~和歌山地裁、覚醒剤使用の証明不十分と判断~
和歌山地方裁判所は12月12日、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家・野崎幸助氏(当時77歳)の殺害事件で、殺人などの罪に問われた元妻の須藤早貴さん(28)に対し、無罪を言い渡した。裁判長は、須藤さんが野崎氏を殺害することは可能だったとしながらも、覚醒剤を入手したことは「疑わしい」と判断。
覚醒剤の摂取方法も立証されておらず、「野崎氏が誤って過剰摂取した可能性を否定できない」と結論付けた。
事件の経緯、2018年5月に
2018年5月、和歌山県田辺市の住宅で野崎氏が死亡しているのが発見された。司法解剖の結果、死因は急性覚醒剤中毒と判明。事件から3年後の2021年、55歳年下の妻だった須藤さんが逮捕・起訴された。
検察側は、防犯カメラの映像やスマートフォンのヘルスケアアプリの解析、インターネットの検索履歴などから「財産目当ての計画的な犯行」と主張し、無期懲役を求刑した。
一方、弁護側は「覚醒剤をどのように飲ませたか」が検証されていないなど、検察の主張の不十分さを指摘し、無罪を主張していた。
ドンファン経営のアプリコ社、破産へ
長期化した裁判だったが、この間に、野崎氏が経営していた金融業・酒類販売会社「アプリコ」と関連会社「アンカー」は、2023年9月21日に和歌山地裁に破産手続きを行っていた。アプリコの負債総額は約7億5千万円、アンカーは約1億4千万円に上ることが報道で伝わっている。
アプリコは1996年設立。野崎氏はもともと、JR東京駅周辺で貸金業を営んでいたが、規制強化により酒類販売業のアプリコの経営に集中するようになったという。アプリコは従業員6名の小規模企業ながら、給与の良さから地元では人気企業として知られていた。須藤被告は野崎氏の死後、2018年7月に代表に就任していた。
遺産13億はどうなる
野崎氏は、遺産を地元和歌山県田辺市に寄付する内容の遺書を書いていた。田辺市がおよそ13億2000万円の遺産を受け取ることになっても、妻だった須藤早貴さんはそのうちの半分のおよそ6億6000万円を相続する権利を持つ。
ただ、須藤さんが裁判で有罪となった場合は、須藤さんは相続の資格を失い、田辺市がすべての遺産を受け取ることになっていた。この先検察は控訴を検討する可能性も考えられるため、決着がどうなるかはわからないが、現段階では須藤さんは多額の遺産を手にすることになったといえる。
SNSでの反応
元覚醒剤使用者とされる人物は「あの量を飲むということは、がんじがらめで口を開けさせたまま流し込む以外、ドンファンの共同作業でない限り無理。処方箋の苦い薬以上に苦い。ジュースに混ぜても苦いし、肉団子の中に入れても固くて噛めば分かる。どうやって飲ませたのか不思議で仕方ない」とコメント。「量が尋常ではないので、この判決は納得できる」との見方を示した。
別のSNSユーザーは「一般人である裁判員から、これで有罪判決を引き出すのはいかにも無理があると感じていた。検察がこれで引くとは思えないが、プロのみが審理する上級審でも無罪判決を維持できるのかどうかが、今後の注目点」と指摘している。
また、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則について、専門家は「被告人がこの罪を犯したという確信が持てることが必要。可能性が高くても、それ以外の可能性が残る限り、無罪となるのが刑事裁判の本質」と解説。本件では、検察側が「どのように覚せい剤を摂取させたのか」という重要な事実を立証できなかったことが、無罪判決につながったと分析している。
今後の展開
和歌山地検の花輪一義次席検事は「検察官の主張が受け容れられなかったことは残念。判決内容を精査し、上級庁とも協議の上、適切に対応したい」とコメント。検察側の控訴が予想される。裁判に参加した20代の男性裁判員は「直接的な証拠がなく、一部分の証拠を切り取って有罪無罪とはできない」と述べ、慎重な判断を行ったことを明らかにした。
弁護人は「薄いグレーをいくら塗り重ねても黒にはならない」と述べ、状況証拠の積み重ねだけでは有罪を導き出せないとする判決の本質を端的に表現した。
真実は、深海に沈んだ真珠のように、容易にはその姿を現さない。果たして、この事件の真相は、いつか白日の下に晒されるのだろうか。あるいは、永遠に謎のまま、人々の記憶から風化していくのだろうか。Don Juanの享楽的な人生の終幕は、あまりにも多くの謎を残したまま、幕を閉じた。