価格競争に縛られない生産性向上と幸福度へのヒント
働き方改革が言われるなか、日本の企業が抱える課題は依然として山積みだ。
長時間労働が生む疲弊、価格競争に巻き込まれた利益率の低下、そしてサステナビリティへの追随など、日本が乗り越えるべき課題は多い。
これらの課題を解決するためのヒントを、デンマーク社会と働き方から学んでみよう。
デンマーク在住の文化研究家であり、『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)の著者である針貝有佳さんの知見をもとに、日本企業が取り入れるべき考え方を探る。
労働時間が短くても生産性が高い理由
デンマークでは、多くの企業が従業員に求める勤務時間は夕方4時までだ。
さらに、金曜日にはそれよりも早く帰宅することが一般的だ。この短い労働時間のなかで、なぜデンマーク企業は高い成果を出せるのだろうか。
その理由の一つには、仕事の目的を明確化する文化がある。
針貝さんは、「デンマークでは企業が何のために存在しているのかという目的意識が非常に明確で、それを従業員全員で共有しています。そのため、個々の従業員が自分の役割を理解し、優先すべき仕事に集中することができる」と説明する。
このような文化は、無駄な業務を排除し、限られた時間で最大限の成果を上げることにつながっている。
一方、日本では、全体の目的があいまいなまま業務が進むケースが多く、無駄な会議や不要な確認作業で時間を浪費することが少なくない。さらに、日本の企業文化では、長時間働くこと自体が評価される風潮が依然として残っており、その結果、労働者の疲弊や生産性の低下につながっている。
ただ、デンマーク人も、特に管理職は4時で仕事を全て終わらせられるわけではないことを針貝さんは指摘する。4時でいったん家庭に返り、プライベートを楽しんだのちに、夜に残った仕事を片付ける人も多いそうだ。
上下関係や「空気を読む」文化の違い
また、日本の職場では、「空気を読む」というコミュニケーションスキルが重要視される。
上下関係や場の雰囲気を考慮するあまり、自由に意見を述べることが難しい状況がしばしば生じる。一方、デンマークでは、このような概念自体が存在しない。
針貝さん
「デンマークでは、上下関係や年齢に関係なく意見を言うのが当たり前です。先輩や後輩という感覚もほとんどなく、職場では全員が対等な立場として扱われます。
日本語には『生意気』という言葉がありますが、デンマーク語にはそのような言葉が存在しません。若者が意見を述べることを咎めるような感覚自体がないのです」
また、デンマークの職場では、会議や議論の場で全員が意見を述べることが奨励される。
針貝さんは、「問題をすべてテーブルの上に並べる」という表現を挙げ、職場での透明性と自由な意見交換の重要性を強調する。この文化は、従業員一人ひとりの心理的安全性を高め、結果としてメンタルヘルスの向上にも寄与している。
一方で、日本では「空気を読む」ことが過度に求められるため、意見を言い出すことが難しい環境が多い。これが結果として、コミュニケーション不足や意思決定の遅れにつながることもある。
政府への信頼が生む安心感が社会全体を支える
働き手の生産性を支えるもう一つの要因が、デンマーク社会全体に根付いた「信頼」にある。デンマークでは、日本の消費税にあたる付加価値税率が25%と非常に高く、軽減税率もほぼ導入していない国。
ただ、税金が高い一方で、医療や教育が基本的に無料で提供されている。そのため、国民は将来への安心感を持ちながら生活することができる。
針貝さん
「デンマークでは政府に対する信頼が強いです。自分たちが納めた税金がどのように使われているのか透明性が高く、それが社会の仕組み全体への安心感につながっています」
この信頼感は、従業員がプライベートも充実させながら働ける環境を支えている。
一方、日本では、年金や医療制度の将来的な持続可能性への不安が残り、社会全体の安心感が十分に醸成されているとは言い難い。
このような不安感が、人々の仕事への集中力や生産性にも影響を与えている。
価格競争から脱却するデンマーク企業の戦略
日本企業が直面しているもう一つの大きな課題が、価格競争の激化だ。大手企業が中小企業に対して「安く作る」ことを要請し、利益率が圧迫される構図が日本ではよく見られる。
しかし、デンマークではこのような状況は異なる。 デンマーク企業は、「高付加価値」を提供する戦略を重視する。
針貝さん
「デンマークでは、誰もが作れるものを安く大量生産するのではなく、独自性や高品質が求められる製品やサービスで差別化を図り、高い価格で販売することを重視しています」
このような戦略は、価格競争に巻き込まれることを避け、企業の収益性を高めるだけでなく、従業員の労働条件の向上にも寄与している。
さらに、デンマークの企業文化では、少数精鋭で効率的に仕事を進めることが求められる。余分な人員を確保するのではなく、一人ひとりに責任を持たせ、その分しっかりと報酬を支払う。
針貝さん
「デンマークでは、少人数で成果を出すために、従業員一人ひとりを信頼し、任せる文化が根付いています」。
サステナビリティが企業価値を高める
デンマークの企業が重視するもう一つの要素が、サステナビリティだ。
針貝さんによれば、「デンマークでは、環境に優しい製品やサービスを提供することが企業の競争力を高めると認識されています。サステナビリティへの取り組みは、企業価値そのものを向上させる」と語る。
たとえば、風力発電や再生可能エネルギーといった分野で、デンマーク企業は世界的に高い競争力を誇る。
一方で、日本では、環境配慮型のビジネスがまだ十分に普及していない。この分野での遅れを取り戻すためには、環境問題に積極的に取り組む姿勢が求められる。
メンタルヘルスを守る職場づくりが生産性を高める
デンマーク社会が示すもう一つの重要な教訓は、職場でのメンタルヘルス対策の重要性だ。デンマークの職場では、会議やチーム内でのコミュニケーションが非常に重視されている。
「問題をすべてテーブルの上に並べる」という文化があり、従業員は自由に意見を述べることが奨励される。
これに対して、日本の多くの職場では、上下関係を重視する文化や「空気を読む」ことへの過剰な配慮が、自由な意見交換を妨げている。
針貝さんは、「組織内で意見を言いやすい環境を作ることが、メンタルヘルスの向上と生産性アップにつながります」と指摘する。
日本企業が進むべき道:信頼と価値創造の推進
針貝さんは、日本企業がデンマークの成功例から学ぶべきポイントとして、「価格競争からの脱却」「信頼に基づく文化の構築」「サステナビリティの推進」の三点を挙げる。
特に、日本企業が独自の付加価値を提供し、価格競争に巻き込まれない体制を作ることの重要性を強調する。
また、針貝さんは、「少数精鋭で効率的に働くことを目指し、従業員一人ひとりを信頼する文化を作ることが、日本企業の生産性向上と働き方改革の鍵になる」と語る。
デンマークの成功事例は、日本が直面する課題を解決するための貴重なヒントを提供している。働き手の幸福を重視しながら、企業の競争力を高める新しい働き方の実現を目指すべきだ。(取材協力:茂呂哲也)
<プロフィール>
針貝有佳
デンマーク文化研究家(北欧デンマーク在住)
世界トップクラスの「国際競争力の高い国」「幸福度の高い国」「SDGs先進国」デンマークで暮らす、デンマーク文化研究家。ライター・リサーチャー・翻訳家としても活動している。14年以上にわたってデンマークのナマ情報をウェブ・雑誌・テレビ・ラジオ・新聞などから情報発信。70以上の媒体に向けて執筆記事は400本以上、テレビ出演は10回以上、企業向けのレポート制作は300事例を超える。近刊『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)が5万部突破。