
「年収500万円」は多くの人にとって到達したい目安であり、「年収1000万円」は“高収入=富裕層”の象徴のように語られる。しかし、統計や生活実感を冷静に見つめると、そのイメージと現実には大きな差がある。本記事では、国税庁や厚生労働省の統計データをもとに、収入水準の実態と生活コストを多角的に分析する。
平均と中央値から見る「500万円」の位置づけ
国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」によれば、日本の平均年収は460万円。男性569万円、女性316万円と依然として大きな差がある。
一方、厚生労働省「2023年 国民生活基礎調査」によると、収入の中央値は405万円。500万円はこの平均も中央値も上回っており、社会全体では「上位層」に属するといえる。
年収帯の分布では、男性は「400万超〜500万円以下」が最多(約17.5%)、女性は「100万超〜200万円以下」が最多(約20.5%)。
全体で最も多い層は「300万超〜400万円以下」であり、500万円は“普通より上”の水準であることが明確になる。
年収1000万円 ― 上位5%だが「富裕層」とは限らない
国税庁によれば、年収1000万円以上の給与所得者は全体の約5〜6%にすぎない。収入面では明らかに上位だが、それがそのまま「富裕層」とは言い切れない。
野村総合研究所の分類では、純金融資産1億円以上を「富裕層」、5000万〜1億円未満を「準富裕層」と定義している。年収1000万円でも貯蓄や投資に回せなければ資産形成は難しく、富裕層の定義には届かない。
また、年収1000万円の手取りはおよそ700万円程度。高額の税金や社会保険料が差し引かれるうえ、都市部では教育費や住宅ローンが重なり「余裕がない」と感じる世帯も少なくない。
実際、年収1000万円世帯でも貯蓄ゼロや数百万円程度しか金融資産を持たないケースは珍しくない。
東京と地方での生活費シミュレーション
同じ収入でも、生活コストは居住地によって大きく変わる。ここでは「夫婦+子1人」の世帯をモデルに、東京23区と地方都市での生活費を比較する。
東京23区の場合
- 家賃(2LDK〜3LDK):20万〜30万円
(都心5区では25万〜40万円、新築やタワマンでは50万円超も) - 食費:8万〜10万円
- 教育費(保育園・習い事など):5万〜8万円
- 通勤・交通費:2万〜3万円
- 光熱費・通信費:3万〜4万円
- その他(交際費・衣服・医療など):6万〜10万円
→ 月支出合計:約45万〜65万円
この条件下では、年収500万円(手取り約400万円)は明確に赤字。生活水準を落とさなければ貯蓄は難しい。
年収1000万円(手取り約700万円)でも、余力は月10万〜15万円程度。住宅ローンや教育費が増えると貯蓄ペースはすぐに圧迫される。
地方都市(中核市・政令市)の場合
- 家賃(3LDK):8万〜10万円
- 食費:6万〜8万円
- 教育費:3万〜5万円
- 交通費(車保有含む):1万〜2万円
- 光熱費・通信費:3万円前後
- その他:4万〜6万円
→ 月支出合計:約25万〜35万円
地方では支出が抑えられるため、500万円でも年間100万円以上の貯蓄が現実的に可能。1000万円世帯なら、毎月20万円以上を資産形成に回せる余裕がある。
教育費と住宅ローン ― 家計を圧迫する二大要因
とりわけ都市部で家計を苦しめるのが教育費と住宅ローンである。
文部科学省の調査によると、大学卒業までに必要な教育費は次の通り。
- 公立小中高+国立大学:約540万円
- 公立小中高+私立大学:約770万円
- 私立小中高+私立大学:2000万円超
子どもが二人以上いれば、年収1000万円世帯でも家計が逼迫する可能性がある。
さらに住宅ローン。首都圏の新築マンション平均価格は約8000万円。
頭金を差し引いて6000万円を35年ローンで借り入れた場合、毎月の返済は17万〜18万円に及ぶ。
固定資産税や修繕費を含めると、年収1000万円でも重い負担となる。
本当の「豊かさ」を得るために
ここまでの分析から浮かぶのは、「収入の額」だけでは豊かさは測れないという現実だ。
- 年収500万円は社会的に平均以上だが、都市部で家族を養うには厳しい。
- 年収1000万円は上位層だが、教育費や住宅ローンで余裕が削られる。
- 地方であれば同じ収入でも豊かに暮らせる可能性が高い。
本当の意味での豊かさは、収入ではなく「資産形成力」によって左右される。高収入でも支出が多ければ貯蓄は残らない。逆に500万円程度の収入でも、支出を抑え堅実に資産を積み上げれば安心を得られる。
まとめ
年収500万円は平均を上回り、社会全体で見れば上位層に属する。だが東京23区で暮らせばカツカツであり、地方では余裕を持てる。年収1000万円は上位5%に入るが、富裕層とは限らず、教育費や住宅ローンの負担次第で家計が苦しくなる。
収入の大小にかかわらず、重要なのは「資産をどう築き、支出をどう管理するか」だ。500万円も1000万円も通過点にすぎず、将来の安心を左右するのは数字そのものではなく、資産形成の姿勢である。
参考文献
- 国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2023/index.htm - 厚生労働省「令和5年 国民生活基礎調査の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html - 文部科学省「子供の学習費調査」
https://www.mext.go.jp/content/20221209-mxt_chousa01-000024004_02.pdf - 不動産経済研究所「首都圏新築マンション市場動向」
https://www.fudousankeizai.co.jp/ - 野村総合研究所「NRI富裕層アンケート調査」
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2022/cc/1125_1