
米巨大IT企業メタ(Meta)による約20億ドル(約3,000億円)規模の大型買収劇が、中国政府の鶴の一声で突如として白紙に戻された。標的となったのは、中国発の自律型AIスタートアップ「Manus(マヌス)」。水面下で進められていたシリコンバレーと北京を股にかける野心的なディールは、なぜ御破算となったのか。
そこには、次世代の覇権を握るAIエージェントを巡る米中両国の抜き差しならない暗闘が透けて見える。
シンガポールへの「逃避行」も虚しく…
事の発端は2025年12月30日、マヌスが突如として発表した公告だった。「米メタが近くマヌスを買収する」。この一報は世界のテック業界を駆け巡った。
マヌスは、中国のスタートアップ企業「Monica」出身のエンジニアが2022年に北京で設立した企業だ。2025年3月に発表された同名のAI「マヌス」は、データ分析からコーディング、市場調査などの複雑なタスクを、人間の監視なしに自律的に処理する世界初の「汎用型エージェントAI」として脚光を浴びていた。独自のAI事業を抜本的に強化したいメタにとって、喉から手が出るほど欲しい技術だったことは想像に難くない。
興味深いのは、マヌス側の「用意周到」な動きだ。米中間の技術覇権争いや地政学的リスクを回避するためか、同社は事前に本拠地を中国本土からシンガポールへと移転。法人名も「Butterfly Effect Pte」に変更し、公告でも「企業の経営は引き続きシンガポールで行う」と強調していた。いわば、中国のくびきから逃れるための「逃避行」を図っていたのだ。
しかし、中国当局の目はごまかせなかった。
「技術流出は許さない」国家発展改革委員会の鉄槌
2026年4月2日、中国商務部の定例記者会見。何亜東報道官はメタのマヌス買収について問われ、「中国政府は企業が必要性に基づいて国境を越えた経営と技術協力を展開することを支持する」と前置きしつつも、「これに関わる活動においては、中国の法令を遵守し、法定手続きを履行しなければならない」と釘を刺した。この時点で、すでに暗雲は立ち込めていたと言える。
そして4月27日、決定的な裁定が下る。中国の国家発展改革委員会(NDRC)の外商投資安全審査業務メカニズム弁公室が、国家の安全保障および関連法規制に基づき、メタによるマヌス買収に対して「投資禁止」の決定を下したのだ。さらに、当事者に対して買収取引の撤回を強く求めた。
NDRCは数カ月に及ぶ外資投資の安全保障審査を実施。その結果、マナスのコアチームや独自技術、データ資産が中国国外へ移転した経緯そのものが「中国の技術輸出管理規制の適用対象」になると判断した。シンガポールへの拠点移転という「抜け道」は、あっけなく塞がれたのである。
激化するAI覇権争い、多国籍企業の苦悩
NDRCの買収阻止命令を受け、メタは直ちに進行中の手続きを巻き戻し、買収合意を完全に解消する措置を取らざるを得なくなった。メタ側は「本件の進行において、現地の適用法を完全に遵守していた」と公式声明を発表し、不満をにじませている。
今回の一連の動きは、中国政府が自国発祥の高度なAI技術、専門人材、そしてデータ資産の海外流出に対して、極めて強い警戒姿勢をとっている事実を如実に示している。米国巨大IT企業による有望なAIスタートアップの買収を「直接的」にブロックしたことで、人工知能の基盤技術を巡る米中間の対立は一段と明白になった。
国境を越えたAI関連企業のM&Aは今や、両国政府の厳格な監視下に置かれている。国際的に事業を展開するテクノロジー企業は、国をまたぐ技術移転や中長期的な投資戦略の抜本的な見直しを迫られている。20億ドルのディールをあっさりと潰した中国の「本気度」を前に、次のターゲットとなるのはどの企業か。米中AI戦争は、新たなフェーズに突入した。



