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株式会社Unpacked

グローバルパートナーズ株式会社

https://www.global-p.com/

〒171-0014 東京都豊島区池袋2-40-13池袋デュープレックスビズ 6F

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ステークホルダーVOICE サステナブルな取り組み コラム

グローバルパートナーズ株式会社山本康二|若者と、企業と、世界をつなぐ垣根のない世界を

経営インタビュー
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Windows95が登場したITの黎明期、日本の僻地にまでITを普及させた先駆者、グローバルパートナーズ株式会社の山本康二代表取締役。同社のビジョンは、「若者と、企業と、世界をつなぐ」。

旧態依然の価値観に挑み、多様な人材が活躍できる場と新たな価値を創造・提供し、「垣根のない世界」の実現に向けて奮闘しています。今回は同氏に創業から現在に至る波瀾万丈の事業の軌跡を伺いました。

デジタル領域の強みを生かして「若者と、企業と、世界をつなぐ」

グローバルパートナーズ株式会社のHP
グローバルパートナーズ株式会社のHP(https://www.global-p.com/)。海外進出支援情報、バイヤー引き合い情報、最新ドバイビジネス情報など、海外のリアルなビジネス情報が満載(画像提供:グローバルパートナーズ株式会社)

まずは、御社の事業内容についてお聞かせください。

山本

弊社は、「若者と、企業と、世界をつなぐ」をビジョンに、グローバルビジネス事業、グローバルシフト事業、デジタルマーケティング事業、ワカモノ応援事業の4つの領域で事業展開しています。

1つめのグローバルビジネス事業では、日本企業の海外進出をサポートしています。日本の人口減少、マーケットの縮小に歯止めがかからない現状を打開するには、海外進出しかありません。

そこで、アリババ事業で培った海外進出支援のノウハウをもって、世界のハブといわれるドバイで政府のサポートを受け、 B to Bの常設国際展示会場 兼 日本企業の合同営業所として300坪のJapan Trade Center Dubai(JTC)をオープンさせ、海外顧客との商談機会創出や海外市場調査を担っています。

ドバイ「Japan Trade Center」
ドバイに「Japan Trade Center」を独自に立ち上げ、海外顧客との商談機会創出や海外市場調査を推進(画像提供:グローバルパートナーズ株式会社)
山本

2つめのグローバルシフト事業も、国内の人口減少問題に関わります。

国内人材が減少する中、グローバル人材(日本企業で働きたい外国人)と日本企業をマッチングすることで、企業のグローバル化を後押しするとともに人材不足をカバーしようという事業です。

同事業を立ち上げてわずか1年半ですが、すでに年間1,000人のマッチング実績があります。

3つめのデジタルマーケティング事業は、企業のデジタル化支援事業です。具体的には、GoogleやYouTubeと連動して、ターゲットの細かな属性に合わせたデジタルマーケティングを行っています。

年間3万本の動画を制作していますので、中小・中堅企業が利用できるこのようなサービスとしては、弊社は日本一の実績があると自負しています。

また、デジタルマーケティング事業内に新たに立ち上げた、デジタルPOD(プリントオンデマンド)出版事業については、「出版革命247」と銘打ち、1988年創業の日本の電子出版業界を牽引するゴマブックス株式会社とタッグを組み、デジタル出版プロデュースを行っています。

出版までのディレクション、取材やライター手配だけでなく、これまでの経験を活かして出版後の販売促進につながるマーケティングまでをサービスとしてご提供しており、取り組み・価格帯ともにこれまでの出版業界に革命を起こす事業となっています。

ゴマブックス株式会社の嬉野会長とは二十数年来の交流があり、さまざまな話をする中で出版業界の慣習や危機的状況についてお話を伺っておりました。

母親の実家が本屋であり、”山のように本を売る”という名前からも書籍には縁を感じていたので、いつかは業界再編のため何かできないかと考えていました。

出版には大きく分けて2つの種類があり、商業出版と自費出版があります。

商業出版は費用負担がない分、自身の伝えたいことを自由に伝えるのは難しく、自費出版は600万ほどの費用負担があるというデメリットがあります。

結果、本を出したくても出せないという方も大勢おり、経営者を本当に応援できる出版業をしたいという想いを実現した事業になっています。

弊社の出版事業は、247万円という低価格ながら高品質な書籍をご提供できることが一番の強みです。

これまで商業出版のマーケットで経験豊富なライターが担当させていただきますので、高品質な書籍を作成することが可能です。書籍を作る上で懸念となる工数もほとんどかからず、数回の打ち合わせ・取材だけで完結する仕組みを構築しています。

