
イタリア・ベローナの夜に、光が弧を描いた。第25回冬季大会「ミラノ・コルティナ五輪」は17日間の熱戦を終え、閉会式で幕を下ろした。
リンクを離れた選手たちは国境も競技も越えて入り混じり、肩を抱き、笑い合う。フィギュア女子で団体・個人ともに銀メダルを獲得した坂本花織は、男子銀の鍵山優真らとともに、今大会の象徴となった“ビクトリーセルフィー”を撮影した。
その一枚の裏側で、思わぬ問題が広がっている。
非売品「Galaxy Z Flip7 Olympic Edition」が市場に
選手や関係者に支給されたのは、五輪公式スポンサーであるサムスン電子による限定端末「Galaxy Z Flip7 Olympic Edition」。イタリアの海をイメージした特別仕様で、一般販売はされていない。
ところが大会終了直後から、フリマサイトやオークションサイトに複数の出品が確認された。1000ドル超で落札された例や、「即決2500ドル(約38万円)」の価格が設定されたケースもあったという。
本来は五輪体験を支えるための実用品。それがなぜ、売買の対象となったのか。
「五輪=高収入」という誤解
背景として浮かび上がるのは、アスリートの資金事情だ。
五輪に出場すればスポンサー契約や賞金で潤う。そんなイメージがある。しかし実際には、遠征費や用具代、コーチ帯同費などの負担が重く、自己資金で活動を続ける選手も少なくない。
ある海外代表選手はSNSで、用具の一部売却を検討していると明かし、「五輪に出場しても大金を稼いでいるわけではない」と現実を語った。
スポンサーを持つ選手はごく一部に限られ、競技によっては政府支援も十分とはいえない。記念品であっても、次の大会へ向かうための“資金源”となり得るのが現実だ。
「物語」をまとう端末の価値
もう一つの側面は、五輪の商業構造の変化である。
会場演出やブランド露出は年々存在感を増している。選手の歓喜の瞬間とスポンサー製品が結びつくことで、商品そのものが“物語”を帯びる。
坂本が掲げた端末は、単なるスマートフォンではない。「銀メダルの瞬間を収めたスマホ」というストーリーが付加された瞬間、希少価値は跳ね上がる。限定性と象徴性が市場価格を押し上げる構図だ。
坂本花織の引退と、セルフィーの余韻
坂本は今季限りで現役引退を表明している。最初で最後の五輪旗手代行を務め、リンク外では満面の笑みでシャッターを切った。
あのセルフィーに映るのは、勝者の誇りと仲間との連帯。そして五輪という特別な時間の終章だ。
だが、その裏で起きた転売騒動は、アスリートの懐事情と五輪の商業化という二つの現実を浮き彫りにした。
夢の祭典は純粋なスポーツの舞台であると同時に、巨大なビジネスの舞台でもある。
非売品スマホの行方は、五輪の光と影を象徴する出来事となった。



