
2月26日夜。都内で行われたファンクラブ限定ライブは、熱狂の余韻を残したまま幕を閉じた。その数時間後、ロックバンドMY FIRST STORYは公式SNSを更新し、バンド活動の休止を発表した。
「何度も話し合いを重ね、各メンバーが自分自身と向き合う時間を持つため、一度立ち止まる」
短い文章だったが、そこに込められた決意は重い。期限は示されていない。ただ、「いつか戻って来る日まで」という一文が、終わりではないことを示唆している。発表当日に会員限定ライブが開催されていた。
なぜ今なのか。15周年イヤーという節目での決断は、偶然ではない。
15年の軌跡 武道館、東京ドーム、そして休止へ
MY FIRST STORYは2011年に結成。翌2012年にアルバム「MY FIRST STORY」でデビューした。
ライブバンドとして頭角を現し、2016年には日本武道館公演を成功させる。47都道府県ツアーを敢行し、着実に支持を広げていった。
2023年には12か月連続リリースを実施。同年11月には兄・Takaが率いるONE OK ROCKとの東京ドーム対バン「VS」を開催した。血縁であり、最大の比較対象でもある存在と同じステージに立った夜は、バンド史のハイライトであると同時に、宿命を再確認する瞬間でもあった。
そして2026年、デビュー15周年。走り続けた時間の先で、彼らは“停止”を選んだ。
【Hiroとは何者か】森進一の三男、Takaの弟という宿命
ここで改めて、ボーカルHiroについて掘り下げたい。
Hiroは1994年生まれ。父は演歌界の重鎮森進一、兄は世界的ロックバンドONE OK ROCKのTaka。音楽一家に生まれた存在として、デビュー前から注目を浴びた。
だが、彼は“家族の名前”を武器にしたわけではない。むしろ、その名は常に比較の対象となり続けた。
デビュー当初から圧倒的なハイトーンとエモーショナルな表現力で観客をねじ伏せるような歌唱を見せた。ライブではマイクを握りしめ、時に膝をつき、時に絶叫する。感情をむき出しにするパフォーマンスは、観る者の心拍を引き上げる力を持っている。
一方で、「声が似ている」「ワンオクと区別がつかない」という声もつきまとった。ネット上では“ジェネリックONE OK ROCK”という辛辣な表現すら見られる。
しかし、Hiroの音楽性は兄とは微妙に異なる。より内省的で、傷や葛藤をそのまま音に変えるタイプだ。ステージ上での姿は、血統の延長ではなく、個としての証明に近い。
また、インディーズ主体で活動してきたことも特徴的だ。メジャー主導のヒット戦略に乗らず、ライブとコアファンを軸に収益構造を築いた。派手な露出よりも、確実な動員を重ねる道を選んだ点は、商業ロックの文脈でも興味深い。
それでも、世間的な“爆発”には至らなかったという評価もある。実力は疑われない。だが、大衆化という壁は高かった。
その現実を、Hiro自身が最も理解していたはずだ。
評価と葛藤のあいだで
活動休止を受け、ネット上では賛否が交錯している。
「売れ切れなかった」「ソロになるべきでは」といった厳しい意見もあれば、「ライブは圧巻だった」「このまま埋もれるのは惜しい」という声もある。
売上や話題性だけが音楽の価値ではない。しかし、ヒットがなければ語られにくいのも事実だ。
Hiroは常に、“比較されるボーカル”として立ち続けてきた。その重圧は想像以上だろう。だからこそ今回の休止は、逃避ではなく再定義の時間なのかもしれない。
再始動か、個の覚醒か
現時点で復帰時期は未定だ。
考えられるシナリオは複数ある。
・バンドとして音楽性を刷新して再始動
・Hiroのソロ活動本格化
・メンバー個々のプロジェクト始動
活動休止は、終止符ではない。物語の改行だ。
ステージの灯が落ちた瞬間、観客の胸に残るのは「また会える」という予感である。その予感を現実にできるかどうかは、充電期間の過ごし方にかかっている。
Hiroが次に握るマイクは、どんな音を響かせるのか。沈黙の時間は、きっとその答えを育てている。



