかを探る。
麻績村からシリコンバレーへ。先端技術で村と世界の未来を績ぐ
全国各地の山村同様、少子高齢化、地場産業の衰退といった課題を抱える麻績村の塚原勝幸村長は、「子どもたちが自分らしく生き、将来胸を張って故郷を語れるように」と「麻績村総合戦略」を策定。
ワカ製作所と共存共栄の関係に期待を込める。麻績村とワカ製作所のトップが地域社会の未来を語った。
麻績村からシリコンバレーへ。村の女性たちが最先端技術に不可欠な「高周波コネクタ」を製造
株式会社ワカ製作所は、人工衛星や5Gなどの高速通信に欠かせない同軸コネクタなどの精密部品を専門に製造している。
人工衛星に搭載されている同軸コネクタ分野では、同社が国内最初のJAXA認定メーカーだ。そもそも、同軸コネクタとは、ケーブルと装置を接続するための部品を指す。
こうした分野に使われる高周波の同軸コネクタは、ロケットに搭載されて激しい振動を受けるうえ、宇宙空間という極限状態で長年にわたり正常に作動し続ける必要がある。高度な精密さと安定性が要求されることは想像に難くない。
GAFAMなどのシリコンバレーのIT大手から直接注文が入ることもあるという同社の高周波同軸コネクタの製造拠点の一つが、長野県中信地方にある人口約2,500人の小さな村・麻績村(おみむら)にある。
麻績村は、豊かな自然に恵まれた美しい村である。越後の高僧である聖が修行山としたことに由来する聖山を中心に、山麓にいくつもの寺院を擁する、歴史と文化の香り高い土地でもある。平安時代には伊勢神宮のご領地となっていた。
上質な麻を栽培して丁寧に糸に紡いで奉納してきた歴史があり、それが村の名前の由来にもなっている。
現村長の塚原勝幸さんは、村の歩みを以下のように語る。
「小さい村ながら、国の重要文化財にも指定されている神明宮の5つの建物や福満寺の5つの仏像があります。平安時代には伊勢神宮の御厨(みくりや)として発展し、江戸時代には善光寺街道の麻績宿(おみじゅく)として発展しました。明治33年に篠ノ井線が開通して街道から鉄道へと変わり、平成5年には長野自動車道の麻績インターが開設され、新たな時代へと歩み始めました」
一部では「第二の軽井沢」とも称されるほど、リゾートやレジャーにも最適の土地だ。聖湖の周辺は、夏にはキャンプが盛んになる。ヘラブナ釣りを楽しむ人が多いそうだ。
このように、豊かな歴史と自然に恵まれた村ではあるが、全国各地の山村と同様、人口減少、産業の衰退といった課題を抱えている。「少子高齢化、過疎化という全国的な流れに見舞われ、新たな発展を模索している段階」(塚原さん)という。
ただ、近年は村が推進する若者定住施策などが奏功しつつある。近隣都市へのアクセスの良さからベッドタウンとして移住する人が増えてきているのだ。
そうした移住者の多くは、ファミリー層。村としては、この流れを加速するためにも、子育てをしながら働ける職場を用意していきたい。ここで白羽の矢が立つのが、ワカ製作所の麻績工場だ。
現社長の父にあたる先代社長・若林佳郎さんが麻績村に麻績工場を設立したのは、1964年に遡る。若林佳郎さんは、麻績村育ちではない。では、なぜ麻績村だったのか。現社長の若林佳之助さんは、「特別な思い」があったと語る。
「先代が当社を創業したのが1958年。当初は東京の自宅兼作業場に成形機を出して、成形から事業を始めました。ほどなく現在のコネクタのような接続部品系の電子部品を手がけるようになり、生産を拡大しようと、父は“故郷”である麻績村に工場を建てました。当時はまだ高速道路も新幹線もない時代で、非常に交通の便も悪かったようなのですが、戦時中に祖父の出身地である麻績村に疎開した思い出が強く残っていたそうです」
現在、ワカ製作所は、「麻績村にとって、なくてはならない職場になろう」との決意のもと、地域と共生しながら世界最先端の技術を生み出すグローバル拠点として村の発展と共に世界に飛躍していく未来へのロードマップを描いている。
