通常国会が今月24日に召集されるのを前に、石破茂首相が掲げた新たな政治ビジョン「楽しい日本」に注目が集まっている。このキーワードは、地方創生や東京一極集中の是正を含む政策転換の象徴として位置づけられている。だが、その具体的な狙いや実現性について、賛否両論が巻き起こっている。
「強い日本」「豊かな日本」に続く堺屋太一の思想
石破首相は「楽しい日本」というフレーズについて、次のように説明している。
「我が国は明治維新の中央集権国家体制下で『強い日本』を目指しました。戦後の復興期、高度経済成長期を経て『豊かな日本』を追求しました。そしてこれからは、国民一人ひとりが自己実現を達成する『楽しい日本』を目指すべきです」
この言葉の背景には、作家で経済評論家でもあった堺屋太一氏の遺作『三度目の日本』の影響があるとされる。堺屋氏は生前、明治維新期の「強い日本」、戦後復興期の「豊かな日本」という二つの国家像を歴史的に分析した上で、21世紀の日本が目指すべき次のステージを「楽しい日本」として提唱していた。
同著では、官僚主導の中央集権体制を批判し、多様な地域文化と個々人の幸福を重視する社会の必要性を説いている。堺屋氏はまた、大阪万博や沖縄海洋博といったプロジェクトを通じて培った経験をもとに、地域の特性を生かした発展こそが日本の未来を切り開くと主張していた。
堺屋太一とは
堺屋太一氏(1935–2019)は、元官僚、作家、経済評論家として、多岐にわたる分野で日本社会に多大な影響を与えた人物である。通商産業省(現経済産業省)に入省した後、大阪万博や沖縄海洋博など数々の国際プロジェクトを手掛け、その企画力と実行力で知られる。また、著書『団塊の世代』では、戦後日本を形成した世代に焦点を当て、社会構造や価値観の変遷を鋭く描き出した。
堺屋氏は多くの著書の中で、戦後日本の規格大量生産社会を「物量崇拝と経済効率礼賛の時代」と批判し、多様性を受け入れる新たな文明への転換を提唱していた。彼の言葉には「一億玉砕」のような戦時中の官僚主導の失敗から学び、官僚システムを改革する必要性への強い思いが込められている。さらに、「3度目の日本」を目指すにあたり、中央集権から地方分権へ、規格大量生産から多様性重視への転換が不可欠だと述べていた。
堺屋氏は、自らの経験とビジョンを通じて、「楽しい日本」の実現には国民が安心して自己実現を追求できる環境をつくることが必要だと強調していた。この思想は、石破首相の掲げる政策にも大きな影響を与えている。
地方創生2.0 東京一極集中の弊害を打破する
石破首相はまた、「楽しい日本」の実現に向けた具体策として、地方創生を再構築する「地方創生2.0」を掲げる。首相は次のように強調した。
「地方創生2.0は、単なる地方活性化ではなく、日本全体の活力を取り戻す経済政策であり、多様な幸せを追求する社会政策です。その具体策には、地方での中小企業支援を強化するための補助金制度の拡充、移住者に対する住居提供や就業支援の拡大、さらには教育機関の地方移転促進などが含まれています。また、観光産業の強化に向けたインフラ整備や地域特産品のブランド化支援も重点項目として挙げられています。」
政府が示した基本方針では、東京一極集中がこれまでの経済政策で助長されてきたと分析。地方の多様性や地域コミュニティの価値を高める政策が必要とされている。また、地方が若者や女性に選ばれる魅力を持つことが重要とし、新年度予算案でも地域活性化に重点を置いた。
「楽しい日本」への期待と懐疑的な声
一方で、このスローガンに対する国民の反応はさまざまだ。SNS上では「楽しい日本」が観光客や外国人に向けた施策に偏っているとの批判も見られる。これに対し政府関係者は、地方創生や地域活性化の一環として、観光産業の拡大が地域経済を支える重要な柱であると説明。さらに、国民全体の負担を軽減する具体策も検討中であることを明らかにした。
「消費税の負担を強いられる国民を置き去りにしているように感じる」
また、外国人旅行者に対する優遇政策や、不動産購入の自由化が、国民の利益と相反するのではないかという懸念もある。
野党の反発と政権運営の課題
通常国会では、この夏の参議院選挙を見据えた野党の攻勢が予想される。特に、企業・団体献金の扱いや、年収「103万円の壁」の引き上げ、教育無償化といった課題を巡り、激しい議論が展開される見通しだ。
石破首相は野党に対しても、責任を共有しながら合意形成に努める必要性を訴えたが、過半数割れした少数与党の現状では政権運営のハードルが依然として高い。
終わりに 堺屋太一の遺志を実現できるか
石破首相が掲げる「楽しい日本」は、多様な価値観を尊重し、国民が前向きに自己実現を図る社会の実現を目指す野心的なビジョンである。しかし、政策の実効性や現実との整合性については、慎重な検証が求められる。通常国会での議論が、このビジョンの成否を左右する重要な局面となるだろう。