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第19回)小規模事業者が実践するSDGs

サステナブルな取り組み SDGsの取り組み
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吉岡氏

小規模事業者は全事業者数の86.5%を占めており(図1)、日本の産業を支える大きな存在である。しかしながら、「SDGsについて知らない、もしくは知っていても検討していない」小規模事業者は全体の88.6%にのぼる(図2)。これには、彼らにとっては社会貢献より、目の前の事業持続化が切実な問題であるという理由がある。

ここでは、中小企業診断士の視点から、厳しいビジネス環境の中でSDGsに果敢に挑戦する小規模事業者の例を3つ紹介する。

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衣料小売店によるフェアトレードと古民家再生への取組み

 最初に、東京都C市に拠点をおく衣料小売店A社を紹介したい。

 A社では、タイ産のオーガニックコットンで衣料品を自ら生産し、C市の店舗で販売している。事業の特徴は、タイ産の自然素材を使用するだけでなく生産も現地で行っていることであり、これにより地元への雇用機会を提供している。
 また、過度な価格交渉や生産指導を行わず、フェアトレードを意識した経営を行っていることも特徴である。この取組みは当店のブランドイメージを構築する上で大きな役割を果たしている

 現在、A社が取り組んでいる事業は、代表S氏の出身地三重県I市の古民家再生である。I市は三重県、滋賀県、奈良県の県境にあり、古民家が多く存在している。この地域にはオーガニックファッションの店舗がほとんどなく、環境意識の高い人たちは大阪まで買いに行かなければならない。需要は大きいとは言えないが、競争相手のいない土地で特定の顧客と触れ合える環境がある。これは、住民との密な関係を築きながら販売を続けている当店にとっては魅力的なマーケットである。

 出身地であるとは言え、S氏は20年近く東京に在住しており、I市での人脈や商習慣の知識は乏しい。そこで、A社には「地域おこし協力隊」の活用をお勧めしている。「地域おこし協力隊」とは、総務省の管轄下で推進されている事業であり、都市部から人口減少が進む村落に移住して、「地域おこし支援」を通じた持続可能な地域社会の実現を図る取組みである。

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古米を活用した米粉パンの開発

 次に紹介するのは、東京都M市でベーカリーを営む小規模企業B社である。

 1999年に創業したB社は、競争の激しい当地にありながら24年間にわたり人気ベーカリーとして営業を続けてきた。しかし、需要の多様化により高級パン屋が人気を高める中、従来ながらのパン作りを続けてきたB社の売上高は徐々に減少してきた。追い打ちをかけたのは、小麦粉の大幅な値上げである。小麦は、パン作りになくてはならない材料であり、小麦粉の値上げは当社利益の圧迫に直結している。

 この危機下でB社が取り組んでいるのは、米粉パンの開発・製造である。米粉パンとは、小麦粉の代わりに米粉を利用したパンのことで、当社としては安価な材料によるコスト削減というメリットがある。さらに、古米の利用によるフォードロスの解消と、小麦アレルギー対策による健康的な生活の確保という社会的なメリットもある。しかし、これらメリットの一方で、小麦粉をなくすことによってパン独特のパリッと感が失われ、パン好きの要望に応えられなくなる恐れがある。

 この問題を解決するためには、パリッと感が出せる米粉の開発と、その粉を従来のパンと同じように焼き上げる機械化が課題となった。当初、これらの実現のために必要となる投資金額は、小規模企業には耐えられぬものだと考えられていた。そこで、「事業再構築補助金」の活用をお勧めし、その施策により十分な資金を得ることに成功した。

 当社では、現在、自社店舗での米粉パンの販売のほかに、同商品がアレルギー対策食材として給食に採用されるよう営業活動に力を入れている。

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機械化による生産性向上

 最後に、三重県N市で農業を営むF氏の取組みについて紹介する。

 F氏の実家は、代々続く当地の農家である。彼は、一男一女の長男であり本来であれば、農業を継ぐべき立場にある。ところが、現在の彼は高校の教師であり、今のところ本格的に農業に携わる気持ちはない。

 農業は生産性の低い(体力的にきつい割に収入が少ない)業種であり、若者が就業するには魅力に欠けている。F氏が農業以外の職についた理由もここにある。彼以外にも多くの若者が農業を離れ、後継者がいないことを理由に遊休農地や耕作放置地が増加していることが大きな問題になっている。

 農林水産省は、この問題を解決するために農業の機械化による省力化を推し進めている。しかし、農地が小規模だと機械化しても手作業と作業時間があまり変わらないことから、国の施策は期待していたほどの効果を上げていない。

 F氏の実家にとって幸運だったのは、耕作地が比較的大きかったことである。大規模だと機械化による時間短縮が顕著であることから、早くから機械化による省人化に取組んでいた。この取組みにより、生産性が高い(体力をかけずに高収入をえる)事業になりつつあり、F氏は将来的に農業を引き継ぐことを考え始めている。

 後継者のいる農家にとって、もう一つの課題は遊休農地や耕作放棄地の有効利用である。耕作放棄地は廃棄物の不法投棄地にされる可能性があり、また、シカやイノシシなどのエサ場になってしまうと自身の農地を荒らされてしまう恐れがある。これらの問題の解決策として農林水産省では、「農地バンク」(農地の借り手と貸し手を仲介する機構)による農地の集積・集約化を進めている。将来の農業の担い手となるF氏に対しては、この制度を積極的に活用するようお勧めしている。

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 SDGsへの取組みは、社会貢献という側面ばかりがクローズアップされているが、実際には競争に勝つための戦略という側面ももっている。1つ目と2つ目の例では、SDGsを取り組むことによって事業を差別化し、競合に対する優位性を確保している。また、3つ目の例では、作業を省力化し生産性を向上させることによって、事業の持続性と成長性を高めている。

 冒頭にも述べた通り、小規模事業者は全事業者数の86.5%を占めている。彼らの中でSDGsの機運が高まれば、その流れが日本社会全体に波及していくことが期待できる。競争の激化や技術の高度化についていけない小規模事業者が多い中で、生き残るためのツールとしてSDGsに取組む事業者が増えてくると願いたい。

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ライター:

1966年大阪府東大阪市生まれ。関西大学経済学部卒業後、半導体商社を経て、2020年5月に中小企業診断士として独立。現在、(株)ワイスメック代表取締役。

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