福祉、教育、防災、地域活性化など様々な分野で、「住民主体」の活動や協力し合うことが大切だと言われています。しかし、核家族化や高齢化で地域の住民同士の交流は弱まっており、地域コミュニティの輪は広がりにくい状況です。
地域発の活動の立ち上げ支援、地域包括ケアの地域づくりの推進などに取り組み、試行錯誤を重ねてきた株式会社エンパブリックでは、2020年6月に「専門家主導から住民主体へ ~場づくりの実践から学ぶ“地域包括ケア×地域づくり”」を出版。住民が自ら“予防”や“助けあい”をするよう行動変容を促すには、行政・専門家がどのような姿勢でコミュニケーションすべきかを解説しています。「地域社会」はビジネスとは関係がないと思われるかもしれません。しかし多様な人材の個々の能力を引き出し、協力し合う組織を作り出すことは、地域も事業も共通しているのです。
今回は、地域コミュニティ醸成支援、社会起業・サステナビリティ経営の開発支援と担い手育成に取り組む、株式会社エンパブリックの代表取締役・広石拓司さんにお話を伺いました。
組織の中で、新しいことに取り組む人を応援する文化を
-株式会社エンパブリックの設立のきっかけを教えていただけますか?
欧米では、人と人との関係づくりがコンサルティングのテーマになり、ファシリテーションやワークショップ作りなど注目のトピックとして挙げられています。しかし、日本ではその部分が弱いと感じたことです。ワークショップなどを活用することで、起業家たちとコミュニティの活性化の両立ができればと考え、株式会社エンパブリックの設立に至りました。
私はもともとシンクタンクで、地域の人たちが住民主体で医療や福祉の問題を解決できる組織作りに関わっていたのですが、福祉や医療は率直に言って「儲からない」領域。NPOも、介護保険などの公的支援制度があってこその組織です。
その渦中で、社会起業家の育成を行う団体であるETIC.(特定非営利活動法人エティック)と出会い、2004年から2008年まで働いていました。ETICには、福祉に限らず教育や環境問題、地域づくりなど様々な分野の起業家やNPO立ち上げ方に関わる方たちも多数参加されています。
そこでの活動を通じて学んだのは、いくら良いビジネスプランや事業計画があったとしても、協力者を得られないとうまくいかないということです。地域の方々の力を借りることが非常に重要となります。
例えば「シリコンバレーのように起業家を増やしたい」という要望を持つ地域や企業があったとしましょう。このような時は「どうやって投資家を集めるか?」という議論になりがちです。しかし、新しいことを始めるには、外から人を集めるのではなく、地域・組織の中で、「新しいことを始める人を応援する文化」を醸成する方がより大事なのだと考えています。
逆に新しいことを始める人も、これまでの組織ややり方を否定するばかりでは、やはりうまくいかないことが多いものです。互いのコミュニケーションがどれほど重要かということです。
起業で成功できるのは、周りの人たちの協力を得られる人。さらに、周りの人たちも、出る杭をたたくのではなく応援するという協力し合う関係性が一番重要だと支援を通じて学ぶことができました。
コミュニケーションは「個人のセンス」ではなくトレーニングで身に着けられる技術
-確かに、成功される方はコミュニケーションが上手で、周りの方をうまく巻き込んで問題を解決されますよね。
起業家やリーダーで「あの人は人柄が良い」とか「あの人は人たらしだ」と言われる人がいます。「人使いがうまい」とかですね。「コミュニケーションは個人のセンス」と思われがちですが、実は技術なんです。トレーニングすれば身に着けることができます。
日本では、学校でみんなで協力して問題を解決するといったトレーニングを受けてきていません。そのため、人付き合いの能力は個人の才能や性格に集約されがちです。
ですが、私は、関わりやつながりを作ることを、個人的な問題にさせたくないんですね。
「もっと良い人がいたら」「あの人だからダメ」というのではなく、皆がもっとより良いコミュニケーションをするための技術を身に着けるべきだと思います。
-組織運営がうまくいかないのは、コミュニケーションの技術を身に着けていないことが問題なのでしょうか。
よく「話せばわかる」と言いますが、実際に「話せばわかる」ことはあまりないのではないでしょうか。敵対している方たちは、議論しているようで自分の話しかしていません。話し合ったと言いつつ、全然かみ合っていないのはよくあることです。
だから「話せばわかる」じゃなくて、「協力関係を作れるような話し合い方」を身に着けるのが、円滑に動く組織の協力関係を作るためには大事だと考えています。
人と人との関係性って「これじゃダメだ」ではなく「こうしたらもっと良くなるんじゃないか」といった、ものの言い方ひとつで、良くも悪くも変わりますから。
例えば、企業の新規事業は資金だけがあってもうまくいきません。
新しいことを始める人たちとその周りの人たちは、どんな関係を築いていけば良いのだろうかと考えた時に「勝手にやってもらって、うまくいったら応援する」というスタンスでは難しいですし、次に新しいことをする人もなかなか生まれなくなってしまいます。地域でも一緒ですよね。
