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株式会社Village AI

https://www.villageai.jp/

鹿児島県熊毛郡中種子町野間5185-1

0997-28-3393

離島の教育格差に、AIで挑む。Village AIと県立種子島中央高校が築く未来の学び

ステークホルダーVOICE 経営インタビュー 未来世代
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Village AI里洋平代表
株式会社Village AI里洋平代表(提供株式会社Village AI、以下同)

鹿児島県の離島、種子島。県立種子島中央高校で、生徒たちが生成AIを操り、ARで防災アプリを設計し、ドローンを飛ばしている。2024年に新設された「ミライデザイン科」は、開設からわずか一年で、全国規模のコンテストで最優秀賞を勝ち取った。都市部の学校でも、ここまでの教育はそう多くない。この学科を、立ち上げの段階から設計し、いまも講師として支えているのが、AI企業のVillage AIだ。

代表の里洋平氏は、都市の最先端でAIを追い続けてきた技術者でありながら、故郷である種子島に本社を置き、島の子どもたちの未来に賭けている。なぜ、離島の高校教育に、一企業がここまで深く関わるのか。里氏に、その歩みを聞いた。

 

離島の高校で、いま起きていること

種子島は、鹿児島市から船で南へ向かう、離島のひとつだ。ロケットの発射場があることで知られるが、多くの離島と同じように、人口の減少という課題を抱えている。その島にある鹿児島県立種子島中央高等学校で、いま、都市部の高校でも珍しい教育が行われている。

2024年に新設された「ミライデザイン科」。この学科の生徒たちが日々向き合っているのは、生成AIであり、AR、ドローン、3Dモデリングといった最先端の技術だ。文章や画像を生成AIでつくり、拡張現実の技術で現実の風景にデジタルの情報を重ね、ドローンを飛ばして測量や防災に応用する。楽しみながら手を動かすうちに、生徒たちは、これからの社会を生きるための確かな力を、自然と身につけていく。

VillageAI、高校の授業の様子

その成果は、数字となって表れている。ミライデザイン科の生徒たちは、開設から間もない時期に、全国規模のコンテストに次々と挑み、結果を残してきた。観光と防災を融合させた地域づくりを提案し、SDGsをテーマにした大会で鹿児島県の最優秀賞を受賞。その代表として、大阪・関西万博の会場で行われた全国交流イベントにも参加した。映像制作のアワードでグランプリを、デジタル企画のグランプリを、探究コンテストの優秀賞を。しかも、これらの賞を手にしたのは、入学してまだ一、二年の生徒たちだ。学科ができて間もない若い才能が、次々と大きな舞台へと駆け上がっていった。

離島にいながら、全国と、そして世界と、同じ土俵で戦う。この光景を裏側から支えているのが、一つのAI企業だ。株式会社Village AI。この学科を、構想の段階から設計し、教材をつくり、いまも講師として教壇に立ち続けている。

なぜ、AIを専門とする企業が、離島の高校教育に、これほど深く関わっているのか。その答えは、Village AIを率いる一人の経営者の、来歴と故郷への思いにたどり着く。

 

AIの源流を歩いてきた

生成AIという言葉が、これほど日常に浸透したのは、ここ数年のことだ。だが里洋平氏がAIの世界に足を踏み入れたのは、そのブームが訪れる、はるか前だった。

里氏のキャリアは、2008年、ヤフーへの入社から始まる。当時はまだ、SNSが普及する前の、ブログの時代だ。里氏がそこで手がけたのは、いまでは誰もが当たり前に目にしている技術の、原型にあたるものだった。動画を見ると、関連する別の動画が勧められる。あの仕組みを、まだ世に広まっていない頃に、ロジックから考えてつくっていた。ある動画と別の動画の似ている度合いを計算し、この動画を見た人はこれも好きだろう、と推薦する。いまの動画配信サービスやSNSの根幹をなす技術に、里氏は黎明期から関わっていた。

