変わりゆく時代の中で -「インパクト加重会計」という新たな試み
企業は、これまで以上に社会の一員としての責任が問われる時代となりました。従来の財務情報だけでは捉えきれない、環境や社会への影響も考慮した経営が求められています。
そこで近年、注目を集めているのが「インパクト加重会計(Impact-weighted accounts: IWA)」という考え方です。
インパクト加重会計は、企業活動が生み出す経済的価値だけでなく、社会や環境にもたらす影響を「見える化」し、企業価値を再定義しようという試みです。アメリカのハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のセラフィム教授らが提唱している新しい会計手法で、サステナビリティなどの取組みによる環境や社会への影響(インパクト)を良い面と悪い面を両方測定し、金額換算を行います。
「インパクト加重会計」とは? – 企業価値の再定義
「インパクト加重会計」は、企業が事業活動を通じて社会、環境に及ぼす影響を貨幣価値に換算し、従来の財務諸表に組み込むという新しい会計の手法です。2019年、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の「インパクト加重会計プロジェクト」が提唱したことをきっかけに、注目を集めています。
HBSは、企業活動が生み出す経済的価値だけでなく、従業員、顧客、環境、社会全体への影響も考慮すべきであるとの考えから、この新しい会計の枠組みを提案しました。HBSと連携し、インパクト加重会計の普及活動を行うインパクトエコノミー財団は、企業が社会や環境に及ぼす影響を「見える化」することで、企業自身がその影響を認識し、より良い意思決定を行うことを目指しています。
従来の財務会計では、企業が生み出す価値は主に財務情報で評価されてきました。しかし、環境問題や社会問題への関心の高まりを受け、企業は経済的価値に加えて、社会や環境にもたらす価値(あるいは負の影響)も考慮した経営を行う必要性に迫られています。インパクト加重会計は、このような時代の要請に応えるものとして、企業価値を再定義する可能性を秘めていると言えるでしょう。
実際に、エーザイは「価値創造レポート2021」から2019年の従業員インパクト会計(単体)を任意開⽰しています。賃⾦の質(年収等を踏まえた効⽤を算定)が343億円の正のインパクトを持つ⼀⽅、ダイバーシティの取組で78億円の負のインパクトがあり、トータルで269億円の正のインパクトがあると開示されています。
また、直近では、近年注目を集める「インパクト加重会計」を用いることで、社会貢献を定量的に可視化する試みがKDDIから発表されています。企業価値向上と社会課題解決の両立を目指す取り組みとして注目を集めています。
KDDI 社会的インパクトを金額換算する「インパクト加重会計」を実施
KDDIは、2024年5月16日に社会的インパクトを金額換算する「インパクト加重会計」を実施というリリースを出しています。自社のIoTビジネスが社会に与える影響を金額換算した結果、2024年3月期に5,023億円もの社会的インパクトを創出したとの発表でした。これは同社のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の約1.6倍に相当するそうです。
KDDIのインパクト加重会計の詳細
KDDIは、社会や環境への影響を金額換算する「インパクト加重会計」を導入。早稲田大学 柳良平客員教授の監修のもと、アビームコンサルティングと連携し、インパクト投資の評価指標などを開発する国際的な非営利団体IFVIが提唱するフレームワークに沿って算出を行った。
今回の算出では、KDDIが提供するIoT回線を活用したサービスによる社会的インパクトを分析。交通事故発生時の緊急通報による被害軽減効果や、最適なルート表示による車両のCO2排出量削減効果など、多岐にわたる項目を金額に換算した。
KDDIは、今回のインパクト加重会計の結果を、任意開示の統合報告書などで開示する予定だそうです。従来の財務情報に加え、社会貢献活動を金額で示すことで、投資家を含む様々なステークホルダーに対して、多角的な企業価値の理解を促進すると期待されている。
