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【発達障害はなぜ増えたのか】「原因は分かりません」それで終わりですか? 診断後に残された親たちの疑問

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「それで終わりなんですか?」

発達障害と診断されたあと、多くの親が心の中でつぶやく言葉だ。療育を勧められる。支援制度を紹介される。必要なら薬も処方される。

だが、そのあとに残る疑問がある。なぜ、この子はこうなったのだろう?

診断名の先にある答えを探し続ける親たち。その声を追うと、日本の発達支援が見落としてきたものが見えてくる。

「それで終わりなんですか?」 診断後に残された親たちの疑問

 

「ASDです」「ADHDの傾向があります」

診断名がついた瞬間、ほっとする親もいる。長年抱えていた違和感に名前がついたからだ。しかし、その安堵は長く続かないこともある。療育を紹介される。支援制度の説明を受ける。必要であれば薬の話も出る。だが、その後に残るのは奇妙な空白だ。なぜ我が子がそうなったのか、という問いである。

ある母親はこう振り返る。

「診断名はつきました。療育も紹介されました。でも帰り道で思ったんです。”それで終わりなんですか?”って」

また別の保護者はこう話す。「学校でいきなり叫ぶことがあったり、泣く、怒る、感情が忙しい。本人も苦しそうなんです。理由がわからなくて。」

療育が悪いわけではなく、薬を否定したいわけでもないのだが、多くの親が口を揃えて知りたかったのは、その先だった。なぜ寝つきが悪いのか?なぜ偏食なのか?なぜ便秘が続くのか?なぜ学校では頑張れるのに家で崩れてしまうのか?

親たちが知りたいのは診断の有無ではない、その子自身のことなのである。

 

31人に1人の時代 親たちが感じる「何かがおかしい」

グラフ① CDC自閉スペクトラム症有病率推移
グラフ① CDC自閉スペクトラム症有病率推移
 

発達外来は予約が取れず、療育施設は順番待ち、支援級や通級へのニーズも高まり続ける。親たちが感じているのは単純な不安だ。本当に増えているのではないかという不安である。

実際、米疾病対策センター(CDC)によると、アメリカの自閉スペクトラム症(ASD)は現在31人に1人とされる。日本でも文部科学省の2022年調査で、通常学級に在籍する児童生徒のうち、学習面または行動面で著しい困難を示す児童生徒の割合は8.8%に達した。

もちろん専門家は認知が広がったからだという。診断基準が変わったからで、昔は見逃されていたからだ。それは間違いではないだろう。だが、それだけで説明しきれるのだろうか。毎年のように予約待ちは長くなり、支援を求める家庭は増えている。現場で起きている変化を前にして、多くの親たちは同じ問いを抱く。

本当に何も変わっていないのだろうか?しかし、その問いに正面から向き合う仕組みは驚くほど少ない。

グラフ② 文部科学省 通常学級で著しい学習・行動面の困難を示す児童生徒の割合
グラフ② 文部科学省 通常学級で著しい学習・行動面の困難を示す児童生徒の割合

なぜ誰も「なぜそうなったのか」を語らないのか

 

驚くべきことに、日本には”発達障害専門医”という単一の国家資格が存在しない。

半年待ちの発達外来、予約の取れない療育施設。それほど社会問題になっているにもかかわらず、である。

もちろん現場の医師たちが怠慢だという話ではない、むしろ逆だ。発達外来はどこも混雑し、限られた時間の中で膨大な患者を診ている。だが親から見れば疑問は残る。診断はついた、療育も紹介された、薬の説明も受けた。

それでも”なぜそうなったのか”という問いだけが残される。

近年、発達障害は個性であり特性だから治すものではないという考え方が広がった。それは当事者を否定しないために大切な視点だ。だが、その言葉が親たちの疑問を封じ込めてしまう場面もある。

”原因を知りたい”と言うと、”障害を受け入れていない”と受け取られてしまう。しかし親たちが求めているのは犯人探しではない。

少しでも我が子に生きやすくなってほしい。そのために何ができるのかを知りたいだけなのである。
良くなってほしい、そう思うのはいけないことなのだろうか?