また、デジタルPOD出版だからこそのメリットもあります。いつでも書き換えが可能になり、出版した本が過去の産物になることがなく常にアップデートされた最新の内容にすることができますし、在庫を持たないことにより必要な分だけを書籍化することができ、余剰在庫として処分されることも無いため環境にも配慮した出版が可能となり、SDGsにも対応しています。

この事業をきっかけに、より多くの経営者に経営の武器となる本を出版していただきたいと思っています。

グローバルパートナーズ事業内容
グローバルパートナーズの基軸となる3つの事業は、海外進出支援実績2,500社、グローバル人材マッチング数1.000人/年、YouTubeCM動画制作数30,000本/年で国内有数の実績を誇る(画像提供:グローバルパートナーズ株式会社)
山本

4つめのワカモノ応援事業は、オンラインプラットフォーム「中高生がつくる大学校」の展開です。

内容は、中高生向けのいわば探求学習。核家族化や個人の孤立が進んだ時代、中高生や大学生が大人と接する機会は極端に減っています。

そんな若者たちに、専用のアプリで受講する動画や、セブやドバイで異文化やビジネスを学ぶビジネスキャンプを通してワクワクしながら本気で働く大人の姿を見せてあげたいと思うのです。2021年から準備を進め、2022年の夏にグランドオープンします。

御社の強みは、やはりセールスマーケティングでしょうか。

山本

はい。なんといっても、弊社のセールスマーケティングですね。かつて携帯電話やパソコンを普及させたのと同様に、我々が届けなければ届かなかったであろう新しいモノやサービスを、全国津々浦々の中小・中堅企業に粘り強く届けています。

新しいものというのは、往々にして最初は「求めてないよ」と突き返されてしまいます。使ってもらえさえすればその便利さに気づいていただけると確信していたので、リスクを取ってでも使ってもらうための企画として無料配布を実施しました。 ただ売るだけではなく、当たり前を作るためには使うまでのハードルを下げる営業企画も必要です。

でも、せっかくチャンスがあるのですから、機会損失にならないように教えてあげたいですよね。ゼロの市場にイチを作れるまで、粘り強くアプローチします。

また、デジタル領域は創業当初からの強みです。Windows95が出た1995年から1998年頃までは、日本のITはまだスタート地点でした。

その頃から、株式会社光通信(以下、光通信)の取締役として、プロバイダー接続どころか携帯電話すらよく知らないという地域に、パソコン、携帯電話、電子メールなどを普及させてきました。

当時から約10年かけて、日本はようやくアメリカに追いつくほどのIT普及率と価格に到達したわけです。

情報化社会に乗り遅れていたら、日本はどうなっていたでしょうね。日本の法人数の99%を占める中小企業1社1社に粘り強くアプローチして、本当に良かったです。

そんな「新しい当たり前を作る」精神は、当初から私の中に強くありました。弊社の根底にも流れています。今後は20年ほどかけて、本当に「若者と、企業と、世界をつなぐ」ことを「当たり前」にしたいですね。

原点は「日本の年功序列、学歴主義をぶっこわす」強い想い

社内の様子3

どのような経緯で現在の事業を始められたのですか。

山本

私は高校生の頃から、年功序列・学歴主義といった日本社会の常識に違和感をもっていました。大学時代はアメリカに渡り、そこで自由な空気に触れました。

マーケティングや経営学、そして後に「インターネット」と呼ばれることになる“ニューメディア”について学び、新しい時代の息吹を感じました。

「工業化社会の次には、きっとものすごい時代がくる」と確信して、マスコミ、広告業界、通信業界に絞って就職活動していたとき、光通信という未上場ベンチャーに出会いました。「まさにここだ」と直感しましたね。

