日本製鉄は、米鉄鋼大手USスチールの買収をバイデン米政権が阻止したことを受け、米政府を提訴する方針を固めた。バイデン大統領の判断は安全保障上の懸念を理由とするものだが、日本製鉄は「政治的判断」と反発。武藤経済産業大臣も「理解しがたく残念」とコメントし、日米間の経済摩擦の火種となっている。
中国の台頭とUSスチールの苦境
世界の鉄鋼市場は、中国の過剰生産と輸出攻勢に晒されている。高成長を続ける中国は、鉄鋼需要も旺盛で、世界最大の鉄鋼生産国となっている。しかし、近年は中国経済の減速とともに過剰生産が顕在化し、安価な鉄鋼製品が世界市場に流出。各国の鉄鋼メーカーは苦境に立たされている。USスチールも例外ではなく、経営状況は悪化の一途を辿っていた。
日本製鉄の戦略と買収の意図
日本製鉄は、USスチール買収によって米国事業の基盤強化を図り、自動車向けなどの需要を取り込む戦略を描いていた。買収後は、USスチールの設備更新などに多額の投資を行う計画も発表。日米連合で中国に対抗する狙いもあった。しかし、この計画はバイデン政権によって阻まれることとなった。
バイデン政権の判断と日本の反論
バイデン政権は、USスチール買収が米国の安全保障を脅かす可能性があると判断。日本側は、この判断に「確かな証拠がない」と反論し、提訴に踏み切った。武藤経産相も、日本の産業界の懸念を表明し、政府として「重く受け止める」と述べた。
「日本政府としても、両国にとって利益のあることだと考えていた。バイデン政権によって、国家安全保障上の懸念を理由として、このような判断がなされたことは理解しがたく、残念。日米双方の経済界、とりわけ日本の産業界からは今後の日米間の投資について強い懸念の声が上がっており、日本政府としても重く受け止めざるを得ない」(武藤経産相)。
決算説明会での日本製鉄の姿勢と違約金の影響
少し遡るが、2024年2月に開催された2023年度第3四半期決算説明会で、日本製鉄は買収計画への揺るぎない姿勢を示していた。全米鉄鋼労働組合(USW)との建設的な対話を継続し、政治家の懸念を解消できると。この見立てがあまかったことが今日わかったわけだが、買収失敗の場合の違約金についても、USスチール側から買収契約が解除された場合(例えば、他社からより有利な提案があった場合など)、USスチールは日本製鉄に約800億円(565百万ドル)の違約金を支払う。一方、関係当局の許認可が取得できず、期限までにクロージングに至らなかった場合、日本製鉄がUSスチールに同額の違約金を支払うことになると開示されていた。
仮に日本製鉄が違約金を支払うことになるとしても、同社はこれまで進めてきた国内製鉄事業における構造改革やインドなど海外事業の着実な成長によって、2025年3月期でも約1兆円のEBITDAを創出すると識者は見ており、影響は小さい模様だ。
クリーブランド・クリフスによる買収の可能性と課題
仮に日本製鉄による買収が完全に頓挫した場合、米鉄鋼メーカーのクリーブランド・クリフスがUSスチールを買収する可能性が浮上する。しかし、米国内企業同士の合併は、独占禁止法上の問題を引き起こす可能性が高いと言われている。事業再編や合理化が強制される可能性もあり、結果的に米国の鉄鋼生産能力の低下につながる懸念もある。
トランプ政権下での展望:巻き返しはあるか?
バイデン政権下で暗礁に乗り上げた買収計画だが、トランプ氏は、就任初日にパリ協定離脱などバイデン政権の政策を覆すことが確実視されている。「Make America & Japan Great Again Together」というスローガンを掲げ、過去にはUSスチールへの支援も表明しているが、日本製鉄にとっては難しい局面が続くだろう。
今後の展望
日本製鉄のUSスチール買収計画は、米政府提訴という新たな局面を迎えた。今後の展開は、米国の政治状況、そして世界の鉄鋼市場の動向に大きく左右される。日本製鉄は、長期的な視点に立ち、戦略の修正を迫られる可能性もある。世界の鉄鋼業界、そして日米関係の行方に注目が集まる。