隅田川に架かる言問橋のたもとに広がる隅田公園。東京スカイツリーのある墨田区側、言問橋から言問通りに沿って公園を横切り、牛嶋神社の隣にあるのが和菓子店『埼玉屋小梅』だ。
「埼玉屋」の屋号は初代の出身地である埼玉から取り、「小梅」は当地のかつての名称「向島小梅町」に由来する。明治30年(1897年)の創業以来、和菓子店の多い向島で歴史を刻んできた同店。
変化や挑戦を絶やさず看板を守る三代目、江原弘さんに話を聞いた。
創業126年。歴史を支える和菓子たち
一番人気は『小梅団子』と伺いました。ゴマ、青のり、きなこの3色が鮮やかですね。
こしあんを包んだコクのあるゴマ、爽やかな風味の青のり、甘酸っぱい梅肉入りの白あんを包んだきなこの3色団子です。
上新粉で作る一般的な団子ではなく、白玉粉と餅粉で作った求肥で餡を包んでいます。昭和40年代〜(1965年〜)から販売しています。
桜の花の塩漬けを乗せ、中のこしあんにも桜の塩漬けのしぼり汁で香りを付けた上用まんじゅうです。
京都丹波産のつくね芋をすりおろし、砂糖と上用粉を加えて蒸すことで、皮をしっとりした口当たりに仕上げています。上用粉にはコシヒカリを使っています。
隅田川に架かる桜橋が完成した昭和60年(1985年)に販売を始めました。
「上用まんじゅう」とはどういった種類のおまんじゅうですか?
すりおろしたつくね芋に米粉を加えて生地を作るまんじゅうを「上用/薯蕷(じょうよ)まんじゅう」と呼びます。
この生地を上用粉と呼び、真っ白な皮には独特の香りとしっとりした食感があります。お茶席で主菓子としても使われる、高級感のあるまんじゅうです。
香ばしく焼いた歯切れの良い団子に、濃厚な甘辛いタレを合わせています。創業時から販売しています。
毎年、桜の時期に隅田公園で開催される「墨堤さくらまつり」に浅草の芸者さんがお団子とお茶の売店を出すのですが、そこで当店のみたらし団子を使っていただいています。
この「墨堤さくらまつり」開催中は、平日で1日200本、土日には700~800本ものみたらし団子の注文があります。
土手沿いの桜が見事ですので、ぜひ「墨堤さくらまつり」で当店のみたらし団子をお召し上がりください。
ほかにも多くの和菓子を販売していらっしゃいますね。
季節の和菓子を合わせると、年間50種類近い和菓子を作っています。
近くには有名な和菓子店もいくつかありますが、その多くはある店は桜餅、ある店はお団子、ある店は草餅など、お店ごとの主力商品をメインに扱っています。
当店は幅広く扱っており、お菓子の種類が多いことが特徴のひとつです。
また、和菓子だけではなく、赤飯やいなり寿司、のりまきなども作っています。のりまきは妻が巻き、かんぴょうは母が煮ていて、常連のお客さまに親しんでいただいています。
仰ったように、向島周辺には和菓子屋さんが多いですね。
川沿いで神社仏閣が多いことが墨田区の特徴ですが、お参りする方が寄って買っていくので、神社仏閣の近くには和菓子屋さんが多くあります。
とはいえ、今ではこの地域の和菓子屋さんもずいぶん減ってしまい、残っているのはかつての3分の2ほどでしょうか。
東京スカイツリーができるまでは、6〜7割は常連さんでした。
東京スカイツリーができてからは通りがかりのお客さまが増え、常連さんとの割合は半々といったところでしょうか。若いお客さまや外国からのお客さまも増えました。
上生菓子作り体験は10年ほど続けています。当店のイートインスペースで、練りきりを使って季節の上生菓子を作ります。最低2名から申し込み可能です。
墨田区では当店の上生菓子作り体験以外にも木目込人形や屏風づくりなどさまざまな体験ができるため、修学旅行生の参加も多く見られます。
木の自動ドアで”和”を演出
私は27〜8年前に外での修行を終えて帰ってきました。 帰ってきたときから私がお菓子作りを任されており、経営の部分は今も先代である父が携わっています。
25年前、平成10年(1998年)に店を建て直したときに導入しました。
両面ともにタッチ式です。和菓子店らしく和のテイストを入れ、木製の自動ドアにしました。自動ドアは木製ですが、その左右はガラス板ですので、開放感もある設計になっています。
建て直す前はどのような店舗形態だったのでしょうか。
それまでは路面に沿ってウィンドウを置いていました。
昔はこのスタイルのお店が主流でしたが、お客さまは店内に入ってくるのではなく、道路に立って買い物するため、天気や気候の影響を受けるなどのご不便はあったと思います。
