
「過去10年間で最大の押収量だ」——。
5月11日、タイ国家警察が発表したニュースが、世界中の自然保護関係者に衝撃を与えた。アフリカから密輸されたアフリカゾウの牙、実に250キログラム(約30万ドル=約4500万円相当)が押収され、タイ人9人が逮捕されたというのだ。
驚くべきは、この大量の象牙が「Facebookの非公開グループ」を通じて堂々と販売されようとしていたことだ。最高刑は懲役10年という重罪にもかかわらず、SNSという現代のツールを使って、希少動物の命が闇から闇へと売りさばかれようとしていたのである。
しかし、このニュースを聞いて、日本の読者の多くは一つの疑問を抱いたのではないだろうか。
「そもそも今どき、象牙なんて誰が買うのか?」と。
「実印なら象牙」は昔の話。日本では消えた高級品
昭和から平成の初めにかけて、日本は世界最大の象牙消費国の一つだった。
少し上の世代なら、「高級な実印といえば象牙」というイメージが強いはずだ。適度な硬さと吸湿性があり、朱肉の馴染みが良い象牙は、一生モノのハンコとして珍重された。他にも、高級ピアノの鍵盤、三味線の撥(ばち)、茶道の道具、麻雀牌、さらには床の間に飾る精巧な彫刻の置物など、日本の伝統文化や生活の端々に象牙は深く根付いていた。
しかし、1990年にワシントン条約(CITES)で象牙の国際取引が原則禁止となって以降、潮目は変わった。国内での在庫消費や厳しい管理が進む一方、環境保護意識の高まりとともに「象を殺してまでハンコを作る必要があるのか」という声が大きくなった。現在では優れたプラスチックや人工素材の代替品が普及し、日常の中で象牙を目にする機会はめっきり減ってしまった。「象牙=過去の遺物」というのが、今の日本人の偽らざる感覚だろう。
押収品から見えた“ターゲット”と新たな需要
では、今回の事件で押収された大量の象牙は、いったいどこへ向かう予定だったのか?
タイ警察の発表によれば、ターゲットとされていたのは「タイ人とベトナム人」の購入者だという。さらに注目すべきは、押収された品のラインナップだ。ハンコや鍵盤ではない。「数珠、宝飾品、ナイフの柄」などに加工されたものや、その破片だった。
ここに、現代のアジアにおける“象牙の闇需要”の正体が隠されている。日本では実用品としての需要がメインだったが、現在の東南アジアの一部では、大きく分けて2つの強烈な需要が存在しているのだ。
新興富裕層の「ステータス・シンボル」
近年、著しい経済成長を遂げているベトナムやタイでは、新しく生まれた富裕層たちが「自らの財力と権力を誇示するアイテム」として象牙を求めている。金(ゴールド)や高級時計と同じ、あるいはそれ以上の“入手困難な希少品”としての価値だ。象牙の美しい乳白色は古くから「清らかさ」「高貴さ」の象徴とされており、それを加工した宝飾品や、豪奢なナイフの柄をコレクションすることが、一部の成金たちの間でステータスとなっているのだ。
根強い「スピリチュアル・呪術的」信仰
もう一つの大きな理由は、宗教観や迷信に根ざした需要だ。押収品に「数珠」が含まれていたことがそれを物語っている。東南アジアや中国の一部では、「象牙には神聖な力が宿る」「邪気を払い、幸運をもたらす」という信仰が根強く残っている。単なるアクセサリーではなく、強力な“お守り”や“パワーストーンの最高峰”として、高値で取引されているのである。また、一部では漢方薬や伝統薬の成分としての(科学的根拠のない)迷信的な需要もいまだに消えていない。
SNSが加速させる「密林の闇市場」
日本人が「象牙なんてもう見ないね」と平和ボケしている裏で、アジアの闇市場では形を変えた新たな“象牙バブル”が蠢いている。
かつてはアンダーグラウンドなマフィアのルートでしか買えなかった密輸品が、いまやFacebookなどの身近なSNSを通じて、スマホのタップ一つで売買される時代になってしまった。タイが地理的にもネット空間的にも、巨大な「密輸のハブ」として機能してしまっているのが現状だ。
アフリカゾウは現在も絶滅の危機に瀕している。人間の「権力を誇示したい」「神聖な力を手に入れたい」という果てしない欲望、そしてSNSという便利なツールがある限り、遠く離れたサバンナで密猟者の銃声が鳴り止むことはないのかもしれない。
日本で役目を終えつつある象牙が、海を渡った先でいまだに血塗られたビジネスの主役であり続けているというこの現実に、我々も無関心ではいられないはずだ。



