環境負荷軽減のためにペーパーレス化に尽力する企業や、効率の良いスケジュール管理方法としてデジタルツールを使う人も多い今日だが、あえて「紙」を選ぶことがSDGsの取り組みになるものがある。それは、手帳だ。
手帳はデジタルツールとは異なり、使うときに電力を消費しない。昨今は、環境に配慮した手帳や、手帳のリサイクル活動に取り組むメーカーも登場してきている。さらにはスマートフォンやタブレットといったデジタルツールより、手帳のほうが書き込んだ内容を正確に記憶しておけるといった研究結果もある。
企業ができる身近なSDGsの取り組みとしても、個々人ができる生産性向上のツールとしても活用できる手帳の持つ魅力を、改めて見直してみよう。
手帳とSDGsの関係性
ペーパーレス化とは、従来紙で作っていた資料を電子化して保存したり、運用したりするものだ。これにより印刷にかかる電力消費量や、資料を破棄する際のCO2の削減、紙を作るための森林伐採などを抑えられるとされている。
だが、ならばと全ての資料やメモ類を電子化するのも、また考え物だ。デジタルツールを使うシーンが増えれば電力使用量は増え、電力がなければアクセスできない情報も増えていく。「メモを取ったが、充電や通信環境がなくて開けない」といった事態になれば本末転倒だろう。
そこで改めて光を当てたいのが、紙の手帳だ。手帳は電力を必要とせず、開けばいつでも書いたり見たりできる。近年では環境に配慮した選択肢も増えている。たとえば近年は手帳の紙に再生紙を使っていたり、植物油由来のプリント用インクを使っていたりする商品も多い。
さらには使い終わった手帳のリサイクルに取り組むメーカー(※1)や、自社が取り組むSGDsのPRのために、再生素材をふんだんに使ったオリジナルの手帳を制作・配布する企業(※2)もある。
こうした環境に配慮した手帳を使うことは、SDGsの17の目標である「つくる責任 つかう責任」を意識することにもつながる。必ずしも紙を使わなくすることだけが、SDGsの取り組みになるわけではないと言えそうだ。
手帳はデジタルツールに劣るか?
とはいえ、いざ手帳を使おうと思っても「手書きは非効率だ」「スマホやタブレットのほうが便利だ」と感じる人々も多いだろう。
しかし実は、手帳にはスマートフォンやタブレットといったデジタルツールより優れている面もあるということが、研究から判明している。
2017年の研究:手帳vsスマートフォン
2017年に、東京大学 大学院総合文化研究科の学生・教授とNTTデータ経営研究所が共同で行った実験(※3)は興味深い。
この実験では日ごろのメモに手帳を使っている20人と、スマートフォンを使っている20人を対象にしたものだ。参加者全員に以下の3つの課題に順に取り組んでもらい、課題の正答率を比較した。
- 用意された7日分のスケジュールを、自身が日ごろ使っている手帳またはスマートフォンに転記する
- 物語の朗読を内容のメモをしながら聞き、その内容に関する問題に解答する
- 1.で転記したスケジュールの内容に関する問題に解答する
その結果、2.3.のどちらでも、日ごろから手帳でメモを取っている人のほうが好成績を収めていた。つまり手帳を使っている人々のほうが、内容を深く理解できていたのである。
2021年の研究:手帳vsスマートフォンvsタブレット
この研究は、2021年にも改めて実施されている(※4)。この実験では手帳とスマートフォンのほか、タブレットも用意して、参加者を3つのグループ(手帳群・スマホ群・タブレット群)に分けた。そして以下の2つの課題に取り組んでもらい、課題の正答率を比較した。
- 用意された数日分のスケジュールを、割り当てられたツールに転記する
- 1.で転記したスケジュールの内容に関する問題に解答する
実験の結果、全体的な正答率はそれほど差がなかった。しかし手帳はスマートフォンやタブレットに比べて、『図書館に参考文献を取りに行くのは何時か』といった具体的な質問の回答を思い出しやすい傾向にあったという。
特に分刻みのスケジュールをこなす人々は、手帳を使うことでより業務効率を上げられ、ミスなく仕事を終えやすくなるのではないだろうか。
