「ダイバーシティ」や「サステナビリティ」など、既存の考え方をアップデートする言葉が、日本でも浸透しつつある。その一方で、この国は多様性後進国とも言える。日本の女性閣僚や管理職は世界各国のそれと比べても低く、人種差別問題に関してもどこか他人事。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会における森・前会長の女性蔑視発言は記憶に新しく、また、同大会開閉会式の演出統括のクリエイティブディレクター佐々木宏氏も女性タレントへの失言から辞任した。今後、企業において多様性や人権の軽視は、顧客からの信頼問題に関わるだろう。
世界最大級の顧客情報管理システム「Salesforce」を生み出したセールスフォース・ドットコム創業者マーク・ベニオフは「信頼」「平等」をバリューとして掲げる。彼のバリューは理想に終わらない。2023年までに米国従業員の50%をマイノリティグループで構成する目標を掲げ、現在は43.9%。
ステークホルダー、とりわけ従業員への配慮を厚くしたいと考える経営者は少なくない。しかし、そこに多様性はあるのだろうか。マークの価値観と経験談が記された著書『トレイルブレイザー 企業が本気で社会を変える10の思考』(東洋経済新報社)から、多様性のヒントを得る機会にしたい。
世界中に広がる#MeToo運動・#BlackLivesMatter・LGBTQ運動
2017年、ハリウッドから始まった「#MeToo」運動。大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの長年に渡るセクハラが明るみになった。多様な業界に蔓延っていたセクハラ問題が「#MeToo」により暴露され、ヨーロッパ各国はもちろん韓国や日本など世界中に運動は広まった。
#BlackLivesMatterやLGBTQ運動など、近年議題にあがる多様性にまつわる問題は多い。しかし日本では冒頭のように、女性蔑視発言やLGBTQのパートナーシップにおける法整備の遅れが目立つ。ダイバーシティを掲げる企業も、研修の実施など施策の幅は限定的。これが顧客・社員・社会の信頼失墜に繋がっていくと気づいている経営者はどのくらいいるだろうか。
顧客・社員・社会の「信頼」が企業の存続に繋がる
企業の「成長」を優先するあまり、多くの社員を失った経験を持つ経営者もいるのでは。どんなに企業の商品やサービスが優れていたとしても、「信頼」がなければ企業は続かない。マークはセールスフォース・ドットコムを創業して以来、「信頼」の重要性を幾度も経験している。
例えば、2015年インディアナ州の州議会が可決した「宗教の自由の回復法」。LGBTQへの差別を暗に認めた法案に対する不安と衝撃は、インディアナ州のセールスフォースのオフィスに勤める従業員にも広がった。マーケティング・クラウド部門の責任者スコットは、「この件について、あなたはどうするおつもりですか」と問いかけてきたと言う。その他の従業員からも電話やメールが殺到。彼らはマークに共感ではなく、行動を求めていた。
企業が政治に意見することはリスクが大きく、特にLGBTQ関連は注目度も高い。しかしマークは法案に反対するツイートを投稿。周囲のビジネスリーダーにも共に声を上げるよう地道に活動し、遂に法案修正にまで漕ぎ着けた。
「インディアナ州の一件から最終的に明らかになったのは、誰かが1人でビジネスの倫理基準を担っているのではないことだ。従業員からの電話やメッセージは、経営陣が動かなければ、下から突き上げられる銃剣を直視せざるをえなくなることの証しである。バリューにコミットし続けることなくトップ人材を採用し、つなぎ留めておける時代はとうの昔に過ぎ去ったのだ」
マーク・ベニオフ『トレイルブレイザー 企業が本気で社会を変える10の思考』(東洋経済新報社)
その他ジェンダーによる賃金格差の是正や、黒人などマイノリティグループの採用率向上などマークの「信頼」と「平等」に対する歩みは終わらない。
社会に貢献する「1-1-1モデル」
セールスフォースを象徴する施策の1つとして、製品・株式・就業時間の1%を慈善目的に使用する「1-1-1モデル」がある。社会貢献は一見「信頼」とは別の議題ではないか、と思うかもしれない。しかし「結局、他の人を助ける行為そのものが信頼を築き、信頼の証しになる。私たちの動機づけがお金以上のものであることを、従業員や顧客に示すのだ」。(同書)
また、単なる寄付活動ではなく「就業時間」を慈善事業に充てるモデルであることも特筆すべきポイントだ。優秀な社員たちが、十分な教育の機会に恵まれない子どもたちにプログラミングなどの技術と可能性を教える。それは将来的にセールスフォースが優秀な人材を獲得することにも、世界全体にイノベーションを起こす人材を生むことにも繋がる。セールスフォースの「1-1-1モデル」により、広義かつ有意義な意味での「信頼」と「平等」が生まれているのだ。
イノベーションを目指す企業こそ「信頼」と「平等」の獲得を
インターネットの発達により世界は大きく躍進し、様々な産業でイノベーションを起こすスタートアップ企業が生まれた。場所や時間にとらわれることなく働ける時代だからこそ、優秀なチームを創るには「信頼」と「平等」が欠かせない。イノベーションだけで世界を変えられる時代は終わった。今一度、自社のバリューと企業文化を見直す時が来ている。