
2026年3月3日、慶應義塾大学とデータセクション株式会社の共同による新研究拠点「DSAI STAR Labo(ディーエスエーアイ・スター・ラボ)」の設立を記念したオープニングセレモニーおよびメディア向け発表会が、慶應義塾大学三田キャンパスの北別館にて開催された。
本イベントは、慶應義塾大学が2023年に新設したサステナビリティ実践拠点「Keio STAR」に、AIインフラを提供するデータセクション株式会社が参画し、新たなラボを設立したことを記念して行われたものである。本ラボは、AIを単なる技術革新としてではなく、社会を安定的に支える知的基盤として再定義し、「持続可能な未来のためのAI」を中核テーマに掲げている。
当日は、国内外から多くの有識者やメディア関係者が集まり、元デンマーク首相であり元NATO事務総長のアナス・フォー・ラスムセン氏を招いた基調講演や、サステナビリティとAIの最前線で活躍する専門家たちによるパネルディスカッションなど、密度の濃いプログラムが展開された。AIが国家や社会の基盤としていかに設計されるべきか、そして持続可能な社会の実現に向けてどのような役割を果たすのか、多角的な議論が交わされた。

【イベント詳細】
日時:2026年3月3日(火)16:00 ~ 18:00
開催場所:慶應義塾大学 三田北別館1F
主催:慶應義塾大学、データセクション株式会社
【イベント概要】
16:00〜 オープニングメッセージ・主催者挨拶
16:10〜 Keio STARおよび新ラボの紹介
16:25〜 企業の取り組みならびにDSAI STAR Laboの構想説明
16:40〜 基調講演「未来を所有するのは誰か?」
17:00〜 パネルディスカッション「持続可能性とAIにまつわる正と負の側面へのアプローチ」
17:40〜 クロージング挨拶
主催者挨拶:慶應義塾が目指す「持続可能で変革的な行動」とAIの役割
オープニングでは、本イベントの主催を代表し、慶應義塾長の伊藤公平(いとう・こうへい)氏からの挨拶が行われた。

伊藤氏はまず、福澤諭吉によって1858年に創立された慶應義塾の歴史に触れ、「知識を通じて日本を世界に開くという先見の明のあるビジョンと、独立自尊の精神、社会に対する深い責任感を兼ね備えた人材を育成する」という建学の目的を共有した。160年以上にわたり、政治、経済、医学、テクノロジーなどあらゆる分野で変化の最前線に立ち続け、新しい知識が人間の尊厳と公共の利益にどう貢献できるかを常に問い続けてきたと語った。
近年、慶應義塾はサステナビリティの実現に向けた取り組みを急速に強化している。伊藤氏が塾長に就任して最初に行った取り組みの一つが、学生主体の組織である「塾生会議」の設立だという。学生たちは1年間を通して時間を費やし、2050年に向けた慶應義塾の目標と実行可能な計画について議論・定義し、SDGsに導かれた提案を毎年提出している。キャンパス内へのウォーターサーバーの設置など、学生のアイデアからすでに実行に移されているものもあると紹介した。
そうしたサステナビリティに対するコミットメントの重要なマイルストーンとして誕生したのが「Keio STAR(Sustainable and Transformative Actions for Regenerations)」である。大学全体における行動志向のサステナビリティのハブとなることを目指し、学問分野や国境といった様々な境界を越える使命を担っている。
伊藤氏は、データセクション株式会社がKeio STARの最も重要なパートナーの一つであることを強調し、「様々なサステナビリティの課題に関してAIがもたらす機会を探求する場として、DSAI STAR Labの立ち上げを発表できることを光栄に思う」と語った。
さらに、慶應義塾が今後3年以内に世界最高峰のAIキャンパスを実現するという野心的な「AIキャンパス・イニシアティブ」を立ち上げたことにも言及。人間中心で責任を重視する教育と研究の創出を目指す中で、「このDSAI STAR Labが、変革の時代においてサステナビリティ課題を解決するために必要な、超域的なコラボレーションの新しいモデルとして機能すると確信している」と力強い期待を寄せて挨拶を締めくくった。
Keio STARのビジョン:SDGsのその先を見据えた「行動」と「再生」
