滝本技研工業株式会社は、昭和46年の創業時、理化学用機器の製作を行っていた。現在では、工業用プラスチック樹脂の加工をメインとして、自動車製造工場ラインの設備治具に用いる部品製造が多くの割合を占めている。
設備治具というもの自体が、工場関係者でない限りほとんど目にしないので、なかなか分かりにくい。しかも、そこに使われる部品だというわけだから、なおさら認知度は低い。しかし、私たちの生活とって欠かせないことに間違いはない。例えば、コンピューターやスマートフォンなどの機器に使われる半導体チップを搬送するトレイは、滝本技研工業が多く手掛けている。このトレイがないと、半導体を運ぶときに傷付いてしまう。
愛知県名古屋市の「町の小さな樹脂加工屋」である滝本技研工業が作る製品は、世の中にとって「なくてはならないもの」であると同時に、「見えにくいもの」だ。まさに縁の下の力持ちという言葉がふさわしい。
社員ではく、「同志」として向き合う。
そんな滝本技研工業を率いるのが、代表取締役の太田利治さん。「御社にとって社員とはどういう存在か?」という問いに対して、太田さんから意外な答えが返ってきた。
「私はそもそも社員や従業員という言葉が嫌いだ」
社員や従業員というと、どうしても給料のために指示された仕事だけをしているイメージを感じてしまうのだという。同じ志を持って働くメンバーなので、同志だと思っている。社長と社員という上下関係ではなく、同志だから共に成長していく。
だから、社員から新しいことにチャレンジしたいという提案があったときは、基本的に断らない。失敗しても構わないと考えている。そのことについて、太田さんは次のように説明した。
「エジソンは、世界一失敗して、世界一成功している。営業で一番の実績を上げる人は、実は一番断られた人だ。間違いない。失敗から改善を見いだすのだ。だから彼らにはどんどんチャレンジをさせている」
太田さんは、もともと住宅業界の出身なので、社員が住宅を買うときには相談に乗り、一緒に不動産屋まで行った。住宅ローンの借り換えの相談にも乗った。ローンの条件が悪かったので、滝本技研工業の取引銀行を呼んで、金利の条件を詰め、借り換え契約を支援してあげた。
「他の会社では、こんなことは絶対やらないと思う。単なる社員ではなく、同志だからできるのだ。困っているんだったら、私のスキルを最大限に生かして協力する。そういうことを通して、彼らも会社を成長させる協力者になってくれる」
太田さんはそう熱く語った。
助け合って共に成長していく関係。
社員に対してそのように向き合っている太田さんに対して、当然社員も同志として向かい合ってくれる。
仕事がとても忙しく、定時では終わらないときがあった。社員には、ゆっくり体を休めてもらい、また翌朝からしっかり働いてもらおうと思った太田さんは、1人で仕事を続けていた。すると、夜中の2時になって、社員のYさんが「連続で仕事ですよね。代わりましょうか」と言いながら会社に入ってきた。
太田さんは、前日に「夜中の2時に来てくれ」などとは言っていない。Yさんが主体的に来てくれたのだ。太田さんには、Yさんのその思いがうれしかった。こういった体験は、決して金では買えないものだ。太田さんと社員との間には、助け合って共に成長していこうという関係がしっかり築かれている。
お客さまの予想を裏切り、期待を超えるという向き合い方。
お客さまと向き合う上で太田さんが心掛けていることは、いい意味でお客さまの期待を裏切るということだ。お客さまが想定していることは、これまでのお客さまの常識の上に成り立っている場合が多い。しかし、外部組織である滝本技研工業は、そういった「お客さまの常識」に染まっているわけではない。こうしたほうがもっと良くなると気付く場合も少なくない。
そのときに「お客さまの言うことだから」と考えて指摘することを控え、お客さまの想定どおりの製品を作ることも、もちろん可能である。しかし、太田さんは決してそのようにしない。気付いた点はきちんと伝えるようにしている。だから、時にはものすごい剣幕でクレームを受けることもある。しかし、お客さま自身が冷静になって検証してみると、そのクレームが正しくなかったことが理解できる。その結果、例えばこのようなメールをいただいたこともあった。