麻績工場で高周波コネクタを組み立てる従業員は、9割が麻績村と隣村の筑北村の女性たち。
子育て中の30代の主婦から、60歳を超えるベテランまで、幅広い年齢層の女性たちが、細かな部品を組み立て、国内外の名だたるIT企業の最先端技術やJAXAの宇宙開発に欠かせないアイテムを製造している。
その仕事には、機械では仕上げられない繊細さが要求される。手仕事による精密な半田付けは、100分の数ミリで位置決めを行い、極小製品の製造においては、極細のはんだごての先端を使って失敗の許されない作業を行う。
それは、伊勢神宮に麻糸を奉納してきた悠久の昔から連綿と受け継がれてきた、麻績村の精密な手仕事に長けたDNAがあって成せる技なのかと想像したくなる。
「工場を設立したきっかけは地縁でしたが、モノづくりの観点からも、麻績工場で長年培われてきたモノづくりに対する高度な価値観が、当社の製品品質の向上につながっています。人材を雇いやすい場所に移転すればうまくいくかというと、必ずしもそうではありません。麻績村だからこそ、高精度の製品を作れているのです」(若林さん)
高度経済成長期、同社は、ソニーや富士通などの製品を、“100分の数ミリ”の技術力で支えてきた。この地の技術者たちが、半世紀にわたってワカ製作所の卓越した技術を支えると同時に、同社は雇用の受け皿となり、現在は移住者の定住や呼び込みにも貢献している。
まさに、相互の課題解決につながる共存共栄の関係を育んできたのだ。
麻績村にとってワカ製作所はどのような存在なのか。村が注力している移住促進に向けた取り組みにどのような貢献が期待されるのか。塚原村長と若林社長が、共に描く未来について語り合った。
村の生活スタイルに合った「働きやすい職場」づくりで地域雇用を促進
「人工衛星に使われる部品を作ってるんだぞ!」子どもたちが胸を張れる村に
本インタビューは2022年5月に実施したものです。
JAXAやGAFAMなどの期待に応える、非常にハイエンドな品質の製品を作っているワカ製作所だが、実は地方の農村の主婦たちがこの製造プロセスに関わっているというストーリーは面白い。ワカ製作所としても、麻績村の人材を重用し、子育てしながら働きやすい環境づくりを重点化している。その結果、有給休暇の消化率は9割程度。
若林さんが言った「村の暮らしに合った、地域に根差した働き方ができるような仕組みを目指している」という企業側の姿勢が、地域と共存共栄を考える企業にとって、最重要なスタンスなのだろう。
人口減少に悩み、地方創生を進めていきたい自治体にとっても、このような形で歩調を合わせてくれるパートナー企業は稀有な存在なのだということが、塚原村長の言葉の節々から見て取れた。
ESGなどの国際標準への対応が企業各社に求められているが、ことの本質は何かを突き詰めると、企業が社会の役に立っていることを内外のステークホルダーに証明していくことに他ならない。
地域というステークホルダーである麻績村との共存共栄を実現させるべく、地域に根差した働き方を用意するワカ製作所の在り方は、持続可能な社会づくりに寄与したいと考える多くの企業にとって参考となるはずだ。
(加藤俊)
◎企業概要
株式会社ワカ製作所
https://www.waka.co.jp/
〒160-0023 東京都新宿区西新宿1-20-3 西新宿高木ビル6F
設立:1958年4月
◎プロフィール
若林佳之助
株式会社ワカ製作所 代表取締役社長
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、三菱電機株式会社に入社。FA機器の営業を経て、2005年、株式会社ワカ製作所に入社。2011年社長に就任して、現在に至る。