八木橋パチ
「ソーシャルグッドな活動をしている誰か」を訪ねて、その人との雑談を通じてその活動内容や思いなどをご紹介していく「八木橋パチの #ソーシャルグッド雑談」その第3回。
今回は環境設備エンジニアとしてデンマークを中心に活躍している蒔田 智則(マッキー)さんと雑談してきました。
蒔田
だってみんな口ばっかりじゃないですか。パリ協定で気温上昇を1.5℃以内に近づけるように努力するって言ったけど、その後全然何もしていないも同然ですね。なんかもう「本当は諦めているんじゃないの!?」って雰囲気すら漂ってるじゃないすか。
本当に分かってます? これ、実行できなかったら人や動物や植物もどんどん死んでいくことになるんですよ。今が、世界が衰退していくのを止めるラストチャンスかもしれない…いや、多分、ラストチャンスなんですよ。それなのに、いつまでたっても腰が重い。そんなのオカシイしツマランでしょう!
僕は、子どもにこんな世界を残したくないすよ。金持ちたちが金持ちのままでいるための企業と企業が何だかふわっとつながってるだけのサーキュラーエコノミーとか、そんなの全然興味が持てない。
「誰かがやってくれる?」…誰もやってくれないですよ! やるのは自分たちっしょ!
パチの心の声
この日、マッキーこと蒔田 智則は怒(イカ)っていた。 「いやー、久しぶりだね。デンマークを起点に環境設備エンジニアとして活躍しているマッキーさんにはさ、きっとみんなより少し先の世界が見えていると思うんだよね。今日はさ、そんなマッキーさんの最近の活動とか心境なんかについて雑談したいなーって思ってるんで、よろしくね。」 ——こんな、おれのゆる〜い質問が火を点けたのかもしれない。
イベント「未来を耕すサーキュラーエコノミー」@NIB WORKSPACE by MIDORI.so の始まる1時間ほど前に3人で
中央:蒔田 智則(マッキー)
エネルギーデザインの視点からさまざまな建築プロジェクトに携わる環境設備エンジニア・空気のエンジニア。ロンドンの歴史的な街並みに魅了されて渡英し、歴史的建築物の保存や改修について仕事を通じて学ぶ。デンマーク人と結婚後、子どもが生まれるのを機にデンマークに移住。デンマーク工科大学大学院で建築工学修士号修了。2017年より現在の職場であるhenrik-innovation に加わり、サステナブル、エネルギーデザインを軸にデンマークを中心に多くの建築プロジェクトに携わる。
右:我有 才怜(がう さいれい)
2017年メンバーズ新卒入社。社会課題解決型マーケティングを推進するほか、気候変動への危機感や市民運動への興味から国際環境NGOでも活動中。2023年4月1日、メンバーズ社内に開設された「脱炭素DX研究所 」の初代所長に就任。IDEAS FOR GOODと共にWebメディア「Climate Creative 」運営中。
左:八木橋 パチ(やぎはし ぱち)
バンド活動、海外生活、フリーターを経て36歳で初めて就職。2008年日本IBMに入社し、社内コミュニティー・マネージャーおよびコラボレーション・ツールの展開・推進を担当。社内外で持続可能な未来の実現に取り組む組織や人たちとさまざまなコラボ活動を実践し、取材・発信している。脱炭素DX研究所 客員研究員。WORK MILLにて「八木橋パチの #混ぜなきゃ危険 」連載中。
パチ
マッキーさん、めちゃ怒ってるね。でもさ、その怒りは日本社会と日本人に向かっているの? デンマークとデンマーク人は、日本よりも全然やっているわけ?
蒔田
いや、今の社会に怒ってます。デンマークもできている訳じゃないですよ。デンマークだけじゃなくて、ヨーロッパもどこもできていない。脱炭素もSDGsもサステナビリティもどれも足りていない。どれもなんかズレてますよ。
日本は何かというと「デジタル化」、デンマークは「木造化」、ヨーロッパは「スマートシティ」。僕は建築業界にいるエンジニアなので、数字をずっと見続けてきてそれが意味するところを感覚的に掴めるようになっているけれど、全然良くなってきていない。どれも今より良い未来につながっている感じがしません。
我有
そうなんですか? 日本からデンマークやヨーロッパを見ていると、なんだかずっと先に進んでいるように見えていたんですけど。
蒔田
部分部分を見ればデンマークの方が進んでいるところがたくさんあると思うけど、でもデンマークもまだまだセメント・コンクリート業界が強かったり、ゴミの分別なんかもまだまだシビアじゃなかったりするし、ずっと進んでるわけではないと思いますよ。
パチ
そうなのか。
じゃあヨーロッパやデンマークのスピード感を持ってしても、2030年の気温上昇を1.5度以内するとか、2050年までにカーボンニュートラルを達成するとか、難しいだろうって思う?
