GPIFが選定した「優れたTCFD開示」とは?
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、投資先企業の気候変動情報開示の質を向上させる目的で、「優れたTCFD開示」を行っている企業を1月27日選定した。今年は44社が選ばれ、そのうち5社が特に高い評価を受けた。
GPIFは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく開示のベストプラクティスを示し、投資家との対話を促進することを狙いとしている。今回は、特に高評価を得た企業の具体的な取り組みと評価ポイントを詳しく紹介するとともに、過去の傾向や海外企業との比較についても掘り下げる。
昨年までは、運用機関から4つの開示項目(①ガバナンス、②戦略、③リスク管理、④指標と目標)の投票が開示されていたが、それはない模様。
4機関以上から高評価を受けた5社の取り組み
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)
金融機関としての役割を活かし、投融資ポートフォリオの脱炭素化に向けた戦略を明確に示している点が評価された。業界ごとのシナリオ分析を行い、2030年までの排出削減目標を定めるなど、具体的な方針を提示している。また、融資先ごとの削減目標や進捗を細かく開示し、エンゲージメントとファイナンス支援の透明性を確保している。TCFDの開示内容を網羅的に整理し、投資家が容易に理解できるような配慮もなされている。
伊藤忠商事
多岐にわたる事業領域ごとに気候変動リスクと機会を分析し、長期的なシナリオプランニングを行っている点が特徴だ。取締役会での気候変動関連の議論の頻度や、過去の審議内容を明示することで、企業全体のガバナンスの透明性を高めている。また、TCFD開示に特化したレポートをESGレポートとは別に発表し、投資家への情報提供を強化している。
アサヒグループホールディングス
サプライチェーン全体の気候変動リスクを詳細に分析し、脱炭素施策の経済的影響を具体的な数値で示している。例えば、炭素税の影響を「-130ドル(1t当たり)」と試算し、財務的な視点から気候戦略を評価している点が注目された。また、過去5年間のGHG排出量を開示し、排出削減の進捗状況を可視化することで、投資家が長期的なトレンドを把握しやすい工夫を行っている。
商船三井
海運業界における気候変動リスクと機会を詳細に分析し、長期的な視点でカーボンニュートラルを目指している。シナリオ分析では、炭素税の影響を考慮した脱炭素投資の必要性を明確化し、2050年までの移行計画を策定。さらに、貨物セグメントごとのGHG削減ロードマップを提示し、国際的な視点からの持続可能な戦略を打ち出している。
日立製作所
事業ごとのリスク・機会を詳細に開示し、脱炭素を経営戦略の中心に据えている点が評価された。2018年度からTCFDに準拠した報告を行い、CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)で最高評価の「Aグレード」を取得するなど、継続的な情報開示を実施している。さらに、2030年までに事業所のカーボンニュートラル達成、2050年までにバリューチェーン全体のカーボンニュートラルを目指す長期的な目標を掲げ、着実な実行を進めている。
過去のトレンドと変化
GPIFは2021年から「優れたTCFD開示」の選定を始めており、年々その基準が厳格化している。初年度は特に開示の「網羅性」が重視されていたが、近年では具体的な財務インパクトの開示や脱炭素に向けた実行計画の透明性が強く求められている。
また、継続して選ばれている企業には、MUFGや日立製作所のように、長期的な脱炭素計画を掲げ、開示内容を毎年進化させている企業が多い。一方で、新たに選出された企業は、ESG投資の流れを受けて開示を強化し始めた企業が多いことが特徴的だ。
海外企業の「優れたTCFD開示」
GPIFは外国株式運用機関にも「優れたTCFD開示」の選定を依頼しており、その結果は英語版HPで公開されている。2024年3月に開示されたレポートを見てみると、外国株式の運用を委託している28の外部資産運用機関にも同様の選定を依頼。その結果、75社が選定され、特にMicrosoft、ENEL、Anheuser-Busch InBev、Ford Motor、Schneider Electricの5社が複数の運用機関から高く評価されたことがわかる。