こうした問題を解決するためには、協力関係を作り上げる技術を、多くの人たちが習得することです。そういう意味でも、ワークショップや場づくりを、コミュニケーションの技術として使える人を増やすというのが「地域を良くする」ことにもつながると考えています。
地域包括ケア×地域づくりとはー専門家主体から住民主体へ
-広石さんは、地域の企業やコミュニティの活性化をテーマに本を出版されていますが、そこでもコミュニケーションがやはり重要だと説いていらっしゃいますね。
5年ほど前から国は「地域包括ケア」という取り組みを行っています。高齢化により、現在のような介護サービスを提供する対応に限界がきています。そこで、住民の力を活かした新しい地域福祉を再構築しようというものです。つまり、地域づくりが福祉のテーマになっているんですね。
その中で、要介護状態になるもっと前の段階で、運動や、趣味やボランティアを通じて生きがいを持ってもらうこと、社会参加の活性化こそが重要なのではないかという考えが出てきました。外へ出て何かやっている人っていうのは割と元気ですからね。そこで、地域で活動する人たちの活動の活性化も、地域福祉の分野でやっていきましょうという流れになってきています。
ここでまたコミュニケーションの話に戻るのですが、これまでの福祉の考え方だと、福祉の専門家の方が「私たちがサービスを提供します」と指導する側なんですね。ですが、いくら「住民主体」が大事だからって、行政や専門家が地域の人たちに「自主的に地域活動をしましょう」促してもやらないですよね。そこで重要なのが、地域での対話とコミュニケーションなのです。
地域包括ケアの中で「東京ホームタウンプロジェクト」という取り組みがあります。これは、地域に暮らす住民が中心的な担い手となって、地域コミュニティを作り上げることで、課題を解決したり、地域に新しい価値を創出していくための活動を支援するものです。
いざ活動が始まってみると、東京の中でも抱えている問題は同じようなものが多くありました。例えば、福祉の専門的なサービス提供についても、住民とのコミュニケーションのやり方が全然違うことで戸惑う方が多くて。これは都内だけではなく、日本全国で必要とされているのでは?と思いましたので、本にまとめることで行政や専門家と住民との橋渡しになればと考えたのです。
-本の出版をされたことで、反響はありましたか
本に書いた内容は、実は当社の研修で行っている内容なのですが、受講されていない方や、地方の方たちから「こんな本が欲しかった」というお声をいただきました。
この本のテーマは「福祉」ですが、住民が主体となったときに「応援する」という視点の持ち方、コミュニケーションの取り方という意味では、ほかの根本的な考えは同じです。例えば教育や防災など、違う分野の方からも「役に立った」というお声をいただいているので、応用できるものだと思います。ぜひ、地域活動やコミュニティを活性化したいというところから、新しいことを始める人を応援できるような仕組みを作ってほしいですね。
SDGsは企業と地域の共存・共創から
現在、私たちは「リビングラボ」という取り組みを行っています。SDGsのようなテーマについて、企業が地域の方たちの意見に耳を傾けながら新しいサービスを作る参考にするというものです。地域とビジネスは別もののように思われがちですが、実は、企業はもっと地域のことを知らないといけないし、地域の人もビジネススキルが必要だと思います。
住民の方自身が考えて動くことが一番の前提条件ですが、仮に課題に気付いた方がいても、一人だけで、自分だけでなんとかしようとするのは難しい。周りの方の力も必要ですし、行政だって企業の力だってあった方が良い。使える社会資源や場所、支援策などをうまく使うということも、物事を動かすためには非常に大事なんですね。逆に企業も地域と組んで何かをしたいという気持ちもあるでしょう。
企業もSDGsというような公共性の強いテーマに取り組むとき「私たちが一方的にやりました」というだけではなく、地域と共存してコミュニケーションを取りながら共に創造すること、つまり「共創」することが、これからはより求められてくるのではないでしょうか。
そして私たちは、共創できる人たちを増やすための取り組みに、今後も力を入れていきたいと考えています。
ステークホルダーの皆様へ
コンサルティング先の企業様です。守秘義務で社名は申し上げられませんが、高齢化社会に向けて地域の課題解決に取り組まれています。
これまで、情報機器を高齢者のためにと考えても、実際に高齢者の方に使ってもらいながらテストすることが困難でした。そこで、私たちが橋渡しをして、地域の方たちに生活の中で使っていただきながら事業を作っていくお手伝いをしています。
非常に前向きに、ユーザーのことを考えて真摯に取り組まれている企業様です。企業と地域の関わりについて、私たちの活動のヒントにもなる視点も得られています。本当にいつもありがとうございます。
行政との関りを明文化することは少々難しいのですが、地域包括ケアシステムについての考察を深めることができたのは「東京ホームタウンプロジェクト」に参画させていただいたからこそです。行政の方たちとは、「地域づくり」をしたいという理念に共感していただいた上で一緒に取り組んでいます。
地域づくりの課題は「これをやれば絶対100%うまくいく」っていうことがないんですよね。はっきりとした「正解」がない。人がそれぞれ異なるので人間関係も変わってきますから。
