2023年6月初め、シンガポールでアジア安全保障会議が開催されました。この国際会議は毎年この時期に英国シンクタンク主催のもと同国で行われますが、米国や中国、日本やASEANなど関係諸国の防衛大臣や軍幹部らが参加し、軍事・安全保障の視点から各国が持論を展開します。
この会議では毎年のように米国と中国による非難の応酬が続き、今年もそうでした。
新冷戦勃発? 各国の強い警戒感
しかし、近年、軍事色漂うこの会議では別の風が吹きつつあります。今年のアジア安全保障会議では、会議に出席したインドネシアのプラボウォ国防相が米中対立を皮肉交じりに“新冷戦”と呼び、大国間対立の激化に強い警戒感を示しました。フィリピンのガルベス国防相もウクライナ戦争や米中経済の切り離しは信頼構築と協力を損ない、冷戦時代を復活させると強い不満を示しました。
最近、頻繁にメディアでグローバルサウスという言葉が使われますが、これはインドネシアやフィリピンが位置する東南アジア、南アジアや中東、アフリカや中南米など主に南半球に位置する発展途上国を指します。そして、グローバルサウスに属する多くの国々は、今後爆発的な人口増加が見込まれ、飛躍的な経済発展が期待される一方、貧困や失業、異常気象や温暖化、干ばつなどの問題に直面しています。
北半球の先進国と比べでも、こういった問題はグローバルサウスの国々にとっては喫緊の課題となっており、経済発展と環境保護のバランスが重視される中、如何に持続可能な開発(SDGs)を進められるかがポイントとなっています。
SDGsに対する先進国と途上国との隔たり
しかし、国際政治の中では、SDGsを巡って先進国と途上国との間で大きな乖離があります。簡単に説明すると、先進国は深刻化する地球温暖化問題について、途上国も同じように行動してほしいという本音がある一方、これから経済発展が期待される途上国は、“温暖化の張本人は経済発展によって豊かになった先進国であり、先進国に責任がある、まずは先進国が主体的になって取り組むべきだ”との不満を抱き続けています。
そして、グローバルサウスの不満は頂点に達しているように感じられます。本来であれば、政治的に経済的に力のある大国や先進国がCO2削減などを主導し、SDGsで多くの知恵を途上国に提供するべきです。しかし、今日世界第一の経済大国と第二の経済大国は安全保障や経済、人権や先端技術などを巡って争っており、途上国支援でも、“中国があの国々へ支援を強化したから米国も早急に支援金を倍増する必要がある”などのように、SDGs自体が米中の駆け引きに利用されているような感じがします。
そして、台湾情勢を巡っては正に今緊張が高まっており、米中には国際公益のために動こうとする姿勢はほぼ見られません。
一方、ロシアはウクライナに侵攻し、欧米諸国は積極的に軍事支援を行い、中国は依然としてほぼノータッチの姿勢を崩しておらず、総じて大国、先進国の間では国益優先の考えが先行しています。
グローバルサウスの不満
こういった今日の状況に、SDGsを必要とするグローバルサウスの不満や怒りは高まるばかりです。冒頭で紹介したインドネシアのプラボウォ国防相やフィリピンのガルベス国防相の声はそれを連想させます。
そして、そのような声は何も東南アジアだけではありません。たとえば、5月にG7サミットが広島で開催されましたが、G7サミットに招待されたブラジルのルラ大統領は、“グローバルサウスはウクライナ戦争で和平を主導したいが欧米など北半球はそうしようとしない”、“ウクライナへの支援を続ける米国はロシアへの攻撃に加担している”、“そもそもロシアとウクライナの問題はG7ではなく国連で議論するべきだ”などと持論を展開しました。
G7は北半球の先進国で構成される枠組みであり、実際広島サミットで重点的に扱われた問題も大国間絡みであり、ルラ大統領の発言はグローバルサウスとG7との間に大きな乖離があることを露呈しました。
また、昨年秋の国連総会で、アフリカ連合の議長を務めるセネガルのサル大統領は、“アフリカは新たな冷戦の温床になりたくない”との見解を示し、“ウクライナ問題について、ロシアと米国の間ではアフリカ諸国を味方につけるための綱引き合戦が行われている”と強い不満を示しました。最近でも、アフリカ連合のファキ委員長はエチオピアで講演した際、米中やロシアを念頭に“大国たちがアフリカを地政学的な戦場にしようと脅かしている”と警戒感を滲ませました。
SDGsの難しさ 大国の責任
東南アジアや中南米、アフリカの指導者たちから聞こえてくる声はどれも同じようなものですが、根底にあるのは本来責任を負うべき大国への不満、大国間の争いに巻き込まれることへの警戒感、そして、貧困や失業、異常気象や温暖化、干ばつなどSDGsに関係する諸問題への恐れです。
SDGsの認知度が世界中に広まり、政府だけでなく企業やNGO/NPOによる活動も盛り上がっており、今後もそれが強化されなければなりません。しかし、国際政治の視点からSDGsをみると、こういった難しい現実があるのです。