「私たちが思っていた以上の打ち合わせができました。このようなことまでしていただける会社は、他にはないです。このような短い時間で結論まで導いてくださり、本当に感謝しています。期待値を超えてくださり、ありがとうございます」
お客さまからのメールは、社員も共有して読むことができるので、皆のやりがいにつながっている。
取引先は工場版『踊る大捜査線』の刑事なり
滝本技研工業のお客さまは、生産設備工場の最前線の現場である。
「この世界は独特で、一般事務系の人には到底理解できないと思う。たとえるならば、『踊る大捜査線』だ」
そう太田さんは言う。
1998年に大ヒットした映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』では、遠く離れた会議室で話し合いを続け、明確な指示を出せない幹部に、現場にいる主人公の青島俊作(演:織田裕二)刑事がこう叫ぶ。
「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!!」
滝本技研工業のお客さまも、このような思いで仕事をしている。一般的に考えたら、なぜこんなことすら予定が立てられないのかということが普通に起きている。のんびりと会議をして計画を立てている時間などない。生産設備工場の最前線は、今すぐやらなければいけないことがあふれている。それが当たり前の世界なのだ。
だから、滝本技研工業の取引先に求められることは、現場のことを理解して動いてくれる、まさに青島刑事の叫びに応えてくれるような存在である。そのような心強い存在が、愛知県名古屋市にある株式会社昌栄だ。滝本技研工業では溶接カバーなどの発注をしているのだが、レスポンスは早く、正確である。また、滝本技研工業と同じように、いい意味で期待を裏切ってくれている。太田さんが最も頼りにしている取引先である。
雨の日に傘を貸してくれた信用金庫に感謝
滝本技研工業が最も苦労しているときに手を挙げてくれたのは、岡崎信用金庫だ。かつて会社の経営状態が悪化し、どの金融機関を回っても融資を断られた中で、「うちはやりますよ」と言ってくれた。
昔から言われていることだが、大ヒットドラマ『半沢直樹』で有名になった言葉、「銀行は晴れの日に傘を貸して、雨の日に取り上げる」ということを、太田さんも実感した。会社の業績が良くなった途端(晴れの日)、いろいろなところから「当行からも借りてください」と来る。しかし、一番苦しかったとき(雨の日)に融資をしてくれた岡崎信用金庫への感謝は一生忘れないと太田さんは振り返る。
現在は、碧海信用金庫との付き合いも多い。ここは、滝本技研工業の企業価値を認めてくれて、さまざまな提案をしてくれる。2020年7月には、寄贈型私募債の発行(発行額:3,000万円)を単独で受託してくれた。私募債発行手数料の一部は、名古屋市立天白小学校に扇風機として寄付した。コロナ対策の換気用として用いてもらっている。資金調達と地域貢献ができて、大変ありがたいと感じている。
夢を持て! 未来の世代の子どもたち
製造業が3K(きつい、汚い、危険)といわれて久しい。太田さんはそのイメージを変えたと考えている。ものづくりの情報発信を積極的に行い、今後は小学生などを対象とした工場見学も計画している。
しかし、製造業のイメージアップよりも重要なことは、夢を持ってチャレンジすることの大切さを、ものづくりを通して子どもたちに教えることだと太田さんは思っている。
「今の子は夢がない。熱量が少ない。私はその架け橋になりたい。夢の協力者になりたい」
大人になってどこまで熱くなれるかは、小さなときに抱いた夢への熱量によって決まる。その夢を実現しようとして培った努力は、仮にその夢を実現できなかったとしても、大人になったときにビジネスなどに転換できる。そもそも、何かに夢中になれれば毎日が楽しくなる。大人になってからも、いい気分で仕事ができるに違いない。太田さんはそう考えている。
「夢の協力者になりたい」という「夢」を語る太田さんの笑顔は、好きなことに夢中になっている少年のように輝いていた。もしかしたら、この熱い思いこそ、ステークホルダーが引き付けられる太田さんの最大の魅力なのかもしれない。
<企業情報>
滝本技研工業株式会社
〒468-0056 愛知県名古屋市天白区島田1-1501
創業:昭和46年6月
法人設立:昭和53年7月
代表者:太田利治
従業員数:10名