続いて、SDGs研究の第一人者であり、Keio STARの共同センター長を務める慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の蟹江憲史教授が登壇し、Keio STARのこれまでの歩みと今後の展望について紹介した。
蟹江教授は、「STAR」という名称が「Sustainable and Transformative Actions for Regeneration(再生のための持続可能で変革的な行動)」の略であることを改めて説明し、「サステナビリティは重要だが、私たちは『行動(アクション)』と『再生(リジェネレーション)』に焦点を当てたい」とその強い意志を語った。目標設定の段階から、サステナビリティの実現に向けたより厳格で具体的な「行動」へと移行しているという。

Keio STARは、未来を見据えて今日なすべき行動を考える「バックキャスティング」と「フォーキャスティング」を中心的なアプローチとしている。そして、その使命を果たすためにはあらゆる境界(ボーダー)を越える必要があると指摘した。
第一に、学界と実務家の境界を越えること。科学に基づいてサステナビリティを推進する企業との協働を重視している。第二に、慶應義塾内のあらゆる学問分野を横断する超域性(トランスディシプリナリティ)の追求。第三に、アジアを中心とした国境を越えるパートナーシップの構築である。
これらの使命を実現するため、Keio STARは以下の3つの行動の柱を掲げている。
1. Beyond SDGs(SDGsのその先)
2030年の達成目標であるSDGsの先を見据えた国際基準の形成。現在の基盤を活かしつつ、2030年以降の世界基準を設定する機会と捉え、AI、エネルギー、気候変動、公衆衛生、持続可能な食料システムなど、重要な課題間の関連性を探求するプロジェクトを推進している。
2. Sスクール(サステナビリティ教育)
小学校から大学院に至るまでの一貫したサステナビリティ教育のイニシアチブ。
3. Keio IOI(インパクト・オープン・イノベーション)
イノベーションを通じたサステナビリティの社会実装の支援。
蟹江教授は、2025年の国連総会で採択された「未来のための協定」や大阪・関西万博のレガシー、さらには「Beyond GDP」を巡る世界的な議論にも言及し、Keio STARが持続可能な開発のためのポスト2030アジェンダの議論を牽引していく意気込みを語った。SDGsの策定に尽力した第77回国連総会議長のチャバ・コロシ氏をグローバル・アドバイザーに迎え、強力な体制を構築している。
「SDGsの推進がビジネス環境にポジティブな影響を与えた事例を、ここKeio STARから生み出していきたい。本日設立されたDSAI STAR Labは、そうした国際的なイニシアチブを創出するための主要な取り組みの一つである」と述べ、データセクションとの協働による社会実装への強い期待を示した。
データセクションが描くAIインフラ構想:AIを社会基盤として再構築する
次に、データセクション株式会社の代表取締役社長執行役員CEOである石原紀彦氏が登壇し、企業の取り組みならびに「DSAI STAR Labo」の設立目的についてプレゼンテーションを行った。

石原氏は冒頭、現在の日本が直面している極めて深刻な課題について警鐘を鳴らした。「かつて経済で世界をリードした日本は現在、特にAI分野において米国や中国から大きく遅れをとっている。その根本的な理由は『デジタル赤字』と呼ばれる構造的な問題にある」と指摘した。
日本の多くの企業はデータセンターの建屋など物理的な場所には投資しているものの、AIの基盤となるコンピューティングリソースそのものは、海外の巨大IT企業(ハイパースケーラー)に完全に依存しているのが現状だという。「AIインフラがなければ、それを構築できるエンジニアも育たない。エンジニアがいなければAIモデリング企業も生まれず、大企業もAIの活用方法を理解できない」と、インフラの欠如が引き起こす負の連鎖を説明した。
