会社は誰のものなのか。アメリカ流のコーポレート・ガバナンス理論が浸透し、ROE(株主資本利益率)やROI(投資効率)といった指標を過度に重視する経営が、日本でも一般的になりつつある。それに伴い、「会社は株主のモノ」と言い切る人が増えている。
かつて松下幸之助は、「企業は社会の公器」と看破した。今は、そうした古き良き日本の経営観が変わる端境期なのかもしれない。だとすれば、松下幸之助やオムロンの立石一真など社会貢献を意識した経営の在り方は、後世では如何に評価されるのだろうか。
しかし案ずることなかれ。この流れに歯止めをかける考え方が“日本発”で提唱されているのだ。名を『公益資本主義』。提唱者は原丈人氏。実業家や考古学者、ベンチャーキャピタリストといった多彩な顔を持っている方だ。どれだけ多彩か、肩書きだけ並べても国連政府間機関特命全権大使、アメリカ共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、ザンビア共和国大統領顧問、首相諮問機関の政府税制調査会特別委員、財務省参与、カトリックのイエズス会理事など日欧米の公職の歴任、更にコクヨ創業者、黒田善太郎の孫でもある。
とまぁ、こんな人いるのかって人なのだが、先の経済財政諮問会議で「日本型資本主義」による新しい経済成長モデルを提案し、日本の将来を見据えるこの原丈人氏とはいったい何者なのか。公益資本主義、新しい資本主義とは日本を救うものなのか、色々とお聞きした。
個人的には、話を聞き終わった後、この人が日本人でよかった、と心底思うと同時に、これからの宿題を預かった気になった。
◎取材・文:加藤俊 /撮影:早坂義徳
※本記事は、株式会社Sacco運営のメディア、BIGLIFE21で掲載した記事を再構成して転載したものです。
金融工学の驕り
加藤
原さんの提唱する「公益資本主義」は、企業は社会の公器たれ、といった日本流の経営哲学の良さを再構築して、行き過ぎた金融主導型の経済に喝!を入れるものなのでしょうか。
原
う~ん、それは誤解があります。資本主義や会社は、人々がともに幸せになるためにあるものです。公益資本主義はその意味で新しい考え方ではありません。会社とは何か、幸せとは何かを問い直し資本主義の原点に立ち戻るものなのです。
というのも、会社は株主だけのものではありません。従業員や顧客仕入れ先地域社会、そして地球全体など、様々なステークホルダーがあります。日本語では、このステークホルダーという言葉が「利害関係者」と訳されますが、僕はこの訳に違和感を覚えるんです。従業員や顧客は利害関係者なのでしょうか?
本来、これは「会社を構成する仲間」とでも訳されるべきです。あるいは、福沢諭吉がよく使った「社中」という言葉。こちらの方がしっくりきます。
そして、この社中で利益を分配するという考え方を基にするから、「企業は社会の公器」という企業哲学が生まれるのです。
古き良き日本流の経営哲学とは、こうした哲学や理念を指しているのでしょうが、この考え方はなにも日本だけのモノではありません。「今」も世界中の殆どの人達が信じています。ただ、ご指摘のようにアメリカ流のコーポレート・ガバナンス理論の影響下にある最近のベンチャービジネスマンまで全員が、共有しているとは言えなくなっています。
加藤
変化はいつ頃から起こり始めたのでしょうか。アメリカも嘗ては企業は従業員や顧客、仕入先などを含めたパブリック(公的)なものと捉える人たちが多かったと思うのですが。
原
明らかに変質していったのは、1980年代以降でしょう。これには大きな理由が2つあります。「経済学の発展」と「社会主義勢力圏の没落」、です。
80年代以降、ファイナンスという学問は、本来計量出来ないモチベーションや幸福度など個人の感情に属する定性的な領域まで、何もかもを定量的な数字で分析しようと挑戦していった。この数字による評価方法を重視する風潮は、今のアメリカではすでに限度を超えたところまで来ています。
それでもまだ、無理やり計量化・数値化した挑戦者達はいわゆる経営学の大家として、脚光を浴びている。彼等によって、金融資本主義は原理において誤りがないと広められたんです。僕は、経済活動が持つ複雑さは、「今」の経済学が駆使している程度の数学では、後づけの説明にしかならないと考えています。
