
株式会社I-ne(アイエヌイー)は、ヘアケア製品や美容家電、スキンケア他関連ブランドの企画・開発および販売を手がける企業である。2012年に発売されたヘアアイロン「SALONIA」や、2015年に登場したボタニカルシャンプー「BOTANIST」、そして2021年発売のナイトケアビューティブランド「YOLU」など、消費者の支持を集める数々のヒット商品を生み出してきた。
同社は自社で生産設備を持たずに商品企画・開発に特化し、インターネットを活用して消費者に直接商品を届けるD2Cビジネスモデルなどを強みに急成長を遂げている。2020年には東京証券取引所マザーズ市場へ上場を果たし、現在はプライム市場に籍を置く企業だ。
「WrinkFade」の特長と世界初処方への挑戦
そんな勢いのあるI-neが4月24日、特別調査委員会の報告書を開示した。明らかになったのは同社のメイクアップ&スキンケアブランド「WrinkFade(リンクフェード)」を巡るガバナンス不全の実態だった。同ブランドは『重ねるほどに、美しく』をコンセプトに、年齢に伴うシワやシミなどの肌悩みをカバーしながら、未来のケアも同時に叶えることを目指しているものらしい。
しかし、この有力ブランド「WrinkFade」の取得を巡り、上場企業としてのガバナンスを揺るがす事実が判明した。事の始まりは2020年末頃、同社の大西洋平社長が、当時の従業員の独立を支援する形で個人的に資金を貸し付け、株式会社Right Here(以下、RH社)という新会社が設立されたことに遡る。
報告書には、新会社設立構想当時の生々しいやり取りが記録されている。大西社長は2020年10月、経営幹部らとの「Chatwork」において「個人投資でineじゃできないブランド作ろうか?」「黒字化してボリュームでたら、ineにタダみたいな値段で売る」と発言していた。
さらに同年12月9日、大西社長は、特定の経営幹部に対して、Chatworkにおいて、「新会社は幹部承認とか確認要らないんで、ガンガン進めてくださいね」、「内容やりとりが僕に見れたら大丈夫なんで幹部には知恵を借りたいときだけ相談みたいな感じで」、「やりとり見れるとこに僕入れるかだけ宜しくお願いします」、「どんな商品進めててどんなプロモーションとか色々リアルタイムで見たいです」等と伝えたていたようだ。これに対して、幹部は「テレグラムでグループ作成しましたので、次回からそちらで共有していきます!確認お手数ですが宜しくお願いします!」等と応答してもいる。
そう、I-neでは上場企業の正規の承認フローを介さない密室での事業推進が常態化していた様子がうかがえるのだ。
18億円のブランド買収と使途不明金のボーナス
RH社はI-neから「WrinkFade」の運営を引き継ぐ形で事業をスタートし、一定の規模に成長した2022年6月、I-neはRH社から同ブランドを18億円(税込19.8億円)で買い戻す決断を下した。
報告書においてガバナンス上の課題として厳しく指摘されているのは、この買収に至る過程での取締役会への説明のあり方である。買収が審議された2022年5月の取締役会において、大西社長はRH社への個人的な貸付額について「お金を個人的に3000万くらい貸しますというのをやった会社です」と説明していた。
しかし実態は、その時点での実際の貸付金の累計額は約4.7億円に達しており、資金拠出者は大西社長のみであった。取締役会という重要な意思決定の場で、取引の妥当性を判断するための正確な情報が共有されていなかったのである。
また、買収完了後には、売却によってRH社が得た資金の中から、RH社の事業に関わったメンバーらに対して大西社長の発案で計180万円のボーナスが支払われていた。
この時も大西社長はLINEで幹部に対し「ライヒー(RH社)から現金で抜いてって感じなりますが」「使徒不明金ですが」「ほな180万で!」と具体的な指示を出していたことが確認されている。
オーナー企業ゆえのガバナンス欠如と東証ルールの壁
同社の株主構成を見ると、大西社長本人が18.59%の株式を直接保有し、さらに同氏が代表を務める資産管理会社である株式会社COHが42.49%を保有している。合算した実質的な持株比率は61.08%に達しており、極めて強力な支配権を有するオーナー企業である。
特別調査委員会は、本件の原因として代表取締役への権限集中と同質的な経営チームを挙げている。東証プライム市場の上場ルールやコーポレートガバナンス・コードでは、少数株主の保護を目的として、独立社外取締役の活用などによる経営の透明性と監督機能の強化が強く求められている。
同社も社外取締役が過半数を占める監査等委員会設置会社に移行していたが、報告書では執行側から監督サイドに正しい情報が提供されず、社外取締役は不正確な情報を前提として判断を行うこととなったと、制度が形骸化していた実態を指摘している。専門的な見地からも、大株主であるオーナー社長への忖度が働く同質的な組織において、管理部門がトップの意向に対して独立した立場から牽制を発揮できなかったことが、ガバナンス不全の根本的な要因であると分析されている。
有事におけるデータ削除とサステナブルな未来への期待
さらに、2025年12月に外部機関による調査が開始された当日、大西社長を含む複数の関係者が、秘匿性の高い通信アプリのテレグラムやLINEなどのデータを意図的に削除していたことも判明した。報告書によれば、大西社長は調査の連絡を受けた直後にテレグラムのアプリ自体を削除し、LINEのデータの一部も気が動転して削除したと述べている。報告書では、こうした行為は外部機関への適切な協力という上場企業としての基本的な責務に反し、コンプライアンスに対する姿勢に重大な問題があったと総括している。
一方で、I-neは本来、社会的に意義のある優れた取り組みも数多く進めている。主力ブランドのBOTANISTは、植物の恵みに敬意を払い、人と植物が共に生きられる持続可能な地球環境を目指している。容器やパッケージへの環境配慮素材の使用やアップサイクル原料の採用など、サステナブルな製品づくりを徹底している会社でもある。
直近では、22世紀の未来から来た「ドラえもん」をデザインに採用することで、多様性のある森を守り再生する重要性を発信している。製品の購入を通じて北海道美幌町の植林プロジェクト「BOTANISTの森」への寄付に貢献できる仕組みを整えるなど、その環境保護への姿勢は高く評価されるべきものである。
今回指摘されたガバナンス不全は、こうした素晴らしいブランド価値を支える土台に綻びがあったことを示している。I-neは今後、経営陣の意識改革や管理体制の整備を断行し、代表取締役の報酬100%自主返納を含む厳しい再出発を図る方針だという。
優れた商品開発力と高い志を持つ同社が、今回の痛みを糧に真の意味で透明性の高い企業へと再生し、再び市場と消費者の信頼を勝ち取ることを期待したい。