蒔田
思いますよ!
2030年や2050年を見据えるにしたって、今現在のこんなスローペースで達成できるとは思えないし。むしろ前倒しで達成するくらいのスピード感で進めるくらいの意思がないと、達成できないでしょう。
パリ協定は2015年ですよ、8年前。もう8年も無駄にしてしまった。もっと早め早めに取り組みをスタートしていれば、もっとクリエイティビティを発揮して、もっと楽しめる要素も入れ込みながらできたはずなんです。
…でも今のこの状態が続いていくと、楽しめる要素なんて何もない。強制的な命令で進めていくしかなくなっちゃうんじゃないですかね。
…まあね。もうすでに限界なのかもしれない。NO FUTUREかもしれない。それでもROCK ‘N’ ROLL IS NOT DEADを信じて、正しいと思うことをやっていくだけでしょ。
パチ
「信じて正しいと思うことをやる」と言えば、マッキーさんは最近、いくつか続けざまに日本でプロジェクトをやっていると思うんだけど、環境設備エンジニアとして、そして空気のエンジニアとして、「いい仕事したな」って一番強く思っているものを教えてもらえる?
蒔田
三重県いなべ市のグランピング施設「Nordisk Hygge Circles UGAKEI 」ホームページより
蒔田
我有
それはすごいですね。日本にもうすでにカーボンネガティブの施設があるんですね。
蒔田
なんかふわっとしたサステイナビリティとかのテーマをしっかり数値で表していく事はとても大事だと思います。
あ、我有さんパチさんごめんなさい。そろそろイベントの準備しなくちゃいけない時間だ。じゃあまたあとで!
「未来を耕すサーキュラーエコノミー」でプレゼン中のマッキーさん。「その土地にはその土地に合ったサステイナビリティがある!」
パチの心の声
マッキーさんの講演は「量換算すると約18kgもの空気を吸っているのに、なぜその『質』にもっと意識を向けないのか?」という参加者への問いからスタートしました(なお、空気の質で、生産性は10%以上変わるという調査結果もあるそうです)。 その後、夏に扇風機が飛ぶように売れるようになったという話や、「1000年に1度」の大雨がここ10年で3度も降ったことなど、長くデンマークで暮らしているからこそ分かる気候変動の話を交えて、環境設備エンジニア視点での「サーキュラーエコノミーへのアプローチ」を、事例を交えて語られていました。 イベント全体は、4名の登壇者がデンマーク、オランダ、京都、秋田県など、それぞれが軸足を置いている地域での循環型の取り組みをメインに紹介するものでしたが、そこからおれが受け取ったのは、「受け身でいるのではなく自分たちから行動を起こしていこう」ということ 、それがサーキュラーという「輪」の可能性を最大化するためのアクションだというメッセージでした。 社会と地球環境をより良い方向へ向かわせるのが「サーキュラーエコノミー」ならば、その「資源循環の輪」の数はたくさんあった方がいいし、それぞれの輪もある程度の規模までは大きくなったほうが良いはずです。 新たな輪を作ること。既存の輪の存在を知ってもらえるよう発信すること。輪に加わりたいと思ってもらえるきっかけを生みだすこと——。「おれはどんな形で、より深く関わっていくことができるだろうか?」なんてことを今考えています。
若干の話し足りなさを感じつつ、おれと我有さんでマッキーさんとの雑談を振り返ってみました。
パチ
おれ、最初ちょっとビックリしたんだよね。「え、マッキーさんなんでそんなにイカってんの?」って。
でも、話を聞いているうちに、「なんてこった。おれは自分でも気づかないうちに、マッキーさんみたく怒りを素直に表明できないくらい諦めていて、現状を受け入れちゃっているってことじゃないか」って気づかされて。
…なんだか少し悲しくなったんだよね、本当のことを言うと。我有さんはどう?