 

日本が見落としてきた「もう一つの視点」

発達障害の支援というと、多くの人は療育を思い浮かべる。それは間違っていない。だが、保護者たちの声を聞いていると、どこか奇妙な光景が浮かび上がってくる。子どもの行動は細かく観察される。発語、視線、癇癪、コミュニケーション。だが不思議なことに、ちゃんと眠れているか?という話になると急に静かになる。

ある保護者はこう話した。「睡眠や食事について相談しても、あまり話題になりませんでした。でも私はずっと体調と発達は関係している気がしていたんです」

もちろん、発達障害を食事だけで説明することはできない、睡眠だけで説明することもできない。しかしそれらを全く見なくていい理由にもならない。まるで最新鋭のスポーツカーの不調を議論しているのに、エンジンルームだけは誰も開けようとしないような違和感がある。

近年アメリカでは、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官のもと、医学部における栄養教育を強化する方針が打ち出された。背景にあるのは慢性疾患の急増だ。病気になってから治療するのではなく、病気になりにくい体をつくる。その発想を医療教育の中心に戻そうという動きである。

実際、アメリカには食事や睡眠、運動、生活習慣などを含めて子どもの状態を見る医療者もいる。アメリカで活動する日本人ナチュロパシックドクター丹治氏もその一人だ。生活習慣の見直しに取り組んだ保護者からは、こんな声も聞かれる。

「発達障害が治ったわけではありません。でも睡眠を見直してから、朝の機嫌が明らかに変わりました」

「長年続いていた便秘が改善したら、癇癪が減ったように感じています。本人も以前より楽そうなんです」

「療育には通っています。でも食事や生活習慣を整えることも、親としてできる大切な支援だと思うようになりました」

もちろん、これらは個人の体験であり、すべての子どもに当てはまるものではない。しかし少なくとも、親たちが求めているのは『療育か』『薬か』という二択ではない。

子どもが少しでも生きやすくなる可能性を探したいだけなのである。

そして、それは決して特別な願いではない。こうしたアプローチには賛否もあり、科学的な議論が続いている分野も少なくない。それでも親たちが関心を寄せるのは、”何もできない”で終わらないからだろう。

 

親が欲しいのは“正解”ではない 希望である

誤解してはならないのは、療育か、薬か、栄養か、という二者択一の話ではないということだ。療育によって伸びる力がある、薬によって楽になる子もいる。生活習慣の改善によって心身が整う子もいる。本来必要なのは、どれか一つを信じることではなく、その子に必要な選択肢を増やすことではないだろうか。

発達障害には遺伝的要因がある、それは事実だ。だが診断を受けたその日から、親がすべてを受け入れられるわけではない。

「個性です」「特性です」「将来の支援を考えましょう」

その言葉が間違っているわけではない。だが、多くの親がその前に抱く感情がある。

その前に何かできることは本当にないのか?

少しでも生きやすくしてあげる方法はないのか。それは障害を否定しているのではない。我が子を思う、ごく自然な願いである。そして忘れてはいけないのは、診断名の向こう側には一人の子どもがいるということだ。

ASD、ADHD、知的障害。私たちはつい診断名を見てしまう。だが、その前にいるのは一人の人間である。眠れない夜を過ごしているかもしれない、うまく気持ちを伝えられず苦しんでいるかもしれない、体の不調を言葉にできず抱えているかもしれない我が子である。発達障害の子どもたちは、診断名そのものではない。一人ひとり違う人生を生きる子どもたちだ。

 

親たちは奇跡を求めているわけではない。ただ、子どもを諦めたくないだけである。

昨日より眠れるようになってほしい、少しでも苦しさが減ってほしい、その願いは決して特別なものではない。

希望とは、奇跡を信じることではない。子どものためにできることが、まだ残されていると知ることだ。

だからこそ、希望を持つことまで諦める必要はない。療育もある、薬もある、支援制度もある。

そして、睡眠や食事、運動、生活習慣といった、まだ十分に語られていない選択肢も見えてくるかもしれない。

「原因は分かりません」その言葉で終わるには、子どもたちの人生は長すぎる。そして親たちの夜も、あまりに長い。だから私たちは問い続けてもいい。なぜなのか、何ができるのか。

そして、その先にまだ希望はあるのかと。

もっとも、睡眠や食事、腸内環境と発達の関係については、日本ではまだ十分に知られているとは言い難い。海外ではどのような研究や支援が行われているのか。親たちが探し続ける”その先の答え”については、改めて掘り下げていきたい。

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ライター:

2人育児8年目ママ。健康を意識した丁寧な暮らしを大切にしています。好きなテレビ番組は『クレイジージャーニー』。日々のリアルな視点から、役立つ情報を発信したいです。

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