そこで石原氏は、「AIをどのように使うか」という既存の問いではなく、「AIインフラの上で、ビジネスや社会をどのように再構築するか」を考えるべきだと強調した。かつて港湾や電力網というインフラの上に強力な製造業が築かれたように、インテリジェンス・インフラストラクチャー(AIデータセンターやGPUクラスター)の構築が、新たなビジネスモデル創出の前提条件になるという。
この文脈において、DSAI STAR Labの使命は「日本のインテリジェンス・インフラストラクチャーのアーキテクチャを設計すること」に設定された。単なる技術開発に留まらず、AIフレームワークに基づいて日本人がどのようにマインドセットやビジネスモデルを適応させるかという戦略的枠組みを構築する場となる。
石原氏は、日本が再びグローバルで競争力を持つための3つの戦略的ポイントを提示した。
1. ソブリンコンピュート・ハブとエネルギー安全保障
AIデータセンターは膨大な電力を消費する。データセクション自身も数百メガワットの電力を確保しているが、グローバルプレイヤーはギガワット単位で電力を確保しようと動いている。こうした状況下において、サステナビリティのアジェンダは「エネルギー安全保障」や「冷却用の水資源の確保」と同義になる。「AIリソースを持つ者と持たない者の格差が生み出す分断を防ぐためにも、持続可能な使命を戦略の最優先に置く必要がある。これがKeio STARにラボを設立した最大の理由だ」と石原氏は語った。
2. フィジカルAI・ネイション(フィジカルAIの活用)
AIの世界はすでにクラウドを抜け出し、工場や医療といった物理空間(フィジカルAI)へと拡大している。日本がグローバルの生成AI基盤モデルでトップ企業に追いつくのは難しくとも、自動車産業などに代表される洗練された製造プロセスや品質管理といった「物理的な面」では依然として強みを持っている。「『メイド・イン・ジャパン』から『オペレーテッド・バイ・ジャパンAI(日本のAIによって運用されている)』への転換が、日本経済の新たなブランドになる」と展望を語った。
3. ヒューマンAIデザイン・ネイション
情報と知識の処理においてAIは人間を凌駕するが、その頂点にある「知恵」を扱うのは依然として人間の役割である。「AIをフル活用して限界に達した後にのみ、人間は次の解決策を見出すことができる。AIインフラに基づいて、人間の能力や日常生活をどのように向上させるか。人間とAIの組み合わせに純粋に焦点を当てる」と述べた。
最後に石原氏は、「本ラボは単なるシンクタンクではなく、行動を起こす『アクションタンク』でなければならない。Keio STARと共に、日本を再び偉大にする方法と、持続可能な未来に向けた国家安全保障能力の向上について取り組んでいく」と強い決意を表明した。
未来を所有するのは誰か? “Who owns the future?”
本イベントのハイライトの一つとして、元デンマーク首相であり元NATO事務総長を務めたアナス・フォー・ラスムセン氏が登壇し、「未来を所有するのは誰か(Who owns the future?)」と題した基調講演を行った。

ラスムセン氏は冒頭、慶應義塾が何世代にもわたって思想家や革新者を育成してきた歴史に敬意を表しつつ、本ラボが取り組む持続可能性、テクノロジー、未来へのコミットメントは民主的な野心そのものであると称賛した。
そして、世界史における決定的な転換点にある現在、「未来を所有するのは誰か」という問いは、かつてない切迫感と重大な賭けを伴っていると語った。
ラスムセン氏
「今日、未来はもはや抽象的な地平線ではなく、戦場である。未来を所有するのは民主主義国家か専制主義国家か。次世代の繁栄を築く勢力か、搾取する勢力か。その答えは、これからの数年間で私たちが何をなすべきかという決断に完全に懸かっている」
何十年もの間、世界は自由、民主主義、グローバルな統合という一つの方向へ向かっていると信じられてきた。しかし現在、「力こそ正義」と信じる強権的な指導者たちによって、国際秩序は解体されつつある。サイバー空間から宇宙空間に至るまで、権威主義的国家はテクノロジーを支配の道具として用い、民主主義国家の決意を試しているという。
ラスムセン氏は、NATO事務総長時代に幾度も交渉を行ったロシアのプーチン大統領の言葉を引用した。
「プーチン氏とはほぼすべてにおいて意見が対立したが、『人工知能を支配する者が、最終的に世界を支配する』という彼の言葉にだけは同意せざるを得なかった。だからこそ、私たちがAIをどう扱い、社会をどう形作るのかを考えることが極めて重要なのだ」
