
シンガー・ソングライター春ねむり(30)がXで発したメッセージが、大きな議論を呼んでいる。高市早苗首相の台湾有事に関する発言をきっかけに、中国で日本アーティストの公演中止が相次ぐなか、「黙るな。怒れ。抗議しろ」と呼びかけた春。
文化活動への制約が広がる現状に警鐘を鳴らす一方、SNSでは「矛先が違う」「抗議先はどこだ」など、2000件を超える賛否が噴出した。文化と政治の境界が改めて問われている。
春ねむりとは誰か――世界のオルタナティブシーンが注目する表現者
春ねむりは1995年9月14日生まれ、2025年11月現在30歳。横浜出身のシンガー・ソングライターで、詩を叫ぶように読み上げるポエトリーリーディングとロックやエレクトロを融合させた表現で知られる。2018年以降、欧州を中心に海外フェスへ積極的に出演し、英国やフランスの音楽誌が特集を組むなど、国際的な評価を確立してきた。
2021年のアルバム「春火燎原」は、「アジアの音楽的越境を象徴する作品」と位置づけられ、英国メディアからも高いスコアを獲得。社会問題やジェンダーをテーマに据える姿勢は一貫しており、政治的発言を避けるアーティストも多い中、春は早くから「文化は公共性を帯びる」と語ってきた。
その彼女が今回、国内外のミュージシャンに向けて「沈黙するな」と強い言葉を放ったことは、偶発的な反応ではなく、これまでの表現姿勢の延長線上にある。
高市首相発言の波紋 中国で日本アーティストの公演が相次いで止まる
問題の背景には、高市早苗首相が国会答弁で示した「台湾有事」への言及がある。日本と中国の外交的緊張が高まるなか、この発言を受けて、中国側で日本人アーティストのライブや文化交流イベントの延期・中止が連鎖的に発生した。
中国はこれまでも政治的状況によってエンタメ分野の規制を強める傾向にあり、他国アーティストの公演が突然中止されるケースも珍しくない。日本においては、過去にもアニメイベントや舞台公演が直前に取りやめとなった事例があり、今回の動きはそれがより顕在化した形だ。
国内の音楽関係者からは「安全面の問題が理由に挙げられているが、実質的には政治判断が影響している」「準備に数カ月を費やしたプロジェクトが一瞬で崩れる」といった声が相次ぐ。出演料、スタッフの移動費、機材手配など、現場への打撃は大きく、文化交流の継続性に疑問が投げかけられる事態となっている。
「黙るな、怒れ、抗議しろ」 春ねむりが示した表現者の責務
こうした状況への危機感から、春ねむりはXで次のように投稿した。
「ミュージシャンがノンポリぶったり冷笑したり無視したり黙ったりしている間に、演奏や文化交流の場が失われていく」
さらに、
「政治に関わらない文化などこの世に無い」
「黙るな。怒れ。抗議しろ」
と強く訴えた。
彼女の言葉には、表現者自身が沈黙すれば文化の場そのものが縮小していくという危機意識がにじむ。春は過去にも、社会問題に対し「声を上げる責任」を語ってきたが、今回はそれがより直接的な形で示されたといえる。
SNSで激しい論争 「矛先の混乱」「抗議の実効性」をめぐり意見が真っ二つ
春の投稿は瞬く間に拡散し、2000件を超えるコメントが寄せられた。その多くが、春の主張の方向性をめぐる厳しい指摘だった。
批判的意見の中で目立つのは「誰に抗議すべきなのか」という点だ。
あるユーザーは、
「どこの政府に怒るの?文化と政治を切り離さない中国が公演を止めたのでは?」
と書き込み、別のユーザーも
「高市首相は政府見解を述べただけ。過剰に反応したのは中国側」
と主張した。
さらに、
「本当に抗議したいなら北京で叫んでください」
「日本は自由だが中国は違う。矛先を間違えている」
と皮肉を交えた投稿も続いた。
一方、春の主張を支持する意見も一定数見られる。
「文化は政治に影響される。声を上げるアーティストが必要」
「公演が消えている以上、沈黙は選択肢ではない」
という声だ。
しかし総体としては批判が優勢で、春の投稿は“燃える”状況となった。
“表現者の自由と責務”――政治と文化の関係が改めて問われる
アーティストは政治を語るべきか。語れば活動の幅が狭まるのか。
この問いは長く議論されてきたが、今回の騒動はその問題を改めて浮き彫りにした。
表現の自由を守るために声を上げるべきだという理念と、発言によって活動の場が制限されかねないという現実。春ねむりの投稿は、その二つが衝突する緊張地帯に立つものであり、音楽家が抱える葛藤を象徴している。
文化は政治から独立できるのか。
あるいは、政治に無関心でいることが文化をさらに脆弱にするのか。
春が投げかけた言葉は、音楽家だけでなく社会全体に向けた問いでもある。