もう一つ。社会主義勢力圏が没落したことも、アメリカ流の資本主義が暴走する要因になっています。社会主義や共産主義という対立する概念があったからこそ均整がとれていたのです。
加藤
その均衡が崩れて、アメリカ流の資本主義は暴走し始めた、と。しかし、経済全体がマネーゲームの様相を呈することは、それほど悪いことなのでしょうか。世界経済の成長を支えていることは事実ですし、景気は実際に拡大しています。
原
それは見せかけですよ。現在の景気拡大はリストラによる人員削減や資産圧縮でROE が向上して、企業の株価が上がっているだけ。大幅な金融緩和を背景とした過剰流動性によって表面上活性化して見えるだけなのです。事実、世界的な失業率は今もなお高い。
さらに、株式市場は次世代を牽引する産業が何かを特定できていない。このままでは、世界中で金融危機が繰り返される。そして、社会に本当に有用な企業が崩壊していってしまう。
加藤
「会社は株主のモノ」という考え方が、産業の発展をも阻害しているのですか。
原
ええ。企業から新しい産業を生み出す活力を奪うのです。なぜか。良い製品を作ることや将来のことよりも、「今」の時価総額を上げることが優先される考え方だからです。
加藤
自社工場を売却したり、正社員をリストラしたりして資産を切り離して、ROEを上げる企業のことを指しているのでしょうか。
原
そうです。リターンを出すには研究施設や工場などは持っていない方がいい。正社員も少ない方がいい。で、人材派遣に切り替える。その方がROEは上がります。つまり、リースだとか人材派遣業だとかEMSといった業種は株主資本主義の流れと共に繁栄した産業なのです。
で、この株主資本主義の極端な例を言うと、社会のことはどうでもいい。株主だけがお金を手に入れればいい、となる。株主から短期間で高いリターンを要求される経営者が、中長期の研究開発を捨てて効率化やリストラに腐心し、ストックオプションを駆使して、自分の利益をいかに貪ってきたか。ひとつ端的なアメリカン航空の例があります。
ワンタイムの200億円ボーナス、ほくそ笑むCEOゴロ
原
2008年に航空機不況で、経営陣が従業員に対して、340億円分の給与の削減を迫ったことがありました。会社が潰れてしまうので協力してくれ、と。従業員は仕方なくその要求を認めたのです。ところが、それで大幅に経費を削減できた経営陣が次にしたことは、自分たちが200億円のボーナスをもらうことでした。しかも、アメリカン航空の社外取締役がそれにお墨付きを与えて、コーポレート・ガバナンス上何も問題無いと結論づけたんです。
会社は株主のものであり、企業の価値を上げることに貢献した経営陣にボーナスを渡すのはあたりまえだ、と。
これはもう、異常ですよね。ところが、僕が80カ国の国家公務員に講義したところ、「おかしいと思わない」、そう言った国が2カ国ありました。どこだと思います? アメリカとイギリスです。
加藤
アメリカとイギリスの方はその考え方を受け入れることができたのですね。
原
そう。なぜかというと、会社は株主のものだから。従業員に対する340億円という給与は会社に対する負債。この毎年続く負債を経営陣はカットした。イコール会社の価値を上げたのだから、ワンタイムの200億円のボーナスを支払うのは、何らおかしいことではない、と。
加藤
凄い考え方ですね。ただ、日本の産業はアメリカの後追いで、何周か遅れて入ってきていますよね。現時点でアメリカやイギリスがそのような考え方であるなら、日本もこのまま行くと程なくしてそのような極端に思える考え方が主流になっていくのでしょうか。
原
おっしゃるとおり。このまま行くと、そういうことになる。更に進めば、金融資本主義。これは株主資本主義の成れの果てです。この成れの果ての連中が起こしたのが金融危機。この金融危機を起こした連中というのはステークホルダーの中で簡単に言うと他のステークホルダーがいません。仕入れ先も、顧客もいない。顧客なんて鴨でしかない。まさにゼロサムゲーム。百人いれば、株主以外の99人が損をする構造です。
加藤
原
その通り。株主は儲かるが、社会に対する還元がないから、お金持ちはいるが社会はどんどん荒れ果てていく。そんな未来は間違っているでしょ。
