
牛丼チェーンの代名詞だった吉野家が、次の成長エンジンとしてラーメンを選んだ――。中期経営計画で示された「店舗数4倍・売上5倍」の数値目標は、国内外の外食市場にどんなインパクトをもたらすのか。消費者、ビジネスマン双方の視点から吉野家ラーメン戦略を読み解く。
背景:牛丼市場の成熟とコスト高が迫る構造転換
国内牛丼市場はすでに1,900億円規模で伸び悩み、主要3社でシェアの約8割を占める寡占状態にある(日本フードサービス協会統計)。吉野家は国内1,250店を展開するが、米価や輸入牛肉価格の高騰で利益率が圧迫され、新規出店余地も限られる。うどん業態「はなまるうどん」も競争が激化し、「第3の柱」創出は経営の喫緊課題となっていた。
中期経営計画の核心は“ラーメン500店・400億円”
5月19日に公表した新中期経営計画(2029年度=2030年2月期まで)では、連結売上高3,000億円(25年度比46%増)、営業利益150億円(同約2倍)を掲げる。その中核がラーメン事業だ。売上高は24年度実績80億円→29年度400億円へ5倍、店舗数は125店→500店へ4倍とする。さらに34年度には「提供食数世界ナンバーワン」を宣言した。
ラーメンは高単価・海外親和性が武器
牛丼の平均客単価は約600円だが、ラーメンは1杯950円前後まで許容される。店内調理工程がシンプルで、標準化が進めやすい点も多店舗展開とFC化に有利だ。海外では寿司に次ぐ「第二の日本食」として知名度が高く、東南アジアでは中間所得層の伸長がラーメン需要を押し上げる。小沢典裕常務は説明会で「海外で日本食と言えばすしに続いてラーメンが想起される」と語り、高単価ゆえの利益貢献を強調した。
ドライバー① 国内:リージョナルドミナントとブランド多様化
国内戦略は「地域密着型のドミナント展開」が鍵を握る。24年に子会社化した京都発の煮干し系「せたが屋」や、製麺・スープ製造の宝産業を活用し、関西・関東を中心にブランド別の集中出店を進める。工場一体型供給網により原価率を5ポイント改善し、人手不足に対応した券売機・自動配膳ロボ導入で人件費を抑制する。
ドライバー② 海外:FC+M&Aで急拡大
海外展開はFC(フランチャイズ)比率を約7割まで引き上げ、アジア・中東を重点地域に据える。イスラム圏ではハラル対応メニューを開発し、マレーシアとサウジアラビアに集中出店。中計期間中に確保したM&A枠400億円の大半をラーメン領域に投じ、既存チェーン買収で一気に店舗網を獲得する方針だ。成瀬哲也次期社長は「量的成長には一定規模のM&Aが不可欠」と語る(ロイター・5月19日)。
財務戦略:成長投資と株主還元のバランス
総投資1,300億円のうち、成長投資に900億円、M&Aに400億円を充てる。ROIC7%、D/Eレシオ0.9倍以内を目標に、自己資本の健全性を維持しつつ拡大路線を走る。ラーメン事業単体の営業利益率は現在5%弱だが、セントラルキッチン化による規模の利益で29年度には10%へ引き上げる計画で、会社側は「牛丼並みの利益貢献が可能」と説明する。
消費者・ビジネスマンが注目すべきポイント
消費者視点では、価格帯と味のバリエーションが広がることで選択肢が増える点が魅力だ。既存の「せたが屋」以外にも、豚骨・味噌・担々麺など地域特化型ブランドが順次投入される予定で、吉野家アプリを通じたクーポン配信やサブスクも検討中という。
ビジネスマン視点では、外食再編とサプライチェーンの垂直統合が進むなか、製造・販売を一体運営する吉野家モデルはコスト競争力を高める。FCビジネスとしてのライセンス収入、素材供給ビジネスの拡大は高収益基盤となり得る。
リスクと課題:競合激戦・コスト高・文化差
- 国内競合:博多系・家系などご当地ラーメンの強豪がひしめき、価格競争も激しい。
- 原材料費:小麦・豚骨・鶏ガラなどの国際価格変動は収益を直撃する。
- 海外カルチャーフィット:宗教上の制約や味の嗜好差をどう乗り越えるかが成否を分ける。
- 人材確保:調理オペレーションは簡素化されても、味の均質化を担保できる技能者が必要だ。
今後のマイルストーン
時期 | 目標 | 主な施策 |
---|---|---|
2025年度末 | 国内200店 | 既存店改装+新ブランド導入 |
2027年度末 | 海外200店 | 東南アジア・中東FC拡大 |
2029年度末 | 500店・売上400億円 | 宝産業とのシナジー最大化 |
2034年度末 | 提供食数世界No.1 | グローバルSCM完成、M&A完了 |
まとめ:ラーメンで“第二の創業”なるか
牛丼で築いたブランド力とオペレーションノウハウを武器に、吉野家はラーメン市場での世界制覇を狙う。競合が乱立する国内、文化の壁が立ちはだかる海外と、道のりは平坦ではない。それでも、高単価・高成長余地という魅力を見逃せば、次の10年を勝ち抜けない。外食再編の台風の目となる「吉野家ラーメン500店計画」から目が離せない。