
熱中症の典型的な症状である「頭痛」や「吐き気」が、医療機関の受診が必要な段階であるにもかかわらず、広く軽視されている。2025年の調査で、熱中症を経験した人のうち9割近くが受診していない実態が明らかとなり、症状の見誤りが重症化リスクを高めていることが浮き彫りとなった。
症状が出ても受診しない人が9割近く
ヘルステクノロジーズ株式会社が全国の20〜70代の男女867人を対象に実施した調査によると、熱中症を経験した人のうち88.1%が医療機関を受診していないと回答した。多くの人が、自身の体調異変を「一時的な不調」あるいは「我慢できるもの」と捉え、適切な医療対応に至っていない実態がある。
最も多い症状は「頭痛」――身近な体調不良と誤認
同調査では、最も多く挙げられた症状が「頭が痛い」(64.5%)で、次いで「頭や身体が火照る」(51.0%)、「吐き気がする」(41.3%)と続いた。これらはすべて熱中症に特徴的な兆候であるが、日常的な頭痛や風邪のような体調不良と誤認されやすく、深刻に受け止められにくい傾向がある。
「Ⅱ度」に相当する危険なサイン
日本救急医学会の熱中症重症度分類によれば、「頭痛」や「吐き気・嘔吐」は中等度(Ⅱ度)に該当し、速やかに医療機関の判断を仰ぐべき重要な兆候とされる。Ⅱ度に至ると、放置すれば意識障害やけいれんなどを伴うⅢ度(重度)に移行する可能性がある。
それにもかかわらず、「病院に行くほどではない」と自己判断する人が多く、冷房や水分補給だけでやり過ごす対応が広がっている。
受診回避の心理と、屋内リスクへの過小評価
受診回避には、症状への軽視に加え、医療機関の混雑や時間的負担を回避したいという心理も作用している。また、屋内での熱中症リスクに対する理解不足も深刻である。
調査では、発症場所として「屋外」が66.8%、「屋内」が33.2%を占めた。総務省消防庁の2024年データでも、救急搬送の最多発生場所は「住居」(38.0%)だった。エアコンの未使用や通気不足の環境下では、室内であっても熱中症の危険は高まる。
特に高齢者や乳幼児は、体温調節機能が未発達または衰えており、異変に気づきにくい。単身世帯や高齢者世帯では、相談や通報の機会が限られることで、症状の深刻化を招く恐れがある。
企業にも熱中症対策の義務化と罰則
厚生労働省は2025年6月1日から労働安全衛生規則を改正し、暑さ指数(WBGT)28度以上または気温31度以上の現場で、1時間以上または1日4時間以上の作業が見込まれる場合、企業に対策義務を課した。
義務の内容は以下の通りである。
- 体調異常の報告体制の整備・周知
- 異常時の対応手順の作成・周知(冷却・搬送など)
違反時には労働安全衛生法に基づき、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される。また、都道府県労働局・労基署から作業の全部または一部停止命令を受けることもある。
さらに、労働契約法に基づく安全配慮義務に違反した場合、民事上の損害賠償責任が発生する可能性もある。過去には熱中症をめぐる企業の対応不備が問われ、数千万円規模の賠償命令が出た事例もある。
混在作業場では、元方事業者だけでなく、下請けを含むすべての関係事業者が対応責任を負う。
熱中症の主な症状と重症度・対処法
主な症状 | 重症度分類 | 状態の特徴 | 推奨される対処法 |
---|---|---|---|
めまい、立ちくらみ、こむら返り、大量の汗 | Ⅰ度(軽度) | 初期症状、熱放散の乱れ | 涼しい場所へ移動、塩分・水分補給、冷却 |
頭痛、吐き気・嘔吐、倦怠感、集中力低下 | Ⅱ度(中等度) | 日常動作に支障、脱水・高体温進行 | 医療機関を受診、安静と冷却、点滴等 |
意識障害、けいれん、高体温 | Ⅲ度(重度) | 生命に関わる状態 | 救急搬送、身体冷却の応急処置 |
企業が活用できる熱中症対策の助成・補助制度
企業にとって、義務化された熱中症対策の負担を軽減するために、国や自治体の助成制度が整備されている。
主な国の助成・補助制度
制度名 | 概要・対象内容 |
---|---|
業務改善助成金 | 作業環境整備や空調設備導入(補助率最大4/5、最大600万円) |
エイジフレンドリー補助金 | 高齢者労働者向けの空調服・WBGT計などの導入支援(補助率1/2、上限100万円) |
働き方改革推進支援助成金 | 休憩所設置・空調導入等(補助率最大4/5、上限200万円) |
省エネ補助金(経産省等) | 高効率エアコン等の省エネ設備導入支援(中小企業向け補助率1/2) |
自治体独自の制度
東京都では、事業者団体向けに「熱中症対策ガイドライン策定等補助事業」が用意されており、業界特性に応じた対応を支援している。その他、地方自治体によっては、企業向けの空調設備補助や人材教育費の一部負担を行っている例もある。
主な補助対象設備
- 空調作業服、冷却ベスト、送風ファン
- ミストファン、スポットクーラー、WBGT計
- 体調管理アプリ、教育教材、専門家派遣費用 など
制度利用の際は、事前申請が必要であること、年度予算に限りがあること、自治体ごとに対象が異なることなどに留意すべきである。
「暑さ対策」は義務から企業価値へ
熱中症は、日常的な頭痛や倦怠感のように見える初期症状を軽視することで、重症化や労働災害につながるリスクがある。企業にとっては法令順守のみならず、従業員の安全確保と職場の持続性に関わる経営課題でもある。
国や自治体による助成制度を的確に活用し、環境整備・機器導入・教育体制の強化を進めることが、これからの「暑さに強い職場づくり」の基本となっている。