東京都と世界陸上がタッグ、家庭廃油をSAFへ

東京都は5月2日、東京2025世界陸上財団と連携し、家庭や飲食店で使い終えた食用油を持続可能な航空燃料(SAF)の原料として集めるキャンペーンを開始した。10月31日まで都内約80か所と都庁舎で回収し、集めた油は大阪府堺市の国内初の大規模SAF製造所に運ばれる。
同製造所を運営すSaffaire社(合同会社SAFFAIRE SKY ENERGY)の年間能力は約3万キロリットルで、製造したSAFは羽田空港などに供給される見込みだ。
廃油で本当に飛行機は飛ぶの?
だが、実際のところ、家庭から集まる廃油で本当に旅客機は飛ぶのか。その現実に即した試算を行うと、キャンペーンの象徴性と限界が浮かび上がってくる。
まず、航空機がどれだけの燃料を必要とするのかを確認しておきたい。たとえば国内線の主力機であるボーイング737-800は、1時間あたりおよそ3,200リットルのジェット燃料を消費する。羽田空港から新千歳空港までのフライトは約1時間半のため、1便あたり約4,800リットルが必要となる。
一方で、長距離国際線の代表格であるボーイング777-300ERの場合、東京からロンドンまでの片道飛行でおよそ10万リットル強の燃料を消費するとされる。
この燃料をすべてSAFでまかなおうとすると、使用済み食用油はどのくらい必要になるのか。SAFの主な製造方法であるHEFA法では、回収された油の約60%が実際に航空燃料として使えるSAFに変換される。つまり、737の国内線1便(4,800リットル分)をすべてSAFで飛ばすには、変換前の使用済み油が約8,000リットル必要となる。東京ーロンドン間の777では、必要となる油の量は約17万リットルに達する。
食用油の総量10万トンから導くと……
ここで、家庭ごとの油の排出量に目を向けてみる。日本国内の世帯数は約5,500万とされており、家庭から出る使用済み食用油の総量は年間でおよそ10万トン、リットル換算で約1億800万リットルとなる。単純計算で1世帯あたり年間約2リットルしか出ないことになる。
これを基に計算すると、737国内線1便を100%SAFで飛ばすには、およそ4,000世帯分の油が必要となる。10%の混合率で運航する場合でも約400世帯が必要だ。777のような大型機になると、100%で飛ばすには約85,000世帯分、10%でも8,500世帯分の廃油が求められる計算になる。
東京都のSAFキャンペーンの現実
今回の東京都のキャンペーン期間は5月から10月までの半年間。仮に1世帯が1リットルずつ廃油を提供するとすれば、737国内線1便分の燃料を確保するだけでも、約8,000本のペットボトルが必要になる。しかもこの数字は、提供された油の全量がSAF製造に適合し、無駄なく処理されるという理想的な前提に立ったものだ。
こうした現実を踏まえると、家庭からの回収だけで航空機を動かすには、物量的に限界があることは明らかだ。
現実的な打ち手は何か
では、どのようにすれば実効的なSAF供給体制が築けるのか。
まずは、家庭油と同時に、飲食店や食品工場などの事業系廃油を一体的に回収していくことが必要だ。事業系から出る廃油の量は家庭の4倍以上とされており、効率の面でも期待が大きい。
さらに、使用済み油だけに頼らないSAF製造技術の多様化も求められる。動物性脂肪や藻類、さらには廃プラスチックなどを原料とする技術も開発が進んでおり、これらを組み合わせた供給網の構築が中長期的なカギとなる。
また、石油精製所の設備で未処理のバイオ原料を石油と一緒に精製する「コ・プロセッシング」という手法も注目されている。この手法では、最終製品中の5%程度がバイオ由来成分となるが、既存のインフラを生かせるため、導入コストの面でも有利とされる。
小さなペットボトルと巨大な翼
東京都が呼びかける家庭油回収は、量的には微々たるものに見えるかもしれない。1リットルの使用済み油が変換されて得られるSAFは約600ミリリットル。それは737を約2秒間飛ばすだけの燃料に過ぎない。だが、その小さな行動が「廃油は捨てるものではなく、資源である」という社会的認識を広げる契機になるのであれば、その意義は決して小さくはない。
脱炭素社会に向けた第一歩として、今私たちが注ぐその一滴が、未来の空を支える燃料になる可能性を秘めている。都のキャンペーンはその象徴であり、同時に供給現実と技術革新の必要性を可視化する重要なステージとも言える。