そうではなくて企業が社会にどれだけ貢献をしているかを評価するようにしないと。配当金や株価の高さで企業価値を推し量るのではなく、株主である企業が、利益を通じてどれだけ社会に寄与したかが企業価値を決める指標になる、僕はROEに変わるこうした新しい物差しをこれから作ることはできると考えています。公益資本主義でやろうとしているのは、そういうことです。
11月20日の先日のワールドアライアンス会議で、最初のプロトタイプ『公益資本主義インデックス』を発表しました。経営者の皆さんに、金融資本主義や株主資本主義のグループから、瑕疵をつかれるかもしれないから、議論を発展させて幅広く意見を頂いて改善していきたい。そして理論経済学者をも説得出来るだけの学問的な裏付けをもって、常軌を逸した金融主導型の経済に歯止めをかけたいのです。
これが具体的になったら、株主だけの利益を追求するよりも、多くの人びとを幸福にし、経済全体もまた持続的に成長することができます。
中小企業がやるべきこと
加藤
公益資本主義という考え方の文脈上でお聞きしたい。中小企業が今後日本の中で生き残るためにはズバリ何をすればいいのでしょうか。
原
まずは下請けという植民地を脱却すること。経済的に自立できる余力のあるうちに独立するべきです。
加藤
原
余裕がない会社は、自分のもっている強みが何かということをよく見極めてその分野に特化したらいいんです。特化したものが、バネなのかメッキなのか、材料なのかシステムなのか、とにかく世界で自分達しかできない領域に踏み込めれば、評価されるでしょう。
加藤
しかし、世の中の大半の企業は何に特化しているでもなく、それこそ革新的なことなんて何もない会社です。それでも良いものをコツコツ継続して作ってきた。そういった大多数の企業の体力がいい加減弱ってきている。国はそういった企業を放置して良いのでしょうか。
僕はそうは思わないのです。トリクルダウン理論なんて、中小企業への波及効果は一向に見られないですし。原さんが考える中小企業政策など何かしらあれば是非教えていただきたい。
原
国は旗振り役なんてしてくれませんよ。どこまでいっても自分でやるしかない。自分で変革する意識をもってください。他人を頼ってはいけないんです。国に何かをやらせようとするなら、自分が国の中枢のポジションを握るしか無いんです。少なくとも、そういったメンタリティを持たないと。
加藤
でも、多くの企業は実践できないのでは……、原さんの凄いところはそうやって国連大使や財務省参与など、実際に権力の中枢に入り込んでしまうところなのでしょうが。
原
それは外にいても変えられないからですよ。ボヤいていてもしょうがないでしょ。だから、政府の中に入るんです。そして自分で変える。例えば、僕は考古学をやっていますが、歴史を遡ると、カトリックのイエズス会がマヤ文明の天文学や文化関連の書籍を全部破壊しているんです。これは征服したインディオが高度な文明を持っていた事実を伏せるためでした。将来反乱されるかもしれない火種は摘んでおこう、そういった身勝手な理由なのです。それで実際に何十万冊という本が焼かれた。現在4冊しか残っていない。
つまり考古学を勉強する者にとって、イエズス会は敵です。ただ、僕はなんとかあの人達にこの事実を認めて、姿勢を変えてもらいたいと思った。で、僕はイエズス会の理事になりました。
また、幹細胞による細胞治療の実用化という点で、日本がやることをアメリカに邪魔されたら嫌なので、それをさせないために、アメリカの最先端基礎医学研究所「SALK研究所」の国際理事にもなった。だからまぁ、虎穴に入らずんば虎児を得ず。僕は必ず中枢に入るようにしています。
加藤
スケールが凄すぎてよくわからないです(笑) 何故いとも簡単に成りたい地位になることができるのでしょうか。
原
それは、その組織が一番してほしいと思うことを見極め実行するから、です。
加藤
さらりと言われますが、他の人が簡単にマネはできなそうですね。僕のような一介のビジネスマンでも同じことはできるのでしょうか。
原
ええ、ある程度の訓練は必要でしょうけど。でもこれはビジネスの基本と一緒、です。顧客を掴むには、相手がしてほしいことをする。相手がやりたいけれどできなくて困っていることをやってあげれば、向こうから誘ってきますよ。
次代の産業を担う中小企業よこの指とまれ!