さらに里氏は、文章を解析する技術にも取り組んでいる。ある企業の製品について、ブログでどう書かれているか。好意的なのか、否定的なのか。その評判を点数にして、株価との関係を分析する。いまでこそ、こうした自然言語処理は広く知られているが、当時はまだ、生成AIなど影も形もない時代である。里氏は、その最前線にいた。

その後、里氏はDeNAへ移る。ソーシャルゲームが一世を風靡した時期だ。そこでは、膨大なユーザーの行動データを分析し、どの利用者にどのゲームを勧めるか、どうすれば離れていく利用者を引き止められるかを、数字から読み解いていった。当時の言葉でいう大規模データマイニング、そしていまの生成AIの源流にあたる機械学習。里氏は、その技術のまさに源流に立ち会っていた。続くドリコムでは、データ分析の組織を一から立ち上げ、データを扱う専門家たちの生産性を高める仕組みづくりを担った。

そして2018年、里氏はデータ分析を専門とする自らの会社、DATUM STUDIOを創業する。この会社は、後にKDDIグループへと売却されることになる。技術者として、そして経営者として、里氏はAIとデータの世界を、一貫して歩み続けてきた。

その里氏をもってしても、近年のAIの進化の速さは、予想を超えるものだったという。

Village AI里洋平代表

里氏
「業界の主役になるという意味では、思っていた通りではあります。ただ、こんなに進化するのが早いとは思いませんでした。もう半年前とは、景色がまるで違う。それくらいのスピードで、いまも変わり続けています」

十数年にわたって、AIの最前線を歩いてきた。その経験の厚みが、里氏の、そしてVillage AIの支援の土台になっている。生成AIが優秀であっても、それに何を学ばせ、どう整えれば力を発揮するのか。長く携わってきた者にしか見えない落とし穴を、里氏は先回りして避けることができる。この蓄積こそが、里氏の強みだった。

 

故郷が、変わってしまっていた

会社を売却し、一つの区切りを迎えた里氏に、故郷を思い起こさせる出来事が訪れる。きっかけは、コロナ禍だった。

外出がままならなくなったあの時期、人々は、画面越しに酒を酌み交わす「リモート飲み」で、つながりを保とうとした。里氏もまた、そうして久しぶりに、種子島の同級生たちと語り合う機会を得る。懐かしい再会のはずだった。だが、そこで耳にしたのは、故郷の厳しい現実だった。

里氏
「昔と比べて、島がだいぶ変わってしまっていました。人も減って、街なかにはシャッターの下りた商店が並んでいる。同級生から、そういう話を聞いたんです。ちょうど会社を売却して、一段落したところでした。それなら、故郷のために何かできないかと考えるようになりました」

友人たちの言葉は、里氏の胸に残った。この島にも、チャンスをつくってほしい。子どもたちに、もっと広い世界を見せてほしい。そこにあったのは、都市と離島のあいだに広がる、教育や機会の格差への、切実な危機感だった。

里氏には、その思いに応えられるだけのものがあった。都市の最前線で培った、AIとデータ活用の知見だ。この力を、故郷の課題を解くために使えないか。生まれ育った島に、恩を返せないか。里氏の中で、次にやるべきことが、はっきりと形を取りはじめていた。

こうして里氏は、2021年8月、株式会社Village AIを設立する。本社を置いたのは、東京でも、大阪でもない。故郷の種子島だった。都市の企業が地方を支援するのではなく、地方に根を張り、そこから課題に向き合う。里氏の選んだこの立ち位置が、後のすべての取り組みの土台になっていく。

もっとも、里氏には、地方創生の難しさもよく見えていた。外から人がやってきて、さあ変えようと意気込んでも、地域はそう簡単には動かない。よそ者は、よそ者として扱われる。全国で、外部の人材が地域おこしに挑みながら、うまくいかない例は数多い。だからこそ里氏は、自分たちが前面に立って主役になるのではなく、地元に根ざした人々を支える裏方であろうと考えていた。故郷である種子島でなら、その理想を、本当の意味で試すことができる。