我有
私も同じです。「数年前までは、私もああやって怒っていたんじゃなかったのか。忘れてしまってはいないだろうか」って思いました。
あの後、考えていたんですけど、マッキーさんの怒りの矛先は「ふわふわ耐性」だったんじゃないですかね。
確かな歩みや足取りがまったく感じられない、そんなふわっとした取り組みにすっかり慣れてしまって「まあでも動いている人もいるし、なんとなく大丈夫。わからないものはわからないんだもの。」みたいな。国や企業、社会に対するそんな私たちの受け止め方に。
パチ
「ふわふわ耐性」ね、なるほどたしかに。
これはイメージでしかないけど、デンマークやヨーロッパ諸国だと、2050年の目標を立てたら、そこに至るステップを大胆かつ実現可能性も踏まえて細かく段階目標を立てて、その達成度合いを確認していくんじゃないかな。最終と中間地点1箇所の数値目標を立てるだけじゃなくて。
我有
私も詳しく見ていないのではっきりは分かりませんが、そういうイメージありますね。
パチ
それからさ、「今の状況に対して声をあげることも大事だけど、その先を、さらに先を考えることも必要でしょう?
みんな、『脱炭素の先』のこと考えていなくないですか?」ってマッキーさんが言ってたでしょう?
あれも、おれには結構衝撃的だった。「…しっかり考えてなかったわ…」って。どう思った?
我有
連載第1回目 の時に「脱炭素は手段であって目的ではない」って話をしたの、パチさん覚えてらっしゃいますか? 「炭素依存の社会構造からの脱却が目的のはず」って。
あのときに少し話したと思うんですけど、私、思うんです。 「これからの自分の人生において、脱炭素って、そんなに魅力的なテーマだろうか?」って。
…これから10年、20年…2050年だともっとですよね。そのとき、私は60歳くらいになっていて、そのときもまだ脱炭素を追っているのか、追っていたいテーマなのかな? って。
個人としてであれ仕事としてであれ、2050年までずっと注力していかなきゃならないテーマが「脱炭素」って…。なんだか少し切ない気分になります。
パチ
その通りだね。脱炭素がいつまでも最重要テーマの社会は貧しい社会だ。
我有
今、つい先日見たNHKスペシャルのことを思い出しました。
「課題解決をしたがる脳」という人間の特性と、その実現を手助けする「20世紀に急伸した技術」が、対処療法的な解決を際限なく繰り返させた結果が現在の気候危機である、そんな内容の番組でした。
たとえば今、グリーンテックと呼ばれる分野の中では、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)というCO2排出に対応する技術も進んでいますよね。でも、気をつけないと、その技術が次の社会課題を生み出したり、「課題解決してる感」を助長してしまうということになりかねないですよね。
参考 | ヒューマンエイジ 人間の時代 第1集 人新世 地球を飲み込む欲望
パチ
へー。おもしろそうだな、その番組。おれも観てみよっと。
おれもね、我有さん話を聞きながら「ネガティブ・ケイパビリティ」って言葉を思い出していたんだよね。聞いたことある? 簡単に説明するね。
一般的なケイパビリティ、つまり能力のイメージって、「答えを見つけること」や「問題を解決すること」、それも「できるだけ早く」だったり「強力な突破力」だったりするでしょ。それに対し、ネガティブ・ケイパビリティは、「不確実性や未解決のものをそのまま受け入れる能力」、「答えの出ない、あるいは対処しようのない状況がもたらす不安や恐怖に耐えて、そこに留まる能力」のことなのね。
それは「諦め」とか「思考停止」ではなくて、もっと前向きなの。前向きで、選択的に不安や脅威を直視する感じ。おれの言葉で言うと「居心地わるい状態の中で、居心地よく研ぎ澄まされたままの自分でいること」って感じかな。
我有
なんか、分かる気がします。そしてそれって、最近の私たちがどんどん失っている力なんじゃないですかね。
パチ
そうなんだよ。だからこそ、現代社会でますます貴重な能力になってきていて、注目が集まってきているんだと思う。
それで、改めてマッキーさんの話を捉え直してみるとね、「脱炭素の先を見据えた課題設定」とか、「急ぐけど焦らないクリエイティビティ」とか、なんだかこれってネガティブ・ケイパビリティの話だなーって思ったんだよね。
我有
私も、そこには大きなヒントがあるような気がします!
パチ
4年前。コペンハーゲンのレストランで同じ3人で
さて、次回は誰のところに雑談しに行こうかなぁ。クリエイティブに、焦らずに先に目を向ける…。 Compath かな? 聞いてみよっと。