はい。年に4回ほど来ていただいています。25年の間に何度か不具合もありましたが、おおむね1日から2日、長くても1週間で直していただいています。
木製の自動ドア特有のトラブルとして、ドアに反りが出てきて引っかかってしまうということがこれまでに2度ほどありました。反った部分を削って調整していただき、今はじゅうぶんに隙間が空いています。
メンテナンス契約を結んでいなかった他社製のある機械が突然壊れてしまったことがあり、メンテナンスの重要性は実感しています。
自動ドアを使い始めてから感じたのは、開閉時に音が鳴るといいなということです。
基本的には家族が店に立っているのですが、時折一人になることもあります。こうしたときに店の奥にいるとお客さまが入ってきたときに気付かないため、ホームセンターで買ってきたブザーを取り付けました。
埼玉屋小梅の味 −アップデートしながら未来へ−
長い歴史を受け継いだご主人ですが、ご主人ならではの味もあるのでしょうか。
昔ながらの味を守りながら、現代風にアレンジしています。
商品数が多いという当店の特徴は父や先々代を引き継いだものですが、いずれも父の配合の通りには作っておらず、自分なりの配合を父の配合にプラスして私なりの味に仕上げています。
「久しぶりに買ったけど、あんこがおいしくなったよね」などと言っていただけると嬉しいです。私が他の人の味を真似することはできても、他の人は私の味を真似できないと思っています。
また、値段に関しても「この味でこの値段」とご満足いただけると思います。
砂糖や甘味料の進化に伴って、和菓子の味も進化しています。昔は今ほど砂糖の種類が無く、甘味料もありませんでした。
このあんこにはこの砂糖、この生地にはこの砂糖などと使い分けることで、現代の和菓子は甘さだけではなく、あんこや豆の風味が際立つ味わいです。
江戸時代までは、和菓子といってもおまんじゅうとお団子ぐらい、明治時代になってカステラやどら焼きなど、上生菓子が生まれたのは砂糖が安価に扱われるようになった昭和以降ではないでしょうか、江戸や明治時代までは、砂糖は貴重で、手軽には手に入らないものでした。
昭和に入り、戦争が終わって社会が豊かになってから砂糖も安くなり、お菓子も発展しました。それまでは砂糖をあまり使わず日持ちもしない、すぐ売らないと傷んでしまうようなものばかりでした。
砂糖は和菓子の日持ちにも影響します。砂糖を入れれば入れるほど日持ちするようになりますが、その分甘くなってしまいます。そこで、甘さを抑えられる甘味料を使うのですが、甘味料の種類も多くなりました。
こうした砂糖や甘味料の発展に伴って和菓子も進化していますので、和菓子も今がいちばんおいしいと言えると思います。
進化し続ける和菓子ですが、一方で専門店は苦戦しているとも伺いました。
大きな理由はコンビニの普及です。コンビニのお菓子は日持ちするものが多く,この感覚が一般的になっているため、当店でもお客さまから日持ちするものはどれかとよく聞かれます。
我々も工夫して、添加物を使わずに2,3日は持つように作っているのですが、コンビニのお菓子は一週間や10日持つものも少なくありません。
お菓子をどこで買うかというアンケートでは、1位がスーパーやコンビニ、 2位がデパート、3位が専門店という結果もあるようです。我々がこうした状況を変えなければいけないのですが、なかなか大変です。
ご苦労も多い状況の中、和菓子作りの醍醐味はどんなところにありますか?
おいしかったからまた買いにきたというリピーターのお客さまがいると、がんばろうという気持ちになります。こうしたひとつひとつの喜びの繰り返しだと思っています。
また、料理もそうですが、全く同じように作っても同じ味には出来上がらないものです。
夏の暑さや湿度、冬の寒さや乾燥といったさまざまな要因に合わせて、水分を減らしたり、砂糖を増やしたりと調整しながら同じ味に仕上げていきます。
このような工夫がおいしさにもつながりますし、一生勉強だと思っています。
◎企業概要
埼玉屋小梅
〒131-0033東京都墨田区向島1-5-5
TEL:03-3622-1214
FAX:03-3623-6067
定休日:月曜日 (1日の場合は水曜日に変更)
営業時間:9:00~18:00
https://saitamaya-koume.com/