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津田健次郎の声は誰のものか AI声模倣TikTok訴訟で問われる「声の権利」

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津田健次郎
津田健次郎 公式インスタグラムより

生成AIで人の声をまねることが、技術的には難しくない時代になった。では、その声が本人の許可なく使われ、動画の再生や収益につながった場合、どこからが権利侵害になるのか。

声優の津田健次郎さんが、自身の声に似たAI音声を使った動画の削除を求め、TikTokの運営会社を提訴した。生成AIによる声の無断利用をめぐる国内初の訴訟とみられ、裁判では「声は誰のものか」という根源的な問いが突きつけられている。

 

 

「ツダケンの声がする」コメントが示した異変

画面に映るのは、都市伝説や雑学を紹介する短い動画だ。だが、視聴者の関心を集めたのは、内容だけではなかった。低く、耳に残るナレーション。その声に対して、コメント欄には「ツダケンの声がする」といった反応が寄せられていたという。

訴状では、氏名不詳の投稿者が、津田さんの声質を模したとされるナレーション付き動画をTikTokに多数投稿していたとされる。動画は2024年7月から2025年9月にかけて188本にのぼり、TikTokの収益化の仕組みによって月50万〜75万円の収益を上げていたとされている。

津田さん側は当初、投稿者を特定するため、TikTok運営会社に発信者情報の開示を求めた。東京地裁は権利侵害を認め、開示を命じたとされる。しかし、プロバイダー側の接続記録の保存期間が過ぎていたため、投稿者の特定には至らなかった。そのため津田さん側は、動画の削除を求めてTikTok側を提訴した。

この経緯から見えるのは、AIによる声の模倣が、単なるネット上の悪ふざけでは済まなくなっている現実だ。本人の知らないところで声に似た音声が作られ、拡散され、収益まで生む。声の持ち主だけが、その流通を止められない構図が浮かび上がる。

 

争点は「似ているか」だけではない

今回の裁判で最初に問われるのは、動画の音声が津田さんの声と同一、または類似しているといえるかどうかだ。津田さん側は、動画に寄せられた「ツダケンの声がする」といったコメントや、音響分析の結果をもとに、声の類似性を立証しようとしているとされる。

一方、被告側は、同じような声質の人は数多くいると反論しているという。また、投稿者が別の場所で「友人の声だ」と説明していたとも主張しているとされる。

声の判断が難しいのは、単に高い、低い、かすれているといった特徴だけで成り立っていないからだ。声には、息の混じり方、間の取り方、言葉を置く速度、感情の温度まで含まれる。とくに声優の場合、声は身体的特徴であると同時に、長い時間をかけて磨いてきた演技の技術でもある。

だからこそ、裁判の焦点は「声が似ているか」にとどまらない。その声によって視聴者が津田さんを想起したのか。本人が関わっていると誤認する可能性があったのか。そして、その声が動画の再生や収益にどれほど影響したのか。そこが大きな争点になる。

 

不正競争防止法とパブリシティー権が焦点に

津田さん側は、不正競争防止法違反とパブリシティー権侵害を主張している。

不正競争防止法では、広く認識されている商品やサービスなどの表示と同一、または類似するものを使い、混同を生じさせる行為などが問題になる。今回のケースでは、津田さんの声に似た音声が使われたことで、視聴者が本人の関与を誤解したかどうかが問われる可能性がある。

もう一つの柱が、パブリシティー権だ。これは、著名人の名前や肖像などが持つ顧客吸引力を、本人の許可なく商業利用されないための権利とされる。これまで主に顔写真や氏名をめぐって語られてきたが、生成AIの登場により、声も保護対象になるのかが現実的な問題になっている。

声優にとって、声は仕事そのものだ。作品の中でキャラクターに命を吹き込み、視聴者の記憶に残り、次の仕事につながっていく。もし、その声に似たAI音声が無断で使われ、視聴者を集める道具になっていたなら、それは単なる模倣ではなく、職業的価値の利用と見ることもできる。

 

声優業界に広がる「自分の声をコントロールできない」不安

この提訴を受け、日本俳優連合は津田さんの行動を支持する声明を出した。声優業界ではすでに、山寺宏一さん、梶裕貴さん、朴ロ美さんら有志による「NO MORE 無断生成AI」運動も展開されている。

背景にあるのは、声が本人の意思を離れて使われることへの強い危機感だ。人気声優の声に似た音声が、歌や動画、広告、さらには悪質ななりすましに使われれば、本人の信用を傷つける恐れがある。若手声優にとっては、仕事を得る前にAI音声に代替されるのではないかという不安もある。

声は、単なる素材ではない。声優にとっては、日々の訓練と経験によって築いてきた財産であり、ファンとの信頼をつなぐ接点でもある。その声が、本人の知らない場所で切り取られ、別の人格のように動き出す。そこに、この問題の不気味さがある。

 

AI音声の活用は「禁止」ではなく「同意」が前提

ただし、AI音声そのものを否定するだけでは、議論は前に進まない。本人の許諾を得たうえで、AI音声を多言語化や海外展開に活用する動きもある。アニメや広告、CMなどで、本人の声の魅力を保ったまま海外に届けられれば、声優の仕事を広げる可能性もある。

問題は、AIを使うこと自体ではない。本人の同意があるか、契約があるか、対価が支払われるか、利用範囲が管理されているかだ。無断利用と正当な活用の違いは、技術ではなく、権利者を尊重する仕組みの有無にある。

生成AIは、できることを急速に広げている。だからこそ社会には、「できる」ことと「してよい」ことを分けるルールが必要になる。

 

松下幸之助氏のAI偽動画にも通じる社会的リスク

声や肖像の無断利用は、声優や芸能人だけの問題ではない。PHP研究所は、創設者である故・松下幸之助氏の画像や音声をAIで合成した偽動画について注意喚起している。本人が語っていない言葉を、あたかも本人の発言のように見せる動画が広がれば、誤情報や詐欺、世論誘導につながる恐れがある。

著名な経営者、政治家、研究者、文化人の声や姿がAIで再現されれば、受け手は本物かどうかを簡単に見分けられない。津田さんの訴訟は、声優業界の問題であると同時に、社会全体の信頼をどう守るのかという問題でもある。

 

「声は誰のものか」を司法がどう判断するのか

法務省は、生成AIによる肖像や声の無断利用をめぐり、民事上の責任を議論する検討会を立ち上げている。今後、どのようなケースが権利侵害に当たるのか、一定の指針が示される見通しだ。

ただし、ルールは指針だけで固まるわけではない。具体的な裁判で、声の類似性や視聴者の誤認、収益化、顧客吸引力の利用がどう判断されるか。その積み重ねが、AI時代の新しい線引きになっていく。

声は、データではあるが、データだけではない。そこには、その人の仕事、記憶、信用、人生が結びついている。津田健次郎さんの提訴は、ひとりの声優の権利を守るだけの裁判ではない。誰の声も簡単に再現され得る時代に、社会がどこまで本人の意思を守れるのかを問う裁判でもある。

 

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ライター:

Webライター。きれいごとだけでは済まない現実を、少し距離を置いて綴っています。

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