
6月12日、インド西部グジャラート州で発生したエアインディア171便の墜落事故は、世界に衝撃を与えた。乗員乗客244人を乗せたボーイング787型機が離陸直後に住宅地へ墜落。火災が発生し、241人が命を落とした。
この大惨事の中で、ただ一人、生還した乗客がいた。インド系英国人、ビシュワシュ・クマル・ラメシュさん(30代)である。
血まみれのシャツで現れた男「気づいたら地上にいた」
墜落の直後、SNSには炎と黒煙が立ち上る現場の映像が次々と投稿された。そのなかに、血のにじむシャツ姿でふらふらと歩く男性が映った動画があった。のちに、その人物が唯一の生存者であるラメシュさんであることが明らかとなった。
現地紙「ヒンドゥスタン・タイムズ」によれば、ラメシュさんは「離陸から30秒後、突然爆音がして、機体が落ちた。すべてが一瞬の出来事だった」と証言。インドで家族と再会した後、兄と共にロンドンへ戻る予定だったという。兄の安否については「まだわからない」と語っている。
11A席は“奇跡の座席”だったのか
ラメシュさんが座っていたのは機体中央やや前方、左翼の直前に位置する非常口列・11A席だった。航空安全の専門家で元FAA検査官のデビッド・スーシー氏は「この座席は機体構造の中でも比較的強固な主翼のスパー部分に近いが、生存率が特別高いわけではない」と述べている。
通常、航空機事故での生存率が高いとされるのは機体後方の座席である。英タイム誌の分析でも、後方中央席が最も安全とされている。つまり、今回の“生き残り”は統計上も想定外の奇跡だった。
天文学的な確率 “たった一人”の生存率は
では、ラメシュさんのような状況で生存できる確率はどれほどのものか。航空事故や宝くじのデータをもとに概算してみたい。
まず、
①「飛行機事故に遭遇する確率」は約1/13,400,000(※MIT航空安全研究所による推計)
次に、
②「事故で乗客が1人だけ生き残るケース」は全体の約10%とされる(ウィキペディアの重大航空事故700件中、唯一の生存者がいた事例は約70件)
そして、
③「搭乗者242人のうち自分だけが助かる確率」は単純に1/242と仮定できる
これらを掛け合わせると、
1/13,400,000 × 0.1 × 1/242 ≒ 1/32,428,000,000
つまり、約324億分の1。これは英国の宝くじ(約1/1,530万)より2000倍以上も“当たりにくい”確率である。
雷・サメ・宝くじ…何と比べても圧倒的
比較対象として、以下の確率と比べてみると、いかにラメシュさんの生還が「確率外の現実」だったかが見えてくる:
- 英国ロトでトップ当選する確率:1/15,300,000
- アメリカで雷に打たれる確率(生涯):1/15,300
- アメリカでサメに襲われて死ぬ確率:1/264,100,000
このように、ラメシュさんの生存は「宇宙くじ級」の奇跡といって過言ではない。
奇跡ではなく“生かされた命”という視点
ラメシュさんは現在、病院で安静にしているが、命に別状はなく、数日中には退院の見込みという。だが、兄を含む家族の多くが命を落としたとされ、その“生かされた命”の意味は重い。
英国レスター選出の国会議員シバニ・ラジャ氏は、「奇跡という言葉では足りない。ご家族には深い悲しみがあり、その痛みを尊重すべきだ」と語った。
航空業界への問いかけも
今回の事故は、ボーイング787型機として初の墜落事故である。運航会社エア・インディアは緊急支援センターを設け、家族対応にあたっている。航空当局やボーイング社も調査を開始しており、事故原因の究明と再発防止策が急がれている。
だがその一方で、241人が命を落とす中、1人だけが生き残るという“運命の線引き”に、私たちは何を見出せるのか。航空安全の努力、偶然の力、そして人間の儚さが交差した今回の事故は、「確率では測れない現実」があることを静かに物語っている。