
中国の遠洋イカ漁船団をめぐり、国際社会の批判が強まっている。英国の環境・人権団体EJFは、漁獲量の過少報告、違法操業、保護種の捕獲、船員への人権侵害の疑いを指摘した。安いイカの向こう側で、海の資源と人間の尊厳が同時に削られている。
宇宙から見える漁火が示す異常な規模
夜の海に、無数の明かりが浮かぶ。遠くから見れば、幻想的な漁火に見えるかもしれない。しかし、その光が衛星からも確認できるほどの規模で広がっていると知れば、印象は一変する。そこにあるのは、昔ながらの漁の風景ではない。巨大な船団が海を照らし、イカを集め、獲れるだけ獲っていく現場だ。
中央日報日本語版によると、EJFは中国のイカ漁獲量について、実際には世界全体の50〜70%に達する可能性があると推定している。国連食糧農業機関に報告された数字では、中国の漁獲量は世界全体の38%水準とされるが、EJFは報告量と実態の間に大きな隔たりがあるとみている。
この数字は推定ではあるが、それでも、世界の海で中国の遠洋イカ漁船団が圧倒的な存在感を持っていることは確かだ。しかも問われているのは、漁獲量の多さだけではない。どこで、何を、どれだけ獲ったのか。その基本情報が、正しく見えなくなっていることこそ深刻だ。
報告されない漁獲が海を壊す
EJFは、インド洋で中国漁船がFAO(国際連合食糧農業機関)に報告した漁獲量よりも、船舶自動識別装置(AIS)の信号をもとに推定した漁獲量の方が約4倍多かったと指摘している。もしこの分析が実態に近いなら、海の資源管理は入口から崩れている。
漁獲量を報告しない。魚種や海域をあいまいにする。海上で冷凍運搬船に漁獲物を移し替え、港へ戻らず操業を続ける。さらに、監視を逃れるためにAISを止めたり、信号を操作したりする疑いもある。専門用語を並べると複雑に見えるが、やっていることは単純だ。見られない場所で、見られないようにして、海から持ち去る。
北西インド洋、南西大西洋、南東太平洋は、世界のイカ生産を支える主要な漁場とされる。そこには、特定の国の主権が及びにくい公海も多い。誰のものでもない海は、本来なら各国がルールを守って使うべき場所だ。だが現実には、監視の目が薄く、責任の所在もあいまいになりやすい。
真面目に規制を守る漁業者が、網目の大きさや漁期を守っても、別の船団が公海で大量に獲っていけば、資源管理は意味を失う。ルールを守る側が損をし、抜け道を使う側が利益を得る。海がそういう場所に変わってしまえば、残るのは早い者勝ちの乱獲だけだ。
サメのひれだけが切り取られる海
さらに重いのは、被害がイカだけにとどまらないことだ。EJFの報告では、中国漁船で働いた船員の証言として、イルカ、オニイトマキエイ、ジンベエザメなど、保護が求められる海洋生物が捕獲された疑いも示されている。
なかでも、サメをめぐる証言は生々しい。フカヒレ目的で、値段のつく“ひれ”だけを切り取り、胴体は海へ捨てる。生き物を食べること自体を否定する話ではない。問題は、命をいただくという感覚すらなく、金になる部位だけを奪い、残りを不要物のように扱うことだ。さらに、このことによりサメの個体数減少を加速させる恐れがある。大型の海洋生物は、個体数が減ってもすぐには戻らない。回復には長い時間がかかる。海は、壊してから慌てて直せる機械ではない。
イカも同じだ。イカは多くの魚や海洋哺乳類の餌になる。大量に獲れば、影響はイカだけで終わらない。食物連鎖の一部が薄くなれば、別の生き物にも影響が広がる。目の前の利益のために、次の世代が食べるはずだった海まで前借りしているようなものだ。
「安いイカ」の裏側にある船員の声
この問題は、環境破壊だけではない。船の上で働く人間の扱いにも及んでいる。EJFは、中国のイカ漁船で強制労働が横行している疑いを指摘した。船員からは、賞味期限切れの食料を与えられた、海水を飲み水や入浴に使った、暴行を受けた、病気でも働かされたといった証言が出ている。
遠洋漁船の船内には、逃げ場がない。陸の職場なら、外へ出ることも、誰かに助けを求めることもできる。だが、海の上ではそうはいかない。食べるもの、眠る時間、体調不良を訴える権利さえ、船長や雇用主に握られる。イカが冷凍され、世界の市場に運ばれる一方で、その船に乗る人間の声は、港に届く前にかき消される。
スーパーに並ぶ冷凍イカ。惣菜売り場のイカフライ。外食で出てくる一皿。私たちは値段と味には敏感だが、それがどこで、誰によって、どんな方法で獲られたのかまではほとんど見ない。見えないから、安さだけが前に出る。
だが、その安さの裏で、海の資源と船員の身体がすり減らされているのなら、これは単なる輸入水産物の話ではない。食卓の便利さが、遠い海の無法とつながっているかもしれないという話だ。
日本の食卓にも返ってくる
中国船団によるイカ漁は、日本海周辺でも問題になってきた。過去には、北朝鮮海域周辺で中国漁船が大規模に操業し、イカ資源の減少に影響した可能性が指摘されている。日本にとって、イカは身近な魚介類だ。刺し身、焼き物、煮物、揚げ物、加工品。価格が上がれば家計に響き、漁獲が減れば地域の漁業にも影を落とす。
遠い南西大西洋やインド洋の話だと受け止めているうちに、影響は静かに食卓へ戻ってくる。乱獲されたイカが世界市場に流れ、正規の漁業者が不利になり、資源が減り、価格が揺れる。海はつながっている。どこかの公海で起きている無法は、別の国の港や台所にも届く。
必要なのは、怒りの声だけではない。漁獲証明、水産物の履歴管理、違法漁獲物の市場排除、地域漁業管理機関の強化。どれも派手な言葉ではないし、SNSで一気に拡散されるような話でもない。それでも、ここを詰めなければ、巨大船団はまた夜の海へ出ていく。光を放ちながら、見えない場所で、見えない命を削り続ける。
海は無限の倉庫ではない。そこにいる生き物も、船で働く人間も、安い水産物を支えるための使い捨て部品ではない。根こそぎとも形容される漁の先に残るのは、空っぽに近づく海と、見ないふりをしてきた私たちの後味の悪さだけだ。