20世紀が産業能力の競争であったとすれば、21世紀はアルゴリズムの力の競争になる。AIは単なる新技術ではなく「新たな戦略的高地」であり、AIで主導権を握る者が、今後の軍事力、経済的競争力、社会の回復力、政治的影響力を形作る。そしてAIは、インフラ、計算能力、半導体サプライチェーン、データフローといった物理的・システム的基盤の上に成り立つ。
「これが厳しい真実だ。民主主義国家がAIインフラを制御できなければ、未来を制御することはできない。AIは人間の可能性を広げる道具にも、我々を抑圧する道具にもなり得るからだ」とラスムセン氏は警告した。
こうした状況下において、単独で課題に対処できる民主主義国家は存在しない。ラスムセン氏は、世界で最も有能で志を同じくする民主主義大国として、日本と欧州連合(EU)の強力なパートナーシップの必要性を訴えた。法の支配、開かれた社会、ハイテク・イノベーションの伝統を共有する両者の協力は「贅沢品ではなく戦略的必需品」であるとした。 未来を所有するために、民主主義国家に不可欠な3つの中心的な課題として以下を挙げた。
1. 防衛と抑止力への投資
平和は与えられるものではなく、抑止することによって得られる。対立を求めているからではなく、権威主義的指導者が「弱さ」につけ込むからこそ、ハードパワーの強化が必要である。
2. 民主主義的なテクノロジー主権の構築
次の戦場はテクノロジーの依存度である。安全な半導体サプライチェーン、共同の標準、信頼できるデジタルインフラを確保し、デジタル時代における自由を維持する技術的基盤を構築しなければならない。
3. 新時代に向けた民主主義同盟「D7」の創設
ますます協力を強める専制主義国家に対し、共有する価値観を守り、技術戦略と経済政策を一致させるための連合体「民主主義の7か国(D7)」の創設を提案した。欧州連合、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、そして日本を中核とするこの同盟は、世界のGDPの4分の1以上を占め、「自由で開かれた社会のモデル」を代表するものとなる。
最後にラスムセン氏は、「最も多くのデータや計算能力を持つ者が未来を決めるのではない。テクノロジーだけではなく、『価値観』こそが未来を決定するのだ」と力強く語った。
「未来は、自由、民主主義、法の支配、イノベーション、機会、透明性を守る人々のものだ。これらは専制主義国家が最も恐れる力である。なぜなら、彼らは服従を作り出すことはできても、信頼や創造性を作り出すことはできないからだ。民主主義国家が団結とイノベーションをもって行動すれば、未来は私たちが形作るものになる。今日下す決断が、次の世代を定義づける。だからこそ、好奇心や自由な探求を体現するDSAI STAR Laboのようなイニシアチブが重要なのだ」
深い洞察と熱いメッセージに満ちたラスムセン氏のスピーチに、会場からは万雷の拍手が送られた。
持続可能性とAIにまつわる正と負の側面へのアプローチ
続いて、「持続可能性とAIにまつわる正と負の側面へのアプローチ」と題したパネルディスカッションが行われた。蟹江憲史教授がモデレーターを務め、AIやデータサイエンス、人間拡張工学の最前線に立つ3名の専門家が登壇した。
【登壇者】
・Yu Xiong(ユー・ション) 教授(英国社会科学アカデミーフェロー、サリー大学教授、データセクション チーフサイエンティスト兼シニアバイスプレジデント)
・古谷 知之 教授(慶應義塾大学 総合政策学部教授)
・南澤 孝太 教授(慶應義塾大学 メディアデザイン研究科教授)
・モデレーター:蟹江 憲史 教授(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 / Keio STAR共同センター長)
AIがもたらす「持続可能性」へのポジティブなインパクト
議論はまず、AIが持続可能性にどのようなポジティブな変化をもたらすかという点からスタートした。
イギリスでAI分野1位の評価を受けるサリー大学のユー・ション教授は、ビジネスに最先端技術を適用し、持続可能なアプローチを支援する専門家である。
ション教授