 

研修から、学科づくりへ

Village AIと種子島中央高校の関わりは、一つの研修から始まった。2022年、里氏たちは、この高校の教職員に向けて、デジタルリテラシーの研修を行う。世の中でDXやAIといった言葉が飛び交うなか、いま何が起きているのかを、広く伝える内容だった。

この研修を望んだのは、当時の校長だった。デジタル技術への対応が遅れていることに危機感を抱き、学校に刺激を与えたいと考えていた。そして、その校長とVillage AIをつないだのは、意外な縁である。地元の教育委員会で教育長を務めていた人物が、里氏が高校生だったころの、副担任だったのだ。故郷に根ざした里氏だからこそ持っていた、この人のつながりが、最初の一歩を後押しした。

研修は、単発では終わらなかった。ちょうどこの時期、種子島中央高校は、大きな転機を迎えようとしていた。全国的に高校の普通科を見直す動きが進むなか、地域に根ざしながらも高度な専門性を持つ、新しい学科の創設が模索されていたのだ。この構想は、文部科学省の高等学校改革を推進する事業にも採択される。都市で培ったAIの知見を、離島の高校教育に活かす。学校と行政、そしてVillage AIの目指すものが、ここで一つに重なった。

Village AIが果たした役割は、外部から授業を届ける、いわゆる出前授業の枠を大きく超えていた。2024年に誕生する「ミライデザイン科」の、学科そのものの立案の段階から、里氏たちは加わっている。どういう学科にするか。何を教えるか。カリキュラムを設計し、教材をつくり、実際に授業を行う。その全てに、責任を持って伴走した。

里氏
「単発の授業をやって終わり、ということではありません。学科をどうつくるか、というところから一緒に考えて、いまもカリキュラムを持って授業をしています。外部の講師として招かれているような形で、私たちのメンバーが教壇に立っているんです」

学科の誕生から三年以上にわたり、学校の経営層とも、日々の授業とも向き合い続ける。Village AIは、そういう関わり方を選んだ。この常駐するパートナーのような立ち位置が、離島の高校に、都市部にも劣らない教育をもたらすことになる。

現地で、その中心を担っているのは、里氏の弟、周平氏だ。里氏自身は東京と種子島を行き来しながらAI事業を率い、弟の周平氏が現場に立って、日々の授業や生徒との関わりを支えている。兄弟が、東京と島の両方から、この学科を支えている。

 

島の教室で、生徒は変わる

ミライデザイン科の授業は、一風変わっている。生徒たちは、生成AIで文章や絵、音楽をつくり、拡張現実、すなわちARの技術に触れる。ある授業では、人気レースゲームのAR版を教材にした。現実のコースを走らせると、画面の中では障害物やアイテムが現れる。遊びのようなその体験を入り口に、生徒たちはARという技術の仕組みを学んでいく。知っているか、知らないか。その差は大きい。実際に触れた生徒たちは、そこから自分なりのアイデアを膨らませ、形にしていく。

Village AI、授業を受ける高校生

この学科が大切にしているのは、デジタル技術だけではない。もう一つの柱が、デザイン思考だ。目の前の課題をどう捉え、どう解決するかを、筋道立てて考える力。その思考力と、デジタル技術とを掛け合わせる。答えのない課題に、自分たちで向き合っていく。これが、ミライデザイン科の学びの根幹にある。

里氏たちが、生徒の姿を見ていて驚くのは、新しい技術に対する反応の速さだという。

里氏
「何かを体験させると、『楽しかった』という感想より先に、『どうやって動いているんですか』という質問が出てきます。教えた範囲で満足せず、自分で先に調べたり、触ったりする生徒も少なくありません」

