ジャニーズの性加害問題について、人権問題の観点から紹介する。
2023年4月12日、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏がジャニー喜多川氏による性被害について会見を行った。これが実質ジャニー喜多川氏の性加害の告発となり、その後さまざまな人が続いて声を上げている。
60年近くにわたって見過ごされてきたジャニー喜多川氏の性加害
ジャニー喜多川氏の性加害に対して初めて報道があったのは1965年だった。その後何度か週刊誌等でその話題が取り上げられることはあったものの、大きな話題とならずすぐに消えてしまった。また、1988年にはジャニーズグループ「フォーリーブス」のメンバーであった北公次氏がジャニー氏による性被害を書籍に綴ったものの、テレビで扱われることはなかったという。
その後、1999年の週刊文春が14週連続で性加害等の疑惑を掲載したキャンペーン報道があり、2004年には最高裁が「記事の重要部分は事実と認める」と性加害の事実を認定した。しかしそのときも大手メディアは黙殺に近い扱いだった。
週刊誌など、性加害を問題視し社会に訴えてきたメディアもある一方で、長きにわたって見過ごしてきたメディアもあるのだ。しかもその当時は今と比べてテレビの拡散力が大きく、テレビでの報道の有無によって社会の機運も違っていたことだろう。その結果、ジャニー氏が亡くなるまでこの性加害問題は水面下で根を張り続けていたのである。
ジャニーズ性加害の問題のありかは社会そのもの
問題のありかは、「何があって何がなかったのか」「誰がされたのか」「事務所の対応は、これからどうするのか」「あの人はどうするのか」ではない。そういう事実があったことを見過ごし、問題解決を先延ばしにしてきたこの社会にある。60年近くにわたり、この問題は多くの被害者を生み出し続け、止めることができなかった。つまり、それを知っていた人たちが「きっといつか止まるだろう」「彼がいなくなるまではどうにもならない」「ジャニーさんは恩人だから」などと見過ごしてきたのだ。
何十年と前からその噂や事実が知られている中で、何百人もの子供に対する性加害が長きにわたって横行するには、一人の悪行だけでは厳しいものがある。つまり、周囲にいる大人たちの小さな無視が、大きな無視を形成したのである。
損得や権力ががんじがらめになって動くことができなかったのも理解できる。問題視しながらも何もできない人たちがいたであろうことも想像に難くない。
「恩を仇で返す」デヴィ夫人の批判
実際、ジャニー氏と親交のあった芸能人の中で、声を上げる人もいれば、だんまりを決め込む人もいる。注目を浴びたのは、少年隊のメンバーであり、最年長として口を開いた東山紀之氏の「そもそもジャニーズという名前を存続させるべきなのか」といった発言だ。
一方で、デヴィ夫人は「ジャニー氏が亡くなってから、我も我もと被害を訴える人が出てきた。死人に鞭打ちではないか。本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない。」「恩を仇で返すとはこのことではないか。非礼極まる。」という発言をしている。
デヴィ夫人の言い分にも、理解できる部分はある。同じように、ジャニー氏の死後このような事態になっていることに何か物申したい人もいるだろう。
たしかに、現状を客観的に見ると死人に鞭打ちである。しかし、いま社会が求めていることはジャニー氏の罪を暴くことや、事務所への制裁ではない。その先にある、性加害のないクリーンなアイドルグループ運営だ。同じ轍を踏まないよう、またアイドルの置かれる環境を整備するために、いまさまざまなところで動きがあるのだ。
人権問題は内部からの崩壊を招く
正直なところ、この問題が約60年という長きにわたってはびこってきたのは時代と環境による部分もあるだろう。「時代」などと簡単に一言で片づけるのは望ましくないが、事実として、スマートフォンやインターネット、SNS、さまざまなプラットフォームが普及していない時代に、少ない人数で大きな告発をすることはあまりにも骨が折れるしリスキーだ。人を集めるのも容易でなく、何らかの権力でもみ消されたり、一瞬だけ話題になって忘れられていったりしただろう。
しかし今はそうではない。インターネットの普及により、情報は発信、拡散しやすくなり、それに対する反応は可視化され、数の大きさや情報の煩雑さゆえにもみ消すことは不可能だ。そして世間の声は社会の動きとして目に見えるほど大きくなる。このように、それまで水面下にあった問題が表ざたになり、社会に問題として提示されるための環境やプロセス、事例ができてきているのだ。カウアン氏による告発は、今後何かを告発したり、社会に対して問題提起を起こす際の後押しとなるかもしれない。
ジャニーズ性加害の問題は期間が長く、被害や影響を及ぼす範囲も大きかったためにこれだけ大きく取り沙汰されているが、似たような問題は今もいろいろなところで起きているだろう。権力や立場を乱用して性加害に及ぶことは、民間企業の内部でもありえる話だ。
いまは人権DDという言葉で説明されるように、サプライチェーンを含めた事業における人権のリスクを管理することが求められている。そこに怠りがあると、今回のジャニーズ事務所のように内部から崩壊し、ゆくゆくは外部も崩壊していく。実際、「性加害問題を知っていたらお金を払わなかったのに」「応援が問題を加速させていたのでは」などと心を痛めたファンたちがいて、アイドル業界全体に大きな影響を及ぼしている。持続可能な組織であるためには、関わる人たちの人権を大切にすることが必要なのである。そこの整備ができなければ、崩壊への道をたどる一方だ。ジャニーズ問題は、今まさに組織に対して人権という問いを投げかけている。
【参考】
英国人記者が見た「日本特有の問題」ジャニーズ性加害問題がうつす日本【5月25日(木)#報道1930】|TBS NEWS DIG
ジャニーズ性加害報道、最初は「1965年」 雑誌や書籍の追及はなぜ見過ごされたか
デヴィ夫人の発言が物議…ジャニ―氏と交友“ご意見番”たち 性被害問題へそれぞれのスタンス(日刊ゲンダイDIGITAL) – Yahoo!ニュース