
落雷で停止したエキスポシティの観覧車で20人が9時間宙づりに。雷鳴、冷気、尽きていくスマホ電池──「孤独の恐怖」を乗客が語る。救助が遅れた背景とは。
エキスポシティ観覧車が落雷で停止 なぜ20人は9時間閉じ込められたのか
大阪・吹田市のエキスポシティ。
夕刻の商業施設は、クリスマス前のにぎわいを帯びながらも、どこか湿った冷気をまとっていた。日中から空には重たい雲が垂れ込み、時折吹く風が“ただの冬の訪れではない何か”を予感させていたという。
午後5時47分。
太陽の塔の横で稲妻が白く光り、その直後、腹の底に響くような雷鳴が落ちた。観覧車オオサカホイールは、まるで呼吸を止められたように静かに停止した。
その瞬間、20人の時間が止まった。
観覧車の前方のゴンドラに乗っていた20代男性は、この“停止の瞬間”を思い返しながら、顔をこわばらせて語った。
「突然止まって、雷鳴が重なって……もう恐怖しかありませんでした。上から見下ろす景色は完全に静止していて、自分がいつ地上に戻れるのか、まったく想像がつかなかったんです」
ゴンドラは床まで透明。
地上の光が遠く、夜の冷気がガラス越しに忍び寄ってくる。
夕暮れの薄明かりはすぐ消え、暗闇が観覧車全体を覆いはじめた。
観覧車停止の瞬間に何が起きたのか──雷注意報下の吹田で発生した落雷事故
近くで働く人は「観覧車が横に揺れた。爆発のような音だった」と話す。
当日は朝から雷注意報が出ていたが、観覧車は運行を続けていた。スタッフが雷音を確認し本部へ連絡した“まさにその数分の間”に雷が落ちたと、読売テレビは伝えている。
ゴンドラ内では、乗客が互いの表情を確かめながら状況を整理しようとしていた。だが外の景色は急速に闇へ沈み、風がガラスにぶつかるたび、わずかな軋みが緊張を鋭くした。
そして時間が経つにつれ、別の恐怖が姿を見せた。
それは“寒さ”だけではない。
落雷から救助完了までの9時間──スマホの電池残量と孤独が刻んだ時間
観覧車が止まってから1時間、2時間と経つにつれて、ゴンドラ内の空気は凍えと不安が混ざった重たいものに変わっていった。
前方のゴンドラにいた20代男性は、そのときの心理をこう振り返る。
「スマホのバッテリーがどんどん減っていくんです。最初は“まあ大丈夫だろう”と思ってたけど、30%、20%と減るたびに胸の奥が冷えていくようで。外とつながる唯一の手段が消えたら、本当に孤立すると思った瞬間、寒さより怖かったのは“孤独”でした」
彼は、今でもあのときの画面の数字を忘れられないという。
残量が1%ずつ減るたび、救助がいつ来るのかわからない焦燥が押し寄せ、
“もし助けが遅れたら”という想像が現実味を帯びた。
外では風が強くなり、観覧車の骨組みを鳴らす音が微かに響いていた。
ゴンドラはわずかに軋み、そのたびに乗客たちはさらに身を寄せ合った。
「トイレも行けず、どれだけ待つのかもわからない。あれは地獄でした」
男性の声は震え、その時間が“単なる待機ではなかった”ことを伝えていた。
救助開始の遅れと“想定の綻び”──なぜここまで時間がかかったのか
運営側は停止からしばらくして手動で1基ずつ降ろし始めたものの、巻き上げ機の動きは本来の力を失い、作業は想定よりはるかに遅れた。
家族が消防へ通報したのは午後9時7分。運営側の通報はその十数分後で、消防が到着したのは停止から約3時間半後だった。
観覧車の骨組みに伸びるはしご車のライトを見たとき、男性は「あれを見ただけで涙が出そうになった」と語る。
ようやく、孤立の時間が終わりかけていると実感できたからだ。
最後の乗客が地上に降りたのは午前2時40分。
観覧車が止まってから、実に9時間近くが経っていた。
観覧車内部の“寒さと孤立”──乗客たちが経験した心理の底
午後9時時点の気温は9℃。
高さ123メートルでは体感温度はさらに低い。
ゴンドラ内部では、乗客が肩を寄せ合い、スマホの明かりを頼りに互いの無事を確認し合っていた。
「暗闇の中で、風の音しか聞こえないんです。もしスマホの電池が切れたら、本当に何もできない。外に自分の声が届かないって、あれほど怖いものはない」
男性の言葉には、あの夜の観覧車が“ガラスの密室”となった現実が刻まれていた。
消防隊が「寒いですが、もうすぐです」と声をかけた瞬間、
ゴンドラ内にはわずかな安堵が広がったという。
SNSで広がる批判と安堵──“なぜ営業していた?”“救助隊ありがとう”の声が交錯
事故後、SNSには運営判断への疑問が投稿され続けた。
雷注意報下でも運行したこと、消防への通報が遅れたこと、設備の不備──批判は多岐にわたった。
一方で、極寒の高所で救助作業を続けた消防隊やスタッフには感謝の声が寄せられた。
“もし自分があのゴンドラにいたら”
多くの人がそう想像せずにはいられない夜だった。
今後の運行再開はいつ?安全対策と再発防止の焦点
観覧車は翌26日も終日運休となり、再開のメドは立っていない。
今回の事故は、自然現象とエンタメ施設の境界にある“判断の遅れ”が、利用者の安全にどれほど影響を与えるかを改めて突きつけた。
運営側は雷時の営業判断の厳格化、救助手順の見直し、非常設備の追加など、
安全対策の大幅な強化が不可欠となる。
あの夜、観覧車に取り残された人々の不安と孤独を、二度と繰り返さないために。