「通常、企業はサステナビリティに関する取り組みを『コストの増加』や『利益を削るもの』と捉えがちです。しかしAIは、人々の価値創造の概念を完全に変える機会を提供してくれます」

ション教授は具体例として、サプライチェーンにおける無駄の削減を挙げた。従来は過去のデータに基づく50%程度の予測精度しかなく、在庫や材料の無駄が大量に発生していた。しかしAIを活用すれば、予測精度を90〜95%にまで引き上げることができ、劇的な無駄の削減が可能になるという。
また、製品プロトタイプの開発においても、デジタルツイン上でAIを用いた仮想シミュレーションを行うことで、物理的な時間とエネルギーを消費することなく、最適な設計とサプライチェーンに到達できると説明した。
「AIは持続可能性のコスト概念を再定義します。コスト削減と予測精度の向上は、効率改善と直結しているのです」とション教授は強調した。
物理的AIと人間の身体・経験の拡張
慶應義塾大学の南澤教授は、テクノロジーと人間のライフスタイルの繋がりに焦点を当て、人間拡張工学を研究している。「Cybernetic Being(サイバネティック・ビーイング)」と呼ばれるムーンショットプロジェクトを主導し、AIやデジタル技術を使って人間の身体や経験がどのように変容・拡張し得るかを探求している。
南澤教授は、AIによって人間の経験や記憶をデジタル環境に保存し、時間を超えて届ける可能性について語った。

南澤教授
「専門家や職人の感覚を記録し、その創造性を保存できるAIを構築しようとしています。また、ロボティクスAIを物理的な身体と繋げることで、身体的な制限のある方々が能力を取り戻したり、新たな生活スタイルを創り出したりすることも可能になります」
石原氏のプレゼンでも触れられたフィジカルAIについて、地政学的な課題や懸念点を蟹江教授が問うと、南澤教授は次のように答えた。
「グローバルなAI開発競争は規模とパワーが全てであり、人間の能力をいかに早くAIにコピーするかの競争になっています。しかし、現実の地域社会に生きる人々が、そのAIからどう恩恵を受けられるかが重要です。グローバル競争だけを見ていると、現実の生活との間に大きなギャップが生じてしまいます」
データサイエンティストである古谷教授は、大学の視点から「現在、大学はAIアプリケーションやクラウドサービスに膨大な費用を支払っています。このDSAI STAR Labを通じて、研究教育のための非常に良いAIインフラ環境が構築できることを期待しています。できれば、学生1人に1台のヒューマノイドが行き渡るような未来を描きたいですね」とユーモアを交えて語った。
南澤教授はこれに応じ、「ヒューマノイドは単なるコピーではなく、自分と協力する『もう一人の自分』になり得ます。日本には『人馬一体』という言葉があるように、フィジカルAIも乗りこなすことで自分の身体の一部のように感じられるはずです。AIと人間の相互関係を構築することが重要です」と、AIとの共生のあり方を提示した。
AIの負の側面と「質素(フルーガル)」なAIへの挑戦
AIがもたらすバラ色の未来だけでなく、負の側面や課題についても深く議論された。
古谷教授は、AIの運用に関わる莫大な環境負荷を指摘した。

古谷教授
「AIはエネルギーを非常に消費し、大量のCO2を排出しています。データサイエンティストの観点からは、AIをより『質素(フルーガル)』でシンプルなものにする必要があります。トレーニングコストを効率化し、環境への影響を最小限に抑えるようアルゴリズムを最適化することが、次の大きな課題です」
これに対しション教授は、AI自身の環境負荷を認めつつも、AIが社会全体にもたらす環境貢献の大きさを見るべきだと発言した。
ション教授
「例えば、AIを用いて全国の電力網のスケジューリングを最適化すれば、通常30%のエネルギー効率改善が見込めます。また、AIは新しい炭素排出削減材料の発見や、最初からリサイクルしやすい製品の設計支援にも使われています。AIにかかるエネルギーコストを差し引いても、得られる環境的・経済的利益の方がはるかに大きいのです」
南澤教授は、人間側の「AIとの向き合い方」という観点から課題を指摘した。
南澤教授
