
朝の開店前、貴金属店の前に静かな列ができていた。
目当ては、かつてない高値を記録した“金”。
国内の金の小売価格が史上初めて1グラム2万3000円を超え、投資家だけでなく一般の人々までが列を作る。
世界経済の不安と、人々の「安心を求める本能」が交錯していた。
モニターの数字が変わった瞬間、店内の空気がざわめいた
10月17日午前9時半。
貴金属店の店頭モニターに「23,254円」という数字が点灯した。
前日よりも658円高く、史上初の2万3000円台。
長く相場を見てきた常連客も、思わず足を止めて見入っていた。
「もうここまで来たか」小さくつぶやく声が重なる。
為替の乱高下や株価の不安定さが続く中で、安全資産とされる金への関心が一気に高まっていた。
SNSでは「もう買えない」「ここが天井か」といった投稿が飛び交い、日常の空気の中に、どこかざわついた熱が流れ始めた。
“完売”の札が並び、人々は黙って列を作った
午前11時を過ぎるころ、都内の複数の貴金属店で「販売停止」や「在庫なし」の札が貼られた。
店の前には数人が静かに並び、「朝来たのに、もう売り切れか」と肩を落とす姿もあった。
スタッフは「ここ数日は、開店から1時間ももたない」と語る。
老夫婦が腕を組んで列に並び、若い夫婦が相談しながらスマートフォンを見つめていた。
「円もドルも信用できない」「少しでも現物で持っておきたい」。
そんな声があちこちから聞こえる。
金はもはや投資対象ではなく、「不安を形に変える手段」として人々の心を掴んでいた。
通貨が揺らぐ時代、人々は再び“金”に希望を託す
米中の摩擦、アメリカの財政不安、そして円安。
世界の通貨が揺らぐ中、金が再び「最後の拠り所」として注目を集めている。
経済アナリストは語る。
「世界の中央銀行がドルを売り、金を買う流れが続いています。
これまで金をあまり保有してこなかった日本や欧州の投資家までが動き始めているのです」
ニューヨーク市場では金先物が史上初めて1トロイオンス=4000ドルを突破。
東南アジアの貴金属店では、金を求める人々が列をなし、「銀行に預けても利息がつかない。金なら翌日には価値が上がるかもしれない」と語る人もいる。
世界的な不安の連鎖が、人々を再び金という目に見える資産へと駆り立てている。
急騰の輝きの裏に、冷静な判断を求める声がある
「控えめに言っても、今の金相場は異常です」
そう語る専門家は少なくない。
急激な高騰は、同じ速度での急落リスクを孕む。
金を資産の一部として長期的に持つのは有効だが、全財産を金に、という極端な選択は危うい。
ETFや積立といった金融商品もあるが、中には裏付け資産が不明確なものもある。
選ぶ側の知識と冷静さが求められている。
それでも、人々が金を手に取るのは、不確実な時代の中で“確かな重み”を感じたいからだろう。静かに輝く金塊は、世界の不安を映す鏡のようだった。
誰もが未来を測りかねながら、その小さな輝きに手を伸ばしている。