さらに、生徒の様子が大きく変わる瞬間がある。技術を体験する側から、自分で何かを設計し、運営する側へと回ったときだ。正解のない課題に取り組むため、試行錯誤の時間は長くなる。それでも生徒たちは、失敗を恐れずに手を動かし続ける。その集中の質が、はっきりと変わるのだという。

そして、三年目を迎えたいま、里氏たちが最も大きな変化として挙げるのは、意外にも、技術の習熟ではなかった。

里氏
「いちばん大きく変わったのは、コミュニケーションの力と、自分の意見を言い切る力です。人前で話すことや、人と違う意見を出すことへの抵抗が、ほとんどなくなりました。技術を使えること自体よりも、自分の考えを持ち、それを人に伝えるために技術を使いこなせるようになった。そこが、大きな成長だと思っています」

もともと発表や自己表現を得意としていた生徒だけが伸びたのではない。人前で話すことに苦手意識を抱いていた生徒も含めて、多くの生徒が、臆せず自分の考えを発信できるようになっていった。入学して一年ほどの生徒が全国規模のコンテストで最優秀賞をつかむという成果の裏には、そうした一人ひとりの成長がある。里氏たちが手応えを感じているのも、まさにこの点だ。特別に優れた一部の生徒ではなく、苦手意識を抱えていた生徒までもが変わっていく。そこにこそ、この三年間の意味がある。

デジタル技術を教える学科でありながら、そこで育っているのは、自分の頭で考え、臆せず声を上げる力だ。技術は、あくまでその考えを人に伝えるための手段にすぎない。手段と思考力が揃ったとき、離島の高校生たちは、全国の舞台で堂々と渡り合えるまでに育っていた。

 
Village AI

育てて、受け皿もつくる

離島の高校で、デジタル人材を育てる。その取り組みには、里氏がかねて抱いていた、一つの問題意識がある。

里氏
「高校生にだけ教えている状態だと、卒業後の受け皿がない、ということになってしまいます。島の中に、活躍できる場所がない。それでは意味がありません。だから、島の企業にAIやデジタル技術をどんどん取り入れてもらって、卒業した子たちが活躍できる場を、島の中につくっていくんです」

育てた人材が、島の外へ出ていくばかりでは、地域は先細りしてしまう。学んだ力を、島の中で活かせる場所が要る。そう考えた里氏は、高校教育と並行して、地域の企業へのAI導入にも力を注いできた。

その成果は、すでに具体的な形で表れている。たとえば、島のある建設会社では、勤怠管理を含む自社の業務システムを、AIを使って自分たちの手でつくり上げた。手がけたのは、エンジニアではない社員だ。それでも、わずか二週間ほどで開発にこぎ着けた。かつては紙に書いて後からパソコンに打ち直していた勤怠の記録が、スマートフォンでその場で入力できるようになる。労働時間の上限を超えそうになれば、自動で警告が届く。現場ごとの人件費が、リアルタイムで一目に分かる。導入にかかる費用は大きく抑えられ、月に二十時間ほどかかっていた作業も削減された。業務のありようが、劇的に変わったのだ。

介護の現場でも、同じような変化が生まれている。予算の制約が厳しく、高価なシステムの導入が難しかった施設が、AIを使って自分たちで仕組みをつくった。日々の記録やレポートを自動でまとめ、利用者の体力測定の結果をグラフで見える化する。さらに、一人ひとりの状態に応じて、必要な支援の内容と時間を割り出す仕組みまで開発した。これにより、一日に平均五件だった訪問が、六件、七件と可能になり、より多くの人を支えられるようになったという。

ここで注目すべきは、Village AIが、これらのシステムを代わりに作って納めたわけではない、という点だ。あくまで、企業が自分たちの手でつくれるよう、支援に徹している。その背景には、里氏の一貫した理念がある。

