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分断の国をひとつにした夜 WBC初優勝がベネズエラにもたらした“国家の再会”

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政治不信、経済危機、国外流出――長く揺れ続けたベネズエラで、WBC優勝は単なる勝利以上の意味を持った

World Baseball Classic X公式アカウントより

ベネズエラのWBC初優勝は、野球の強豪国がついに世界の頂点に立った、というだけの話ではない。マドゥロ拘束後の権力再編で政局は揺れ、トランプ政権は石油をにらんで対ベネズエラ政策を大きく動かしている。そんな不安定な現実のただ中で、代表チームの勝利は、長く分断と離散に苦しんできた国民に「まだ自分たちは同じ国の一員なのだ」と思い出させる出来事になった。マイアミの決勝で米国を3対2で破ったその夜、ベネズエラでは祝日が宣言され、街は歓声に包まれた。歓喜していたのは国内にいる人々だけではない。祖国を離れた人々もまた、同じ勝利に涙を流していた。

 

マドゥロ後の不安定な祖国に訪れた、一夜の“休戦”

この優勝の意味を大きくしたのは、ベネズエラが平穏な国ではないという現実だ。2026年1月、米国は軍事作戦によって当時のニコラス・マドゥロ大統領を拘束。デルシー・ロドリゲスが暫定大統領として政権運営を担うが、3月18日には長年国防相を務めたウラジミール・パドリーノが解任と報じられている。軍と治安機構を含む国家権力の中枢が再編のただ中にあり、国内にはなお緊張が残る。国民は、もともと深い政治的対立の上に立たされていたのである。

そうした国で、与党支持か反対かを超えて同じ試合を見つめ、同じ瞬間に叫ぶ時間が生まれたこと自体が、すでに特別だった。WBC優勝の夜、野球は政治にできなかったことを成し遂げた。人々に一時の休戦を与えたのである。

 

トランプ政権が動かした石油外交と、揺れる国の現実

重なったのが、トランプ政権による対ベネズエラ政策の転換である。ロイターとAP通信によると、米国は3月18日、ベネズエラ国営石油会社PDVSAとの取引を広く認める新たな許可を出し、石油取引を事実上てこ入れした。背景にはイランをめぐる戦争による原油供給不安と価格高騰があり、ベネズエラはふたたび国際政治の資源戦略の中心に引き戻されつつある。トランプ政権にとってベネズエラは、民主主義や人権の問題だけではなく、世界のエネルギー市場を安定させるための重要な供給源でもある。

ベネズエラ国民から見れば、自国の未来が国内政治だけでなく、大国の都合や市場の論理によっても左右されるという複雑さを改めて突きつけられている局面である。

 

WBC優勝は、強豪撃破の快挙以上に“国民の物語”になった

ベネズエラ国民にとって、今回のWBC優勝は単なるスポーツニュースでは終わらなかった。ベネズエラ代表は前回王者の日本を準々決勝で破り、準決勝では今大会のシンデレラチームであるイタリアを退け、そして決勝では米国を3対2で下して初優勝を果たした。終盤に追いつかれながらも、九回にエウヘニオ・スアレスの決勝打で再び勝ち越すという展開は劇的そのものだった。苦しい局面で何度も立ち上がり、最後に強敵を倒して頂点へたどり着いた代表チームの姿は、政治危機や経済不安、離散の痛みを抱えながらも生き延びてきた国民自身の姿と重なった。国民が自分たちの人生を重ねられる物語になったからこそ、深く刺さったのである。

 

国内にも国外にも散らばる人々を、ひとつの感情が結び直した

AP通信が伝えたマイアミの光景は、この優勝の本質をよく表している。会場には祖国を離れて暮らすベネズエラ系住民が数多く集まり、国内で試合を見守る人々と同じように歓喜した。ベネズエラはいま、国内に残る人だけの国ではない。離散した人々を含めてようやく全体像が見える国になっている。だからこそ代表チームの勝利は、国境を越えて分かれた国民を、地理ではなく感情でつなぎ直す役割を果たした。国内では祝日が宣言され、学校も休校となり、街に国旗と音楽と歓声があふれた。国外では、遠くから祖国を見つめてきた人々が、ようやく胸を張って同じ旗を見上げた。その一体感は、国家の制度が与えたものではなく、スポーツが呼び戻した共同体の記憶だった。

 

分断の時代だからこそ、野球が証明したもの

マドゥロ後の権力再編も、トランプ政権の思惑も、石油をめぐる国際政治も、ベネズエラの現実をいますぐに救うわけではない。むしろ国の先行きはなお不透明であり、国民の不安は簡単には消えないだろう。それでもWBC初優勝は、この国に残っていた「感情としての共同体意識」を鮮やかに照らした。政治に引き裂かれ、経済に痛めつけられ、国外流出によって社会の輪郭まで揺らいだ国であっても、政治的立場や意見が異なっても、なお同じ勝利に泣ける。ベネズエラが世界一になった夜は、ベネズエラ国民がもう一度「私たちはまだひとつになれる」と確かめた夜でもあった。ベネズエラのWBC優勝は、トロフィーの重さ以上に、国家の記憶をつなぎとめた勝利として記憶されるのである。

 

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ライター:

東京都出身の音楽家。こちらはライターとしての世を忍ぶ仮のペンネーム。平易な言葉で情緒的な文章を書く。対象の思いを汲み取り、寄り添うことを重視。少年期より難病を持ち、弱者への眼差しが裏テーマ。自分の頭や心を使って、形のない美しさや優しさを世の中にひとつずつ増やしたい。書きもののほか、BGM、テーマソング、賑やかし、癒やしなど、音楽全般も承り〼。

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