社会貢献活動がもたらすプラスの影響を定量化し、投資判断の材料として提供することで、従来の財務指標では測りきれなかった企業価値を可視化できる。これは、KDDIの企業価値向上に大きく貢献するものと言えるだろう。
企業活動の社会的インパクトを金額換算する「インパクト加重会計」を実施 KDDI
KDDIの加重会計が他企業に与える影響
KDDIの取り組みは、社会貢献活動を定量化し、企業価値として可視化する手法として、他の企業にも大きな影響を与える可能性を持ちます。従来、企業の社会貢献活動は、その効果を金額で測定することが難しく、投資家にとっては評価が難しいものでした。しかし、KDDIのようにインパクト加重会計を導入する企業が増えることで、社会貢献活動の「見える化」が進み、投資家の関心も高まることが予想されます。
KDDIのインパクト加重会計導入は、企業が社会貢献活動を金額で評価し、企業価値向上につなげるという、新たな潮流を生み出す可能性を秘めている。自社の事業活動が社会に与える影響を可視化し、その価値をステークホルダーに伝えることは、企業にとって今後ますます重要な取り組みとなっていくでしょう。
KDDIの事例は、企業価値向上と社会課題解決の両立を目指す、多くの企業にとって重要な参考事例となるに違いありません。
「インパクト加重会計」で何が変わるのか? – ステークホルダーとの対話
インパクト加重会計によって、企業とステークホルダーとの関係性は大きく変わると予想されます。この点をもう少し詳しく掘り下げてみましょう。
企業は、従来の財務情報に加えて、社会や環境への影響に関する情報を積極的に開示することで、投資家、消費者、従業員など、様々なステークホルダーからの信頼を獲得することができるようになるベネフィットが見込めます。
一方、投資家にとっては、インパクト加重会計の情報は、投資判断を行う上で重要な要素となります。環境問題や社会問題への意識が高まる中、経済的リターンだけでなく、社会や環境にも貢献できる企業への投資を検討する投資家が増えています。
インパクト加重会計は、そうした投資家に対して、企業の社会や環境への影響を分かりやすく示すことで、投資を呼び込む効果も期待できます。
また、消費者にとっても、インパクト加重会計の情報は、商品やサービスを選択する上での判断材料となります。倫理的な消費行動への関心が高まる中、消費者は、企業の社会や環境への取り組みを重視するようになっています。インパクト加重会計は、消費者が企業の取り組みを理解し、倫理的な消費行動を促進する効果も期待できます。
専門家の視点 – インパクトの「見える化」を促進するために
金融庁金融研究センターのディスカッションペーパーでは、神戸大学大学院教授 國部克彦氏、高崎経済大学学長 水口剛氏の意見をヒアリングしたうえで、以下のように書いています。
インパクト加重会計は、企業が社会や環境への影響を認識し、その責任を果たすための有効なツールとなりうると述べています。また、インパクト加重会計の普及には、企業だけでなく、投資家や消費者など、様々なステークホルダーの理解と協力が不可欠であると指摘しています。
サステナブルファイナンスに関する有識者会議第4次報告書では
金融庁が2024年7月9日に公表した「サステナブルファイナンスに関する有識者会議第4次報告書」によると、インパクト投資の促進にあたって、インパクトを金銭価値化するインパクト加重会計の事例や研究の蓄積が重要だと指摘しています。
インパクト評価や企業価値向上につなげる企業戦略の在り方について、インパクトを金銭価値化するインパクト加重会計の事例や研究の蓄積が重要であり、「民間主体では整理しづらいインパクト指標やデータの整備、地域を含む官民協の取組みの推進など、官民が補完し合い進めていくことが有効」と続きます。
まとめ:持続可能な社会に向けた羅針盤
インパクト加重会計は、企業が持続可能な成長を実現するための羅針盤となる可能性を秘めています。企業が社会や環境への影響を「見える化」し、その情報を積極的に開示することで、ステークホルダーからの信頼を獲得し、持続可能な社会の実現に貢献していくことが期待されます。