光通信に入社後、営業マンとしての下積みを経て、4年で取締役に就任しました。会社は一部上場企業になりましたので、私は新卒の生え抜きで、28歳にして上場企業の取締役になったわけです。


日本のIT黎明期、光通信の取締役として、携帯電話、電子メール、ホームページ、OA機などを“日本一”普及させている会社の、事業部長や事業会社の社長を務めました。

1万人近い部下を率い、1兆円規模の売上を目指して、有名企業の社長たちと共に商品を作ったり売ったりする、そんな日々。名声、地位、実績、お金、人脈などを、30代で手にしたのです。

ところが40歳を前に、「年功序列や学歴社会が嫌いな自分が、このまま50代、60代になってもトップに居座り続けるのは自己矛盾ではないか」と我に返りました。

また、政治経済、人口、GDP、業界別の産業規模、過去から未来へのトレンド予測など、日本全体のことをつぶさに調査しているうちに、「日本は90年代から成長していない」と気付かされました。

インターネット関連の市場が急成長して自分は偉くなった。でもこれって、野球でいえば「自分はホームラン王になったがチームは全戦負けている」みたいなものです。

20代~30代は自分にベクトルが向いていたのが、ポジションが上がるにつれて、日本、世界、未来へと、視野が広がっていきました。これが、海外をテーマに本気で取り組みたくなったひとつのきっかけです。

興味は「1兆円の売上」から「顧客の成功」へ、日本の製造業の夢背負う

山本康二さん

そこからアリババマーケティング設立につながっていくのですね。

山本

当時の私は法人事業を担当していて、BtoBで1兆円規模の売上を実現するべく、「インターネット×グローバル」という軸で企画会議をしていました。そこで、調査部隊を通してアリババの存在を知りました。

その後、アリババの創業者ジャック・マー氏と日本の株主であるソフトバンクの孫正義氏と交渉を重ね、2009年、光通信、ソフトバンク、アリババの合弁でアリババマーケティングを立ち上げるに至り、私が代表取締役に就任しました。


こうして1兆円の達成を目指し、アリババマーケティングを設立、アリババサイト上に3年間で20万製品を掲載し、世界中のバイヤーとの商談を行いました。


当初は「公益」や「日本の未来」など考えていたわけではなくて、利己的な動機で始めたわけです。ところが、アリババのお客様と話をする中で、徐々にお客様の成功が興味の中心になっていったのです。


日本では、人口減が切実に進行していく上、東日本大震災も起き、「お客さんの直面している事態をなんとかしなければ」と、放っておけない想いに駆られました。

「日本のものづくりの夢を共に背負う」という勢いで、強く感情移入するようになりましたね。

お客様は、「できればあと100億円海外で売り上げたい」という希望を抱いている。

ただ、アリババはあくまでツールであって、成功している企業は、アリババを使った上で、人が動き、現地調査をしたり流通網を作ったり、Face to Faceの信頼関係を築いたりしています。

そうなると、現地に会社を作って支援するくらいのことをしなくては、期待値に叶わない。これが、私がアリババマーケティングを始めて3年で得た結論でした。

そこで、海外拠点を立ち上げようと社員を集め、「新規勧誘やオンラインサポートだけではなく、今後は我々が海外に行ってお客さんの売上の後押しや進出支援をやっていこう」と呼びかけました。

すると当時100人以上いた部隊が13人に減ってしまいましてね。アリババの名前も外すことになり、事務所もない、会社名もない、売る商品もない、社員もほぼいないという状態に、創業4年目で追い込まれました。

社内の様子4

なんと、壮絶ですね。それでドバイに拠点を作られたのですか。

山本

2013年からは、アリババマーケティングから現在のグローバルパートナーズに商号変更して活動しています。

社員の規模を1年で50人まで回復させた後、アリババのお客様への訪問を再開し、やはり海外進出が課題だと考えていたところ、「200カ国1,000都市の商人が一挙に集まる国際市場の中心がドバイにある」と耳にしました。