加藤
私は日本再生の鍵は中小企業にある、という考えを基に情報発信しているのですが、原さんは中小企業が最先端分野など次代の産業化に役立つ可能性をどうお考えでしょうか。
原
中小企業は宝の山です。様々な分野で、技術の要になるような部分を提供している中小企業がたくさんいます。言い換えれば、日本の中小企業の技術に依存している産業が多いということ。つまり、次代の産業を担うシーズを有している中小企業がでてくることは十分期待できる。
そこで逆の発想をするんです。いま、革新的なコア技術を有しているかわからない企業も、自分たちの技術は、どこかの産業の在り方を大きく変える可能性をもっているんだ、と。そうやって、中小企業の皆さんは、まずは自分達にできることはないか、次代の産業を担うような最先端の分野にも目を向けてみてください。きっと自分たちでできることが結構見つかるはずです。
例えば、先述した幹細胞による細胞治療の実用化という分野。この先端技術分野は、iPS細胞の山中伸弥教授などトップランナーの多くが日本人で占められている。つまり、この分野に関しては英語という語学のハンデなしに動ける。上手くいけば、日本語がスタンダードにさえなり得るんです。そうなれば、世界が日本語を勉強するようになりますよ。昔のドイツの医学みたいな。そうなれる可能性は十分にあると思う。
加藤
幹細胞の分野だけでなく、日本の中小企業が力を発揮できそうな分野は多岐にわたりそうですね。
原
そうです。自分達の持っている技術を社会に活かすという観点で、好奇心旺盛に世界に打って出るというメンタリティを持ってください。そうやって、過去の延長線上のイノベーションではなく、まったく違う新しいことをやることです。過去の延長線上の発想で、製品価格を1割下げようとか、精度を1割上げようという発想ではなく、始めから製品価格を10分の1にする、精度を100倍にするための発想っていうのは、別のところからくるでしょ。
加藤
でも、そういうことをやろうと思うと大量の研究開発資金が必要ですよね。現状では、そういった新しい事業を行う人達に資金が行き渡る仕組みがありません。
原
だったら貴方達のメディアがやればいいじゃないか。革新的な技術を持って社会に貢献できる、そのために新しい事業を作り、人を雇いたい、という人達を貴方達が探して、そこに資金が流れるようなメカニズムを考えればいい。これがやれたら面白いよ。中小企業の中で光る技術があって、人材がしっかりいれば、世界に通用するという人達にお金を回し支援をする50人の会、ぜひ貴方達がやってみなさい。
加藤
言うは易く行うは難し。ですけど、原さんの熱にアテられたというか、感化されてしまいました。確かに自分たちでできることもあるのかもしれません。原さん、今日はありがとうございました。
ということで、我こそは次代の産業を担う!という企業やそういった企業を知っている方がおりましたら、Sacco宛(MAIL:office@sacco.co.jp)にご連絡ください。一緒に活動していきましょう!
原丈人(はら・じょうじ)
1952年大阪生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、考古学研究を志し中央アメリカへ渡る。スタンフォード大学経営学大学院、国連フェローを経て同大学工学部大学院を修了。29歳で創業した光ファイバーのディスプレイメーカーを皮切りに、主に情報通信技術分野で新技術を創出する企業の育成と経営に注力。ボーランドをはじめ十数社を成功に導き、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストに。自ら会長を務める事業持株会社デフタ パートナーズは、PUCというコンセプトのもとに技術体系を構築し、ポスト・コンピュータ時代の新産業を先導するだけではなく、新技術を用いた途上国の支援など幅広い分野で積極的な提言と活動を行っている。国連政府間機関特命全権大使、アメリカ共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、ザンビア共和国大統領顧問、首相諮問機関の政府税制調査会特別委員、財務省参与を歴任。現在、デフタ パートナーズグループ会長、アライアンス・フォーラム財団代表理事、公益財団法人 原総合知的通信システム基金評議員、内閣府参与。
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