里氏
「私たちは、得ることよりも、残すことを大切にしています。システムを納品して、毎月お金をいただき続ける、というやり方ではありません。クライアントが自分たちで進められるところまで、しっかり支援する。それが、私たちのやり方です」

自走できる企業を、島の中に増やしていく。そうして力をつけた地元企業の取り組みは、今度は、高校の教材へと還っていく。地元の企業が、AIをこんなふうに使っている。その実例を、ミライデザイン科の生徒たちに伝えるのだ。島で人を育て、その人材の受け皿となる企業を育て、その企業の実践をまた次の世代へと伝えていく。里氏が描くのは、島の中でぐるぐると回り続ける、人と技術の循環だった。

 

画面の向こうを、目の前に

里氏がAIとともに大切にしているものが、もう一つある。本物に、直接触れる体験だ。

Village AIは、設立の翌年から毎年、「種子島ビッグビジョン」というイベントを開いている。元サッカー日本代表の選手たちを、十五、六名も島に招き、高校生とエキシビジョンマッチを行う。午前中には、小中学生を対象にしたサッカー教室を開き、締めくくりには音楽ライブも催す。プロジェクトのスポーティングディレクターを務めるのは、日本代表として活躍した福西崇史氏だ。離島の子どもたちのために、これほどのイベントが、毎年続けられている。

なぜ、AI企業がサッカーなのか。その理由は、里氏自身が島で過ごした少年時代に根ざしている。

Village AI里洋平代表

里氏
「離島の子どもは、プロを見る機会、本物を見る機会が、なかなかないんです。海を渡らなければならない。だから、どうしても画面の向こうの世界、という感覚になってしまう。夢や希望を抱きにくいんです。私自身、高校生まで島にいて、そういう感覚がありました」

いまでこそ、動画を通じて、一流の姿を目にすることはできる。だが、実際に会って、同じ場所で言葉を交わすことの意味は、それとはまったく違う。里氏はそう考えている。画面の中の遠い存在だったプロが、目の前に現れ、一緒にボールを蹴る。その体験が、子どもたちの心に、夢の輪郭を描く。実際、このイベントをきっかけに、高校のサッカー部員は倍に増えたという。

里氏がこだわるのは、それを一度きりで終わらせないことだ。単発の催しでは、その時だけの思い出になってしまう。毎年続けるからこそ、意味がある。継続するうちに、招かれた選手が、子どもたちの顔を覚えるようになる。前に一緒に練習しただけの自分を、憧れの選手が覚えていてくれた。その喜びは、計り知れない。

AIの最前線を歩み、デジタルの世界を知り尽くした里氏が、対面で、本物に触れる体験を、これほど大切にする。その姿には、里氏の考えの芯が表れている。テクノロジーは、あくまで手段だ。その先で守りたいのは、人が人と直に触れ合うことの、かけがえのなさなのだ。

この思想は、里氏が見据える、地方創生の未来像にもつながっている。里氏は、種子島での取り組みを、いずれ他の地域へも広げていきたいと考えている。ただし、自分たちが主役として乗り込んでいくつもりはない。

里氏
「地方を動かすのは、その地域にゆかりのある人や企業が、旗振り役として中心にいるべきだと思っています。外から来たよそ者が主役では、なかなかうまくいかない。私たちは、そういう地元の担い手を、裏方として支える。どうすればうまくいくのか、その方法を一緒に見つけていく。そういう形で関わっていきたいんです」

種子島で築いた、人と技術の循環。それを一つのモデルケースとして、それぞれの地域に根ざした担い手のもとへ届けていく。故郷を出発点に、里氏の描く未来は、島を越え、日本の各地の離島や地方へと、静かに広がろうとしている。画面の向こうにあった夢を、目の前に手繰り寄せる。里氏とVillage AIの挑戦は、種子島から始まったばかりだ。

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ライター:

Sacco編集・ライター。企業に直接出向く取材が中心。扱う記事はサステナビリティ、ウェルビーイング関係が多め。

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