海外企業のTCFD開示における特徴として、第一に「財務インパクトの定量化」が挙げられる。日本企業では、排出量削減目標の開示が進んでいるものの、それが財務にどのような影響を及ぼすのかまで踏み込んだ説明は少ない。一方、欧州企業を中心に、炭素価格の変動が利益率に与える影響や、脱炭素投資の回収見込みなど、より具体的なデータを基にした開示が目立つ。
Microsoft(マイクロソフト)(6機関から評価)
例えば、MicrosoftはTCFDの4つの柱すべてを網羅し、2030年までにカーボンネガティブを達成するという目標を掲げている。取締役会レベルの監督体制が整備され、サプライチェーン全体の脱炭素戦略が明確に示されている点が評価された。
ENEL(エネル:イタリア)(5機関から評価)
イタリアのエネルは、世界最大級の電力会社であり、ネットゼロに向けた戦略を具体的なネル指標とともに示している点が評価された。
ENELは、電力業界におけるネットゼロ戦略のリーダー的存在であり、「Climate Action 100+」に準拠した企業としても知られる。国ごとの気候リスクを評価し、財務影響を定量化した点が高く評価されている。炭素価格の変動や再生可能エネルギーの普及率の変化が、事業収益にどのような影響を与えるのかを具体的に示している。
Anheuser-Busch InBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ:ベルギー)(2機関から評価)
世界最大のビールメーカーであるABインベブは、気候変動が農業とサプライチェーンに与える影響を深く分析していることが評価されている。
Anheuser-Busch InBevは、農業の気候変動リスクを詳細に分析し、サプライチェーン全体の脱炭素を推進。特に、原材料の調達に関するリスク評価が詳細であり、気温上昇による大麦・ホップの生産量減少の可能性と、それに対する適応戦略を明確にしている。
Ford Motor(フォード・モーター:アメリカ)(2機関から評価)
自動車メーカーとして、カーボンニュートラルの実現に向けた詳細なシナリオ分析を実施している点が評価された。
Ford Motorは、SBTi(Science Based Targets initiative)の承認を受けた削減目標を設定し、複数のシナリオ(NZE・STEPS)を用いて財務影響を分析している。特に、排出削減がコスト構造に与える影響や、規制の変化に対する適応策を詳細に開示している点が評価された。
Schneider Electric(シュナイダーエレクトリック:フランス)(2機関から評価)
シュナイダーエレクトリックは、電気・産業機器を製造するフランスの多国籍企業。エネルギー管理とオートメーションのスペシャリストである。開示では、脱炭素ビジネスモデルの強化が評価された模様。Schneider Electricは、スコープ1、2、3の削減計画を明確に設定し、2050年までのネットゼロ達成を目指している。取引先企業にも排出削減義務を課し、サプライチェーン全体の脱炭素化を進めている点が特徴だ。
日本企業と海外企業の違いと今後の課題
GPIFの評価を比較すると、日本企業はガバナンスや情報開示の網羅性に優れるが、財務的な数値化や脱炭素戦略の経営統合においては、海外企業の方が進んでいる。特に、欧州企業は気候変動リスクを財務指標と結びつけ、投資家が判断しやすい形で情報を提供している。
今後、日本企業が国際基準に適応するためには、財務影響の定量化やシナリオ分析の多様化が鍵となるだろう。
GPIFが検討した「優れたTCFD開示」企業(44社)
以下は、GPIFが検討した「優れたTCFD開示」企業の一覧。
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ
- 伊藤忠商事
- アサヒグループホールディングス
- 商船三井
- 日立製作所
- ニッスイ
- 国際石油開発帝石
- 大東建託
- 住友林業
- キリンホールディングス
- 不二製油グループ本社
- 旭化成
- トクヤマ
- 日本酸素ホールディングス
- 水化学工業
- 野村総合研究所
- メルカリ
- 花王
- 中外製薬
- 資生堂
- 日本製鉄
- JFEホールディングス
- リクシル
- 荏原製作所
- ミネベアミツミ
- 日立製作所
- 日本電気
- 富士通
- ルネサスエレクトロニクス
- ソニーグループ
- 横河電機
- アドバンテスト
- デンソー
- トヨタ自動車
- 島津製作所
- ホヤ
- リコー
- 豊田通商
- 三井住友トラストグループ
- 三井住友フィナンシャルグループ
- みずほフィナンシャルグループ
- 東京海上ホールディングス
- ヤマトホールディングス
- 九州電力
- 電源開発