
北海道ニセコ町で発覚した中国人代表企業による無届け森林伐採は、単なる法令違反にとどまらず、観光地・ニセコの未来に重くのしかかる問題の一端を示している。森林という公共性の高い土地が、誰の手に、どのような目的で使われようとしているのか。私たちはどれだけ把握できているのだろうか。
外国資本による土地取得の実態と広がり
農林水産省の公表によれば、2006年から2020年にかけて、日本全国で外国資本による森林の取得は少なくとも278件、約2,376ヘクタールに及んだ。このうち、北海道が占める割合は突出しており、特に後志地方(しりべしちほう)ではニセコ・倶知安町周辺を中心に買収が進んでいる。
名義上は香港企業や英領バージン諸島(BVI)の法人でも、実質的には中国資本が背後にあるケースが多いとされる。
中でもニセコ町曽我地区における森林伐採を行った企業は、東京に本社を置き、中国籍の人物が代表を務めていた。取材により、過去にも周辺で類似の企業が土地を取得し、開発行為に着手していたことが判明している。
こうした動きに対して、ニセコ町では条例に基づき、水源保全区域などの重点エリアについては町が直接土地を買い戻す動きも見せている。しかしそれでも全域をカバーするには限界があり、「買われる前に止める」法的手段には乏しいのが実情だ。
なお、2020年以降の全国統計は公表されておらず、現時点では正確な実態を把握しきれていない。地方自治体レベルで断片的に取得状況が報告されているものの、全体像を示す公的データは存在しない。
森林法と無届け伐採の“緩さ”
森林法では、市町村長への伐採届け出が義務付けられており、これに違反すると、行政指導による作業停止命令や再造林命令を出すことができる。しかし現行制度では、届け出義務を怠っただけでは刑事罰には直ちに至らないケースが多く、違反の抑止力としては限定的である。
また、合法伐採を促す目的で2017年に施行された「クリーンウッド法(合法伐採木材の流通・利用促進法)」も、民間企業への登録を努力義務にとどめており、違法伐採を完全に監視・排除する体制にはなっていない。林野庁の資料では、同法に基づく登録件数は2024年時点で約660件に増加しているが、全体の流通業者から見ればごく一部にとどまっている。
加えて、2023年4月には同法の改正案が国会で可決され、2025年以降には違法リスク木材の取扱記録の義務化や罰則強化が盛り込まれる予定だ。制度整備がようやく動き始めたものの、現場の監視体制や執行力の強化は依然として課題が残る。
行政側の監視にも限界がある。今回のニセコ町のケースでも、伐採の事実は住民からの通報によって初めて明るみに出た。町が把握したのは伐採終了から3週間近く経過した後だった。自然環境保全の要となる森林であっても、その守り手は住民の目と通報に依存している現実がある。
諸外国ではどう規制しているか
日本の制度的“緩さ”が浮き彫りになる一方で、諸外国では森林や土地の外資取得に対してより厳格な規制を設けている。たとえば、カナダでは州政府が森林の伐採権を管理しており、一定の審査を経ないと取得や伐採は認められない。台湾では水源保全地域などでの土地取得に際し、外資による取得制限が法的に設けられており、韓国でも農地や森林の取得には国家安全保障上の視点からの制限が加えられている。
EU域内では、合法伐採木材の流通を義務付ける「EU木材規則(EUTR)」が適用され、企業は木材の合法性を立証できなければ罰則対象となる。アメリカでも「レイシー法(Lacey Act)」により、違法伐採材の輸入・流通が厳しく禁じられており、日本企業が海外で伐採した木材を取り扱う場合も、その合法性の証明が求められる。
これらと比較すると、日本の森林関連法制度は開発の自由度を重視する一方で、監視や抑止、制裁の側面においては極めて弱い。経済合理性の名のもとに自然が切り売りされる構図を断ち切るには、法整備だけでなく、地方自治体と市民社会の目の連携も不可欠である。
いま何が求められているのか
こうした事態を受け、法制度の強化を求める声は高まっている。水源林や国境に近い森林の取得を事前に規制・審査する制度の整備、外国資本による土地取引の透明化、行政の監視権限強化と迅速な罰則適用など、制度の“穴”を塞ぐ議論が急務だ。
さらに、観光地として世界的に注目されるニセコエリアだからこそ、持続可能な開発と自然保全のバランスをどう設計するかが問われている。地元住民からは「木は1年や2年で育つものではない。未来の子どもたちのために残すべきものだ」との声も聞かれた。
森林の伐採が単なる環境破壊で終わるか、それとも地域全体で見直す契機となるか。ニセコの“見えない土地の主”をめぐるこの問題は、日本全国の観光地・山間地にも共通する課題を内包している。