研究結果から見える手帳の優位性
これら2つの実験は、実施した時期や比較対象、問題の内容などが異なる。しかしどちらの結果からも、「メモした内容の一つ一つを事細かに覚えていられるのは、手帳を使った人々だ」ということが読み取れる。
日々膨大な情報に触れている現代で本当に必要な情報を選び取り、記憶に定着させるためには、手帳は不可欠な存在と言っても過言ではないかもしれない。
手帳がもたらす地域経済への波及効果
手帳を使うことで、地域経済に貢献できる点も見逃せない。手帳や、手帳と合わせて使えるツール類は多様化が進んでおり、毎年多種多様なものが発売されている。地域の文具店や書店などで購入すれば、その店の収益になる。
また、全国で開催されている、手帳に関するイベントに参加することでも経済に貢献できる。イベントは個人が開催するものから、団体・法人が主催し、手帳に関するグッズを販売するものまで幅広い。内容も、手帳の展示販売に書き方を学ぶワークショップなど、多岐にわたる。こうした催しに参加してモノを購入すれば、それがまた出店者の収益になる。
手帳を使う際に欠かせない、文房具に関連するイベントも多くの人を集めている。一例として、年に数回、全国の主要都市で開催される「文具女子博」というイベントは、毎回4万5,000人もの来場者がいるという(※5)。
来場者の目的はさまざまありそうだが、中には手帳をより活用するための文房具を探しに訪れる人もいるだろう。あるいはイベントで購入した文房具を使うために、手帳を使うことを考え始める人もいるかもしれない。
このように、手帳は文房具業界と相互に需要を生み出して、関連する産業全体の活性化をもたらしているのではないだろうか。そして今後手帳ユーザーが増えれば増えるほど、その効果も大きくなるだろう。
手帳からSDGsの取り組みを始めよう
ともすると現代的ではないツールだと感じる手帳だが、選び方・使い方によっては環境への配慮も十分可能だ。また、デジタルツール以上に内容が記憶に定着しやすい点や、店頭で購入して活用することで地域経済への貢献ができることも見逃せない。
筆者も紙の手帳派で、学生時代に使い始めて以来10年以上になる。個人的な意見にはなるが、手帳のほうがどこにメモをしたか忘れない、必要な情報がいつでもすぐに読み返せるなど、利点も多いと感じている。
何かSDGsの取り組みをしたいがアイデアがない、業務効率を上げたいと考えている企業や個々人は、これを機に手帳を使い始めてはどうだろうか。
<参考文献>
※1:株式会社日本能率協会マネジメントセンター「品質へのこだわりはそのままに、サステナブルの共存へ 手帳表紙のリサイクル実現で産業廃棄物を削減 混合素材の塩化ビニールのリサイクルが可能に」
https://www.jmam.co.jp/topics/1276257_1893.html
※2:鈴木裕「手帳から始めるSDGs 老舗メーカー伊藤手帳が提案」
https://www.asahi.com/articles/ASQ8R7VVGQ7NOIPE00R.html
※3:梅島奎立、 茨木拓也、山﨑崇裕、酒井邦嘉(2017)「手帳かスマホか? 使用メディアによる認知処理の差」
https://www.ieice.org/publications/conference-FIT-DVDs/FIT2017/data/pdf/J-014.pdf
※4:酒井邦嘉、梅島奎立、茨木拓也、山﨑崇裕(2021)「紙の手帳 VS モバイル機器:記憶想起時における脳活動の差」
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20210319sakaikunisobun01.pdf
※5:日販セグモ株式会社「累計45万人が来場した日本最大級の文具の祭典「文具女子博in大阪2024」関西最大規模での開催決定!」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000124.000056056.html
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