「AIのおかげで効率は劇的に高まりますが、私は『有効性(エフィカシー)』が重要だと考えています。もし人間がAIを理解し管理することを諦め、全てを委ねてしまえば、ディストピア的な方向に向かう危険性があります。人間がAIを自らの認知の一部として統合し、自らの能力を拡張していくという主体性が不可欠です」
AI時代を生き抜くためのマインドセット
最後に、蟹江教授から「価値観や視点を変えるのは容易ではない。私たちがAIに対して心を開き、可能性を信じるためのアドバイスをいただきたい」という問いが投げかけられた。
ション教授
「将来、人間は2種類に分かれます。AIの到来に抵抗し拒絶する人と、オープンに受け入れようとする人です。そして、後者だけが繁栄し生き残ることができると信じています。全てを完全に理解する必要はありません。今日この場にいる皆さんのように、オープンマインドでAIが何をしてくれるのかを学ぼうとする姿勢が大切です」
古谷教授
「コスト、効率、技術的成果、そして環境への影響。これらのバランスを取る研究こそが、DSAI STAR Labの重要なトピックになるでしょう」
南澤教授
「繋がり続けることです。AIはすでに私たちの生活や経験の一部です。人間には環境に合わせて成長し変化する能力があります。AIとの関わりを通じて経験を得続けることで、私たち自身の人間性の定義も変わり、生き残る力に変わっていくのだと思います」
AIが持つ巨大なポテンシャルと、それに伴う環境・社会的なリスク。その両面を冷静に見つめ、持続可能な未来に向けてAIをどう社会実装していくか。各分野のトップランナーによる議論は、DSAI STAR Labがこれから進むべき道を明るく照らし出していた。
AIという第4次産業革命を共にリードする
イベントの最後には、データセクション株式会社 取締役会長のパブロ・カサド・ブランコ氏が登壇し、クロージングの挨拶を行った。

ブランコ氏は、スペイン議会での野党リーダーや首相候補としての経歴を持ち、現在は防衛・航空宇宙・AIを専門とする欧州初のファンドの創設者でもある。同氏はまず、過去2年間で画像処理企業からAPAC地域をリードするAIインフラ企業へと急成長を遂げたデータセクションの経営陣とチームを称賛した。
ブランコ氏
「AIは防衛や航空宇宙だけでなく、医療、教育、モビリティ、エネルギー、重要インフラなど、私たちが生きるすべての領域と深く結びついています。AIは間違いなく『第4次産業革命』です」
蒸気による第1次産業革命が労働人口を都市へ移動させ、電気による第2次産業革命が中産階級を生み、コンピューティングによる第3次産業革命がグローバリゼーションを引き起こしたように、AIもまた予測不可能な社会政治的影響をもたらすという。
また、「今回のAI革命が過去と異なるのは、ブルーカラーよりも、弁護士やアナリスト、プログラマーといったホワイトカラー労働者により大きな影響を与える点です。寿命の延長をもたらすのか、福祉国家や年金制度にどう影響するのか、まだ誰にもわかりません。しかし一つ確かなことは、私たちがこの変化をリードしたいのであれば、大学からイノベーションを始めなければならないということです」と、大学との連携の意義を強調した。
更にブランコ氏は、データセクションが持つAIインフラの力と慶應義塾大学の知見が融合することへの強い期待を示し、「アメリカのソフトウェアと中国のハードウェアの間に挟まれたサンドイッチのようだと揶揄される欧州と日本ですが、そこから抜け出さなければなりません。ルールを追従するのではなく、私たちが決定しリードする側になるべきです」と訴えかけた。
最後は、「私たちの過去の遺産に誇りを持ち、楽観的になりましょう。そして何よりも野心的になり、勇気を持ちましょう。テクノロジーとイノベーション、そしてこの大学の素晴らしい人々の知識を通じて、世界を再びリードするというコミットメントを共に持ちましょう」という熱いメッセージで、盛況のうちにオープニングセレモニーは幕を閉じた。
持続可能な未来の実現に向け、AIはいかにして私たちの社会を支え、より良い方向へと導くのか。慶應義塾大学とデータセクションの強力なタッグによって誕生した「DSAI STAR Labo」は、単なる研究機関の枠を超え、日本から世界へ向けた新たな行動と変革の発信地となるだろう。同ラボが創り出す「AIインフラの上の新しい社会設計」から、今後も目が離せない。