ドバイの歴史や経済を調べると、石油はドバイのGDPの1%だけ、住人のうちドバイ人は1割、残りの9割は欧州、アジア、アフリカ、中東と、世界中から集まった商人が住んでいて、ありとあらゆる産業が業種別に集まって「ティーゾーン」「車ゾーン」「ITゾーン」などのカテゴリー別区域を形成している国際市場。

「砂漠の上に人が造ったアリババだ。ここなら海外マーケティングセールスを実体験できる」と、進出先をドバイに定めました。

2013年~2014年頃、アリババのお客様からさまざまなサンプルを預かってドバイに渡り、必死で活動しました。

現地では、インド人や中国人が勢いよく商売している中で、日本人は誰もいないような状態。それで火がついて、日本企業の合同営業拠点を作ろうと1,200坪のフロアを予約して帰国しました。

ところがドバイは安全で急成長していると言っても「中東」や「アラブ」という言葉には紛争やテロなどのイメージによりネガティブな印象があり、思うように参加企業が集まりませんでした。結局、一部のアリババのお客様から少しずつ資金と人員を出してもらい、当初予定していたフロアの1/4の広さのフロアで始動することになりました。


現地の内装工事の納期は延長され、役所の許可も一筋縄ではいかず、出費ばかりがかさむ日々。それでも日本とアジアとドバイで100名体制の事業にし、500社の日本製品を世界中に売り込みました。

500社全て、今のままでは売れない、こうすれば売れるだろう、という答えは見つけ出しましたが、メーカーさんは製品を作り替えるのは難しいとなり、ビジネスモデルは崩壊し、私財もすべて“溶けて”しまい、窮地に追い込まれました。

挙句、頼みの綱の太陽光事業に関わるドバイ側のパートナーが破産して、「いよいよおしまい」となる一歩手前で、「ドバイも太陽光も一旦ブレーキを踏もう」と決意して、強みであるデジタル領域から再スタートしました。

こうしてYouTubeを活用した事業を立ち上げたのが4年ほど前。なんとか現在の事業にまで育てることができ、「若者と、企業と、世界をつなぐ」という事業コンセプトを体現できるに至ったのです。

山本康二さん

◎企業概要
グローバルパートナーズ株式会社 Global Partners, Inc.
本社:東京都豊島区池袋2-40-13 池袋デュープレックスビズ 6F
設立年月日:2009年4月27日(2013年1月1日、グローバルパートナーズ株式会社へ名称変更)
従業員数:87名
資本金:1億円
事業内容:若者と企業と世界をつなぐ事業、YouTube動画事業、グローバル人材事業などを通じて日本のGDP向上に寄与することを目指しています。
・デジタルマーケティング事業
・グローバルビジネス事業
・ワカモノ応援事業
・グローバルシフト事業

◎プロフィール
山本 康二(やまもとこうじ)
グローバルパートナーズ代表取締役社長
「インターネット、OA機器などさまざまな情報通信サービスの営業現場を経て、99年に光通信の本体取締役に28歳で就任。インターネットメディア事業、パートナーシップ事業、業種特化事業など、数々の法人向け事業で国内トップシェアを獲得。マザーズやJASDAQ上場企業など数社の代表者、光通信の常務取締役を歴任し、業界のネットワークを構築。インターネットの普及によるグローバリゼーションの到来と国内市場の長期低迷からの脱却のため、海外進出支援事業の必要性を感じ、09年にアリババマーケティングを創業、同社代表取締役に就任。3年間のアリババを通じた海外進出事業を経験し、より総合的な中小企業支援体制を目指し、13年に同社をグローバルパートナーズ株式会社へ商業変更し、現在に至る」(同社HPより)

ライター:

1985年生まれ。米国の大学で政治哲学を学び、帰国後大学院で法律を学ぶ。裁判所勤務を経て酒類担当記者に転身。酒蔵や醸造機器メーカーの現場取材、トップインタビューの機会に恵まれる。老舗企業の取り組みや地域貢献、製造業における女性活躍の現状について知り、気候危機、ジェンダー、地方の活力創出といった分野への関心を深める。企業の「想い」と人の「語り」の発信が、よりよい社会の推進力になると信じて、執筆を続けている。

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