私たちも、ただ「行政がやるから」受託したわけではなく、一緒に課題を聞きながら、一緒に解決していくと姿勢と関係性をすごく重視しています。行政の方たちと、私たち自身も共に創造する、共創するよう取り組んでまいりますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。
現在のスタッフは、フルタイムで4人と、週2-3で手伝っていただいている方も4人と、まだまだ人数は少ないです。今後は、地域の活性化を支援できる人材を増やす方法を確立し、社員数を増やしていきたいと考えています。
人間に関わる仕事なので、なかなか一般的な解というのがないんですよね。クライアントの要望どおりやってもうまくいかないことも多く、自分で答えを見つけていく必要があります。抱えているプロジェクトも、それぞれ難しさや課題状況がどんどん変わっていくため、やはりここでもコミュニケーションを取りながら進めていくことが非常に重要です。現在のメンバーは非常に優秀でとてもうまく業務が回っています。また、一緒に試行錯誤を重ね、トライ&エラーができるような関係性でいられるのは、本当にありがたいといつも感じているところです。改めて感謝を伝えたいと思います。
私たちが、地域社会と関わる時は、こちらが何かしてあげるというよりは、地域の人が実現したいことについて話を聞くところから始まると思っています。
本のテーマでもある「住民主体」の通り、街のことは街の方が主役だと思っているからです。住民の方たちも何かしら取り組んでいるのに、私たちが外から急に「専門家です」って地域に入っても、反発を招くだけです。
ですから、大事にしているのは、まずは話を聞くこと。そこから実現したいことを探り、そのお手伝いをするというスタンスを大事にしています。
現在は、住民の方たちの考えも多様化・複雑化しています。地域に均一のサービスを提供してもうまくいかないのはそのためです。
地域社会の皆様もそれぞれ違った個性や能力を持っています。一人ひとりの力を引き出して、活かす機会を広げ、支え合っていく関係を生み出し、継続すること。私たちもまた、住民の皆様が生み出す新しい可能性に感動を覚えているのです。
株式会社エンパブリックは2008年に創業して、13年になる企業ですが、私としてはまだβ版やVersion1.0のような気持ちです。
というのも、仕事では毎回ユニークな状況があり、メソッドを均一化できない。当社のクライアント様は、既存のやり方に改善の余地があると思われたから当社に相談されているわけですし。そんな中で、どうにか本にまとめられるところまできました。これからは、私たちのノウハウを多くの方たちに取り組んでほしいと願っています。
コロナ禍で対面講座が難しいため、オンラインの希望を寄せられるのですが、ただ知識を伝えるだけではないので、動画配信だけではやはり難しいですね。しかし、海外や遠方の方も参加できるというメリットもあります。逆に、オンラインでコミュニケーションの可能性もぐっと広がったのも事実です。オンラインで出会って、直接会ったことはないけれど良いパートナーになるような関係づくりもすごく興味深いですし、これからのサービスとして展開できるようになればと考えています。
現在は、オンラインの動画と双方向性のコミュニケーションをうまく組み合わせて、新しいサービスを作りたいと考えているところです。
これからはもっと新しいビジネスの考え方として「地域」の捉え方は非常に重要になります。
私たちの仕事は、創業時は「『場づくり』?『ワークショップ』って何?それって仕事になるの?」と問われるくらい新しい領域でしたが、現在こうして安定的に運営できるようになってきました。そこで、私たちがこれまで蓄積してきた方法論については、なるべく多くの方たちに使ってほしいと考えています。
地域に暮らす人の力を信じ、対話とコミュニケーションで一人ひとりの力を引き出し、支え合う関係を構築することで生まれる「共創」は、新たなビジネスチャンスにもつながるでしょう。いま、新しい未来のビジネスの種は「地域」にこそあると考えています。
〈プロフィール〉
広石拓司(ひろいし・たくじ) 株式会社エンパブリック代表取締役
東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク勤務後、2001年よりNPO法人ETIC.において社会起業家の育成に携わる。 2008年株式会社エンパブリックを創業。ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の構築に多数携わる。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科などの非常勤講師も務める。「専門家主導から住民主体へ: 場づくりの実践から学ぶ「地域包括ケア×地域づくり」」など著書多数。
【企業概要】
株式会社エンパブリック (empublic Ltd.)
代表取締役 広石 拓司
設立:2008年5月2日
所在地:〒113-0032 東京都文京区弥生2丁目12-3 2階(事務所)・3階(根津スタジオ)
事業内容:地域コミュニティ醸成支援、社会起業・サステナビリティ経営の開発支援と担い手育成