
「定年を迎えたら収入が大幅に減る」という常識が変わりつつある。人手不足が深刻化するなか、多くの企業がシニア人材の活用を強化し、定年延長や再雇用の待遇改善を進めている。三菱UFJ銀行の再雇用者の給与引き上げ、大和ハウス工業の定年延長、JALのシニア雇用制度改革など、今、企業はどのようにシニア人材を活用しているのか。
本記事では、シニア雇用の最新動向とその背景に迫る。
なぜ今、シニア雇用が変わるのか?
少子高齢化が加速する日本において、労働力の確保は企業にとって喫緊の課題となっている。特に、団塊世代の大量退職が進む中で、企業は即戦力となる人材を確保する必要に迫られている。2021年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業機会確保が努力義務となったことも、企業のシニア雇用改革を後押ししている。
厚生労働省の「高年齢者雇用状況等報告」によると、2023年時点で65歳までの継続雇用制度を導入している企業は99.4%、70歳までの継続雇用制度を導入している企業は32.6%にのぼる。こうした制度の整備が進むなか、企業はシニア人材の活用方法を再考し、待遇の改善に動いている。
シニア雇用の変化 企業の最新事例
大和ハウス工業:選択制の定年延長と取締役の定年引き上げを実施
大和ハウス工業は2025年4月から、定年を67歳まで延長し、社員が65歳か67歳のどちらかを選べる制度を導入する。給与や賞与はどちらを選んでも変わらず、シニア社員の柔軟な働き方を支援する。また、社内取締役の定年も従来の67歳から70歳へ引き上げ、代表取締役の定年も69歳から73歳へと改定。会長・社長職の上限を75歳とすることで、経営層におけるシニア人材の活用を促進する方針だ。
富士電機:定年65歳への統一と賃金引き上げ
富士電機はこれまで選択制を採用していたが、定年を65歳に統一することで長期的な人材活用を推進している。これに伴い、60歳以上の従業員の賃金水準を引き上げ、シニア社員が安心して働ける環境を整備。経験豊富な人材を活かすことで、技術継承の強化も狙う。
大阪ガス:段階的な定年引き上げと役職定年の廃止
大阪ガスは段階的に定年を65歳へ引き上げる方針を示しており、特定の年齢を超えても重要なポストにとどまることが可能になる。また、55歳の役職定年を廃止し、年齢に関係なくマネジメント業務に従事できる環境を整備している。
三菱UFJ銀行:再雇用の給与を最大4割引き上げ
三菱UFJ銀行は、再雇用制度の大幅な見直しを進め、定年後の給与水準を最大4割引き上げる。これにより、定年前と同等の収入を維持しやすくなるほか、週5日勤務を選択すれば年収1,000万円も可能となる。シニア行員の意欲を高め、業務の継続性を確保する狙いがある。
阿波銀行:65歳以上の再雇用を月給制に変更
阿波銀行は、65歳以上の再雇用者をパート待遇から月給制の嘱託社員へと変更し、年収を最大2倍に引き上げた。これにより、長年培ったスキルや知識を引き続き生かせる環境を整え、シニア社員の働きがいを向上させる狙いがある。
JAL(日本航空):高評価者は年収1,000万円超
JALは、再雇用シニア社員の給与を現役時と同水準に維持する新制度を導入した。さらに、評価制度を取り入れ、成果に応じて高収入を得られる仕組みを構築。特に高評価を受けた社員は、年収1,000万円超の待遇を受けられる可能性がある。
秋田銀行:役職定年を廃止
秋田銀行は、55歳の役職定年制度を廃止し、年齢を問わずマネジメント層として活躍できる環境を整えた。これにより、長年の経験やスキルをより長期にわたって発揮しやすくなっている。
バンダイ:シニア社員の年収を平均58%引き上げ
バンダイは、61歳以上の定年再雇用社員の年収を従来比で平均58%引き上げ、シニア人材の待遇改善を図った。給与の算定方法を見直し、定年前と同水準の収入を維持しやすい仕組みを構築している。
企業がシニア雇用を強化する理由
1. 労働力不足の深刻化
少子高齢化が進む日本では、若手の即戦力人材を確保することが年々難しくなっている。特に製造業や金融業など、専門知識や経験が求められる業界では、シニア人材の活用が不可欠となっている。企業にとって、定年を迎えた熟練社員の雇用を継続することは、即戦力の確保と業務の継続性を維持するための重要な施策となっている。
2. 経験とノウハウの活用
長年にわたり企業の発展に貢献してきたシニア社員は、業務に関する専門知識やノウハウを豊富に有している。これらの経験は若手社員の育成や技術継承に不可欠であり、多くの企業がシニア社員を指導役として再雇用している。特に、研究開発や営業戦略の分野では、シニア社員の知見が企業の競争力を高める要因となっている。
3. 法改正の影響
2021年の改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となった。これにより、企業は定年延長や再雇用制度の見直しを迫られており、給与水準の改善や勤務形態の柔軟化など、シニア雇用に関する改革が加速している。この流れに伴い、シニア人材の雇用維持が企業の社会的責任(CSR)や持続可能な経営の観点からも注目されるようになっている。
進化するシニア雇用の課題と今後の展望
1. シニア層の給与と若手社員とのバランス
シニア社員の給与水準を上げることは、企業にとって大きなコスト負担となる。特に、再雇用後の給与を現役時と同水準に維持する企業が増える中で、若手社員との賃金格差が問題視される可能性がある。これに対し、一部の企業では成果に応じた報酬制度を導入し、公平性を確保する取り組みを進めている。
2. シニア社員の評価制度の整備
シニア社員のモチベーション維持には、明確な評価基準が不可欠である。現在、多くの企業が再雇用者の業務内容や成果に応じた昇給・昇進制度を導入しており、長く働く意欲を高める工夫を行っている。今後は、定年後も働き続けることを前提としたキャリアパスの設計が重要となるだろう。
3. 業界・企業ごとの対応の違い
定年延長や再雇用制度の整備は、業界ごとに異なる進捗を見せている。例えば、製造業では技術継承を目的としたシニア人材の活用が進む一方、IT業界などでは若手の成長機会を確保するために役職定年制を廃止する動きが見られる。今後も、業界や企業の特性に応じたシニア雇用の在り方が問われることになるだろう。
まとめ
シニア雇用の改革が進む中で、企業は定年延長や再雇用制度の改善に取り組み、シニア人材の活躍の場を広げている。今後も企業の動向を注視し、個人としてもキャリア戦略を見直す必要があるだろう。